雨谷の庵

[0494] (七を含む) (2005/12/31)
※第七回雑文祭


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困ったことが起きた。
年の瀬も押し迫ったその朝、電話の向こうの声はいつものように生真面目だった。
「警部、殺人事件です」

電話の主は千堂深幸警部補。若い女性のキャリアで、私の下で経験を積んでもらっている。
「ええと、千堂君?今日、私は非番な訳だが……」
しかし千堂警部補は一度だけ咳払いをすると、すぐに言葉を続けた。
「被害者は田中義男(55)。T都大学の文学部考古学研究室の教授です。
今朝8:30過ぎ、大学の研究棟の自室で被害者が倒れているとの通報がありました。
第一発見者は同研究室の村野助教授。通報したのは地質学研究室助手、奥山相太です。
すぐに鑑識が実地検分を行いました。死後硬直が既に始まっていたらしく、
目撃証言との兼ね合いから、死亡時刻は深夜2:00〜6:00と推定されています。
死因は後頭部を強打したことによる脳挫傷。凶器は同研究室にあった石像。
これは遺跡の発掘物で、重さ20kgの七つの顔を持つ神の像だとのことです」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ千堂君。そこまで手続きが済んでいるんなら私の出る
幕はないじゃないか。あとは本庁の刑事さんが来るまで現場を保全しておけば……」
「それは分かっています警部。ただ、私は警部のご意見をお伺いしたいだけですので」

どうやら千堂君は純粋に私の見解を求めているらしい。
捜査の担当は本庁の仕事だし、所轄の刑事に過ぎない私の意見など何の役にも
立たないと思うのだが……キャリアの考えることは良く分からない。
しかしまあ、特に拒否する理由も思いつかない。
私は渋々、彼女が電話口で報告書を読み上げるのを聞くことにした。
「とりあえず、遺体の発見者と通報者から証言を取ってあります。また、彼らの証言から
関係者と思われる方々にも事情を訊きました。読み上げます」

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考古学研究室助教授、村野一郎(40)の証言
(遺体の第一発見者)

私は昨日、お休みを頂いていましたので、昨夜のことは分かりません。
今日は教授と仕事納めのお打ち合わせをする予定でした。
私が研究室に到着したのは8:25頃だったと記憶しています。
扉を開けると、暗がりに人が倒れていたので驚きました。
最初は院生か研究生が酔い潰れているのかと思ったのですが、どうも様子がおかしい。
近寄ってみると、床が血まみれ、倒れているのは教授でした。
お恥ずかしい話ですが、その時はどうしたら良いのか分からずパニックになってしまい、
しばらく呆然としていたのだと思います。
奥山君が駆けつけてくれて、すぐに警察に連絡してくれた後、ようやく私も冷静に
なったのですが……。
え?教授のいつもの出勤時間ですか?そうですね……規則正しい生活をされる
方だったので、いつも8:20頃にはお部屋にいらっしゃったと思います。
え?最初に研究室に入った時の部屋の様子はどうだったか、ですか?
ええと、よく覚えていないのですが、電気は点いていませんでしたね。カーテンも
閉まっていたと思います。薄暗かったのは、そのせいでしょうね。

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地質学研究室助手、奥山相太(42)の証言
(遺体の第二発見者、通報者)

昨日は21:00から発掘品の年代分析の準備をしていました。
23:05から、データ分析のためのコンピュータプログラムを走らせています。
ログに時刻が残っていますから、確かです。
その後、私は解析結果が出るまで研究室で待っているつもりでした。
ただ、平井君がお酒を飲み始めたので、ちょっと付き合いましたが。
平井君は、翌1:00頃に帰りました。ちょうどその時、田中教授宛に
鈴木教授からお電話が掛かってきたのを取り次いだので、よく覚えています。
その後、お酒が過ぎたのか、眠くなったのでそのまま研究室のソファで寝ました。
寝たのは2:00頃だったと記憶しています。
プログラムの終了予定は3:00だったんですが、どうにも眠くて。
教授ですか?お電話を取り次いだ後のことはちょっと分かりかねます。
今日、起きたのは7:00頃でした。
プログラムの解析結果を集計し終えたのは8:00過ぎです。
結果データをCDに焼き終わった時、ちょうど村野助教授がおいでになったので、
教授にお渡ししようと思ってお部屋に行ったら、助教授が真っ青な顔をして
立っておられました。確か、8:30頃だったと思います。
とにかく、警察の方をお呼びしなければと思い、連絡しました。
ええ、部屋の中のものは一切触っていません。

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「ちょっと待ってくれるかな千堂君。この奥山助手というのは、どうして地質学
研究室の所属なのに考古学研究室で分析の作業をしていたんだい?」
「その件については私も不思議に思いましたので訊きました。本人曰く、田中教授が
今発掘している遺跡について、地質的な分析が必要だったらしく、奥山助手の上司の
鈴木教授からの正式な依頼でここ半年ほど、出向しているような状況になって
いるとのことでした」
「なるほど。よし、続けてくれ」
「はい」

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考古学研究室所属の修士課程2年、平井健二(23)の証言

ええと、昨日の晩は奥山さんと二人で研究室で飲んでました。
発掘品の年代分析のための準備をした後ですから、23:00からだったと思います。
ええ、田中教授のお部屋は隣です。僕たちが飲んでいる間ずっと、教授はお部屋に
おられたと思います。研究資料の整理でもされていたんじゃないでしょうか。
僕はその後酔っ払っちゃってよく覚えてないんですが、確か翌1:00頃に研究室を
出て帰宅したような気がします。
その時も、教授のお部屋の明かりは点いていました。ええ、教授もおられました。
僕が帰るとき、教授のお部屋の前を通るんですけど、その時教授が大きな声で
叫んでいたのを覚えていますから。
え?なんて言ってたかって?うーん。それが、僕も酔ってたので……聞き間違いも
あると思うんですが「蒋介石の招待席!」と言っていたような気がします。
意味不明ですよね……すみません。

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地質学研究室教授、鈴木武志(52)の証言

昨日の夜に田中教授に掛けた電話の内容のことだって?
あの日は遺跡の地層分析の結果について議論したのだよ。
田中教授は今発掘中の遺跡について、地質学的な見地からの解析を試みていて、
私はそれに協力している。
うちの研究室の奥山君をあちらで使ってもらっているんだが、結構面白い
分析結果が出て来始めているのだよ。
今まで、その遺跡の年代については色々と謎が多かったんだが、どうも遺跡から
発掘されているものの中に、別の年代のものが混じっているらしいことが
分かってきた。
これは私の見解なのだが、あの遺跡を含む地層は堆積層で、ある年代を境に
何らかの原因で水没したのではないかと思われる。
昨日はその見解を田中教授と議論してみたのだ。田中教授は最初驚いていたが、
だいたいのところは納得してもらえたと思っている。

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「なんだ千堂君。この事件はもう解決したも同然じゃないか」
「どういうことですか?警部は、この4人の中の誰かが犯人だと?」
「そりゃそうだろう。いや、まあ、もちろんもう少し詳しく事情を聞いてみないと
分からないことも多いだろうけど、そこら辺は本庁の刑事さんがすぐに詰めて
くれると思うよ」
「……私には、誰が犯人なのか、そもそも教授を殺害した動機すら、分かり
かねるのですが?」
「動機は……まあ、そうだね。最初から殺そうとは思ってなかったんだろう。恐らく
過失致死、もしくは事故の可能性もあるね」
「……」
「証言を良く読み返してみてごらん。学校で習った、犯人の証言の基本みたいな傾向が
読み取れるだろう?
一、しばしば犯人は警察に協力的であるふりをする。
二、犯人は最もよく事件の前後の事を細かく覚えている(七を含む)。
三、しかし犯人は重要なポイントを話すことができない。
四、ゆえに犯人は嘘をつかねばならない。
五、その上で犯人は可能な限り話に整合性を持たせなければならない。
六、だが犯人は犯人にしか知り得ない事実を無意識に口にしがちである。
七、そして犯人は自分にアリバイがないことを知っている……」

千堂君はしばらく考えた後、慎重な声で私に言った。
「警部は奥山助手が犯人だとお考えなのですか?」
「そうなるね」
「確かに奥山助手は唯一、事件発生時点に現場付近に居たと証言しています。彼の
証言の中にある寝落ちは未定事項ですから、彼がその時刻に教授を殺害したと考えるのは
最も自然でしょう。しかし、犯人が自分自身に不利な証言をするとは私には考え難いです。
酔っ払っていたと主張する平井にも、教授を殺害する機会はあったでしょうし、
村野助教授も本当に昨日、大学に来ていないとは限らないのではないでしょうか?」
「んー、まあそうだけど、奥山助手の証言にはいくつかおかしなところがあるんだよ」
「それは?」
「まずは今朝の彼の行動だ。村野助教授の話だと、教授の部屋は暗くて様子が良く
分からなかったそうじゃないか。しかし奥山助手はすぐに警察に連絡することを考えた。
普通、人が倒れていたらまず救急車を呼ぶんじゃないかな?まるで彼は教授が死んでいる
ことを知っていたみたいじゃないか。それと、彼はデータの入ったCDを持っていくとき
『村野助教授がおいでになったので教授にお渡ししようと思ってお部屋に行った』と
言っているだろう?7:00から起きていた彼が、どうしてその時教授が部屋にいると
知っていたんだい?教授は昨晩殺されてから一度も部屋を出入りしていない。奥山助手が
起きてから、助教授が出勤するまで人の出入りは無かったはずだ。なのに彼は出勤して
来たのが助教授だと分かっていた。おかしいじゃないか?」
「なるほど」
「そう考えると、昨晩についての彼の証言の中で一つ、重要なことが抜けていることに
気づくだろう?院生の平井が耳にしたという『蒋介石の招待席』という言葉だよ」
「警部、それは平井も言っているように酔っ払った上でのあやふやな記憶ですから
参考にならないと思いますが」
「いやもちろん、それは分かっている。だけどその時、田中教授が大きな声で何か
叫んでいたのは事実だろう。しかし、それを隣の部屋にいたはずの奥山助手は証言の
中で言及していない。深夜1:00といえば周囲は静かだっただろう。部屋の外にも
聞こえる程の大声を、聞き逃したとは思えない。つまり、奥山助手はその事実を
隠しておきたかったということになる。恐らく『蒋介石の招待席』という言葉こそが、
この事件の核心なんだよ」
「仰る事はもっともですが……」
「いいかい?平井は酔っ払っていた。だから田中教授の言葉を彼が正確に聞き取ったとは
思い難い。多分、教授はもっと別の言葉を叫んでいたんだろう。それを平井が聞き違えた。
もちろん、奥山助手もそれは聞いていた。そして、それが原因で教授は殺害された。
そう考えると全ての辻褄は合う。『しょうかいせきのしょうたいせき』、これに似た
響きで、あの時教授が叫びそうな言葉。分かるだろ?」
千堂君は考え込みながら答えた。
「あのとき、田中教授は鈴木教授と電話で、遺跡の地層分析の結果について議論して
いましたから……『しょうか遺跡のしょう堆積』?」
「惜しいね。恐らく田中教授は『そうか、遺跡の層、堆積!』と言ったのだろう。
これは鈴木教授にもう一度確認する必要があるけれども」
「しかし警部、それと教授殺害との関係が、まだ理解できかねるのですが」
「それは奥山助手本人に聞いてみるしかないだろう。本庁の刑事さんが来たら
早速手続きを踏んで、身柄を確保しておくと良いだろうね」

その後、奥山助手は田中教授の殺害を自白した。

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地質学研究室助手、奥山相太(42)の供述

私はもうずっと長いこと、地質学研究室で助手をやっています。
研究室の助教授の空きがなかなか出来なかったものですから。
それがようやく来年、今の助教授が他の大学の教授になるということで順番が
回ってきそうだったのです。
ところがここ半年、私はずっと考古学研究室の手伝いばかりしていました。
私はもともと鈴木教授に快く思われていませんでしたから、もしかして
この出向扱いも、私を助教授にしないための口実に使われるんじゃないかと不安でした。
それで、昨晩も気になって、田中教授と鈴木教授の電話に聞き耳を立てていたんです。
そしたら田中教授があんなことを言うものですから……。電話が終わった後、教授に
どういうつもりなのか問い詰めてしまいました。教授は私の質問に答えてくれず、
しらばっくれてばかりいたので、ついカッとなって突き飛ばしてしまいました。
教授は棚の方によろけてぶつかって倒れました。ええ、良く覚えています。棚が揺れて、
神の像が倒れて教授の上に落ちたんです。すぐに救急車を呼ぶべきだとは分かって
いましたが、私は怖くなって逃げたのです……申し訳ありませんでした。

……え?田中教授が電話で何と叫んでいたか、ですか?
確か教授はこう言ってました。
「そう、解析の相太、移籍!」と。

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雨谷の庵は今日も雨。来年もいい年でありますように。
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管理者:徳田雨窓