雨谷の庵

[0480] 謎マッチョ化の実態 (2005/07/19)
※土用丑、鰻の寝床雑文祭


[Home]
この暑いのによくもまあ、暑苦しいことを書くものです。マッチョとか。

ここ最近、土用だからというわけでもないのであろうが、とにかく汗ばむ熱気が
素肌をぬめぬめと鰻の生肌が這うような不快感で覆っているのではないかと、勝手に
読者諸賢の現状とかいうものを想像したりしなかったりの漫然とした牛の歩みのような
毎日を送ってしまっているわけであるが、いかがお過ごしであろうか。
私は元気である。
暑い暑いと文句を垂れ流す前に、それなりの対処なり対策なりクーラーなりといった方法で
快適な体温調節を心がけないと、うっかり熱中死してしまいかねない天候のようでもあり、
くれぐれもご自愛頂きたい次第である。てゆーか暑いですね。

そんな中、私ももちろん自前の対策、名づけて徳田流クールビズとかなんとか呼んじゃっても
良いよ?的な手法で日々の体温を調節しているわけで、かつてアナーキーと呼ばれていた一群の
着用布類についても、流行に合わせて最先端にクールビズ靴下とかクールビス下着などと
呼称することで、いかにも涼しげでなおかつ頭良さげな雰囲気を漂わせつつ何故か風体は
貧乏臭いという不思議なコラボレーションとともに夏期間を過ごすことが出来ること間違い
なさそうとかそういうことにしておきたい。
妻の人がヤな表情で私のクールビズを睨んでいるような気もしないではないが、それも
軽やかにスルーするのがクールのクールたる所以と言わざるを得ない。

さて。それはともかく。
実のところ、私の家庭内における最大のクールビズ、それはもちろんパンツ一丁での生活風景に
他ならなかったりするわけである。
実際に着衣状態とパンツ一丁状態とでその過ごしやすさに格段のクール的差異がある以上、
このパンツ一丁スタイルを貫く覚悟ではあるが、やはりこれも妻の人が怖い顔で視線の鋭さを
研いでいるような気もしないではないというか私も鈍感というわけではないからあの視線の
意味するところにより実に心をえぐられ続けているのであるが、何もかもが夏期間の風物詩として
過去を振り返る乙女心と化すまでの辛抱と言えば、なに、耐えて凌ごうホトトギスであろう。

うそうそ。なるべく服を着ることにします。もきーとか怒るのは止めて下さい。
だから貴方がクールビズと化すのは勘弁して下さい。世間体もありますし。

あー。それはともかく。
以上のような経緯でもって私のクールビズはそろそろ流行遅れ、やっぱり文明人はクーラーで
がんがん冷却じゃん?と開き直り服を着ようとして、ふと気づいたことがある。
鏡の中の私、痩せ細ってとにかく細長い物体であり貧相極まりないことはいつものことだが、
その上腕部、そこに結構な量のマッチョが見て取れるではないか。
やはりコレはアレであろうか。とうとう私もこの年齢にして兄貴としての性能を覚醒させてしまい、
今後は女人よりもマスラオのケツにこそ熱中せねばならんとか。
マッチョと兄貴は薔薇の香り、そんな連想をどこの誰が世間様に定着させたのかは定かでないが。
それにしてもよくよく見ると、マッチョ的な風情を帯びてきているのは上腕部だけでは無さそうで
あった。腹筋の部分にはうっすらと田の字が浮き、大腿部はマッチョ的な堅さによってきゅきゅっと
引き締まった雰囲気を漂わせているのである。

私はしばし考えた。
特にこれといって運動もしていない中年のおっさんに、マッチョが覚醒するというこの不可思議な
現象だが、心当たりが無いこというわけではない。
ここ1年ほど継続して行っているところの子育て、つまり息子の人を抱きかかえるというその地道な
苦行の成果が、このおっさんマッチョの原因であろうと思うわけである。
実際、子育ては全身運動である。
10kg ほどもある物体を数十分から数時間の間抱え上げているときなどは、腕はもちろん肩から背中に
かけてのマッチョがフル稼働である。
更にうちの息子の人は、ただ抱っこしているだけでは必ず文句を垂れるので、抱っこの際には
立ち上がってゆらゆらと左右に揺れねばならない。
この揺れるという運動がまた実に左右の美脚に程よい負荷をかけるものであるらしく、膝や太腿が
良い感じにマッチョ仕上がりになる原因に違いないのである。
最近、息子の人の体重増加にも歯止めがかかってきていて、抱っこも楽になったよなぁとか
のんびりと感慨にふけったりしていたわけであるが、私自身がマッチョへと鍛え上げられて
しまっているということも、その精神的な負担軽減に一役買っていたとかそういうことになりそうである。
恐るべき人間のマッチョ力。人は生活環境によりマッチョに覚醒するのである。

さて、そう考えてみても分からないのは腹マッチョである。
もちろん子育てと呼ばれる苦行には腹筋メニューに近しい要素もふんだんに盛り込まれてはいるが、
それにしてもこの立派な田の字は鍛えられ過ぎという気がしないではない。
実際、妻の人も私と同じような傾向で微マッチョ化しているわけであるが、お腹のマッチョが鍛え
られているような雰囲気は全く無い。
むしろ出産前よりも下っ腹の辺りに油分が……ととと、これは家庭内情報の非公開条項に引っかかる
描写なのでこれ以上は私の命が危険なので書かない。
ということで、おっさんマッチョの中の腹マッチョは謎マッチョとして夫婦の笑い話のネタとして
愛される存在となるのであっためでたしめでたし。

……というわけにはいかず、つい最近になって、私の謎マッチョ化の実態が明らかになっていたりする。
それはある蒸し暑い夜のことであった。

あまりの熱気と湿気で寝苦しく、そのせいでぼんやりと目が覚めてしまった私は、回避策としてクーラーを
つけるべく起き上がろうとしたのである。
しかしいくら力を込めてもどうにも体が動かない。
何故か重々しい雰囲気を伴った暗闇が、私の腹部を押さえつけているのである。
か、金縛りかっ!?私の先祖を恨む怨霊の仕返しかっ!?と一瞬は思ったものの、金縛りにしては
左右の手足は自由に動く。そう、動かないのはボディ部だけなのである。
不思議に思った私が、首だけをよっこらしょと起こして腹部の様子を伺ったところ、なんとそこには
息子の人が可愛げな寝顔で乗っかっているではないか。
私は得心がいった。
恐らく、息子の人にとっても今夜は寝苦しかったのであろう。深夜に目覚め、泣きでもしたに違いない。
それを妻の人が気づいてベビーベッドから抱き上げ、落ち着かせるために私たちの寝床に運んで
添い寝することにしたのであろう。
その後、寝相の悪い息子の人が私の腹の上に移動、そして今に至るというわけである。

得心がいったとはいえ、この暑苦しい状態はなんとかしなければならない。
私は可愛い寝息を立てている息子の人をそっと傍らに横たえ直すと、クーラーのスイッチを入れて再び
その息子の人の横に寝転んだ。
夫婦の間に息子の人がいる、嗚呼これぞほのぼの川の字家族とかいう実に呑気な光景ではないか。
と思ったのもつかの間、私が息をつく暇もなく、何故か息子の人がぐるりと寝返りを打ったかと思うと、
まるで起きているかのような素早さで私のお腹の上に這い登ってくるではないか。
そして寝やすい位置を探るかのようにその頭蓋をどすどすと私のお腹に打ちつけてくるのである。
私はあまりの光景に「うぐぼぁ」と妙な呻きを上げるしかなかったが、とりあえず登ってきた息子の人を
再び隣に横たえ直すことで問題の解決を図ることにした。
しかし敵の執念は何か別次元の勢いで、何度横たえ直しても息子の人は私の腹に這い登ることを止め
ようとはしてくれない。
しかも登る度にどすどすと私のお腹を打ち付けてくる。そう、まるで腹筋を鍛えるボクサーが、丸い
ボールをお腹に打ち付けるかのように、である。
ああ、私の腹がみるみるマッチョになってゆく……。

息子の人がどうして父の腹をマッチョにしたいのかは、いまだ謎のままである。

雨谷の庵は今日も雨。
< Back |List| Next >
管理者:徳田雨窓