雨谷の庵

[0492] 匕(さじ)は投げられた (2005/12/21)
※第匕(さじ)回雑文祭


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そもそも昨年のクリスマスには、赤ん坊だったわけである。
しかし今年は既に二本足で歩き回ることもできる幼児である。
なにかしら、クリスマスプレゼントを用意せねばならんのではないか?

しかし1年育ったとはいえ、まだ息子の人は言葉すら操らぬ幼児である。
いったい何をプレゼントとして喜ぶのか、全く予想がつかない。
いや、そもそもクリスマスという概念すら、理解していないことは明らかである。
こうして考えるに、クリスマスというものは非常に高等な思考過程を経ないと
楽しめぬものなのではないかと思わないではない。
むかしむかしに人類愛のためになんか十字架を背負った偉い人というのがいて、
その人の誕生日をみんながお祝いするようになって、なぜかは分からないが
きらきらぴかぴかにモミの木を飾る風習もあったりして、更に資本主義に肥え太った
ブタどもが無知なる市民の消費意欲を煽り暴利をむさぼって結局この世は金だ。
そんな金にまみれた世界の習慣に、息子の人の無垢なる魂を汚されていいのか、
いや、よくない……って、どうも話が逸れたようなので元に戻そう。

つまり、息子の人にプレゼントを買った方が良いのか、また、買うとしたら何が
良いのかということを私は悩んでいるとかそういうことになるわけである。
「車っぽいおもちゃが好きにょ」と妻の人は言う。
曰く、小児科の控え室でもデパートの子ども広場でも、タイヤの付いたおもちゃを
つかむと離さないとのことなのである。
ああ、逞しきは我が息子の人かな。いつの間にやら車のおもちゃでブーブー遊びを
するまでに成長したのであるなぁ……と感慨に耽り掛けたところ、妻の人はすぐさまに
私の感慨を否定するのであった。
「いや、車を裏返して、タイヤをくるんくるん回して喜んでいるだけだから」
……。息子の人の遊びのツボがイマイチ理解できない父、33歳であった。

ということで、とりあえず息子の人への人生初のクリスマスプレゼントには
ブルドーザーのおもちゃを買い与えることにした。
トイザらスで999円でとてもお手頃であったことと、それよりも何よりも
付属してたタイヤが大振りで回し甲斐のありそうなガタイをしていたからである。
息子の人はそれを受け取るなりさっそくひっくり返し、嬉々としてタイヤを
くるんくるんイわせている。これはこれで良かったのであろう。
めでたしめでたしである。一件落着である……と思いきや、私のクリスマスは
まだ全く終わってはいなかったのである。
「はい。じゃあ、これは徳っちょにもれっぽからプレゼント」
クリスマス仕様に丁寧にラッピングされた四角い箱。
妻の人は私にそれを渡したあと、にこやかに言葉を続けるのであった。
「で、徳っちょからのプレゼントは、どこにょ?」

ここにきて、私は今年最大の危機を迎えたと言っても良いだろう。
嗚呼、恥ずかしいことに、私は息子の人のためのプレゼントのことばかりを考える
あまり、妻の人のためのクリスマスプレゼントのことをすっかり忘れていたのである。
私は、目の前で両の手を差し出し、首を斜めに傾けたままニコニコと微笑んでいる
妻の人を前に、しどろもどろになりながら「も、もちろん用意してある……でも、
クリスマスはまだ先だから……」と見え透いた嘘を吐きつつ、なんとかこの場を
誤魔化そうと、今受け取ったばかりの贈り物の包装を小さく震える指先でバリバリと
剥がすのであった。
そして出てきたのはオセロであった。
「何故に……オセロ?」
受け取った物がすっかりと予想外だったため、私は少々ぽかんとしながら無意識に
問うていた。
「んー。徳っちょ、頭使うの好きそうだから」
嗚呼、妻の人は私のことを色々と考えてくれた上で、このプレゼントを選んだのだろう。
オセロ、そう、それは戦後間もない1945年9月に茨城県水戸市で生まれ、そのシンプルな
ルールと奥深さ故に世界中で愛され続けているボードゲームである。
オセロ研究家の湯浅次郎は「オセロとはつまり死線である」と言ったという。
オセロの石の一つ一つは自らを投じて盤上を描き、一度放たれたそれは刻々に投入され
続ける新たな紋様の中で白黒の間を行き来する……オセロのその、すくいようがない程の
淡々とした有様に、世界中の人々が武士のHAGAKUREに通ずる何かを感じて
いるのかも知れない。

もちろん私も、今HAGAKUREである。
何故か妻の人と差し向かいになり、私たちは黙々と白黒を描き続けていたりするのである。
受け取ったばかりのこのオセロの魅力でもって、クリスマスプレゼントの話から妻の人の気を
逸らそうという高等戦術。嗚呼、策士という言葉はもしかして私のためだけに!?
「んー。ところで、このぷりちぃ妻へのプレゼントの件はどうなったんだにょ?」
「い、いや、まあ、その、あれだ。些事にこだわるのは良くない」
「にょー?妻へのプレゼントが些事ってことを言いたいのかにょ?」
「いえ、そ、そういうわけでは……決して。誓って」
策士策に溺れるということわざももしかして私のためだけに!?
クリスマスまで残り数日、果たして私はこの難局をどのように切り抜けるのであろうか、
いや、そもそも切り抜ける気はあるのか!?乞うご期待、待て次号(嘘)。
私の心の中で、既に匕(さじ)は投げられたと言っても過言ではない。

あ、ちなみにオセロは6石差で負けました。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓