雨谷の庵

[0466] 夕暮れ時の岡山 (2004/12/29)


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祖父の人が死んだので、葬式のために帰省することになった。

年末の慌しい最中にである。しかもメリークリスマス、にだ。
実は、今年の大晦日には妻の人と息子の人とを伴って帰省しようと思っていたりしたのだ。
そのための新幹線は予約したし、実家への根回しも済ませてあった。
息子の人の月齢を考えると、新幹線での長旅は少々酷かも知れないとも思ったが、
この時期を逃すとまた何時帰省できるか分からないということもあって、思い切ることに
したとかそういうことになる。
しかし、そんなささやかな予定も全ては水泡に帰することになったわけである。
私はクリスマスに浮かれるカップルどもに呪いの言葉をつぶやきつつ、単身、岡山行きの
新幹線に飛び乗ったのだった。

今回他界した祖父の人は母方の祖父で、ここ数年は呆けも進行して寝たきりの状態だった。
もう長くないと何年も言われ続けながらも、本人はのらりくらりと、ぼんやりとした
余生を過ごして来ていたというわけだ。
体調が急変したのはここ一週間ほどのことだったという。
私が到着したのは深夜。
手荷物もそのままに、母方の本家に祖父の人の顔を拝みに行った。
本家では母方の兄弟が皆で卓を囲んで茶をすすっていた。
思ったよりも和やかな雰囲気で、涙を見せている者は見当たらない。
むしろ、談笑といった趣すら漂っているかのようだった。
享年93、私に事情は良く分からないが、大往生ということなのかも知れない。

「こういう状況じゃけぇ、大晦日は遠慮してもらおぅかと思ぅとるんじゃぁ」
私に握り飯と茶を勧めながら、母の人はそう切り出してきた。
無論、私もそのつもりである。
何度も帰省するのは無理も多いし、正月に親戚一同が集まるわけでも無いとのことだ。
わざわざ息子の人を連れてきても、お披露目にならないのでは無駄足と言うに等しい。
それに、母の人はここ一週間、祖父の人の入院先と自宅とを行ったり来たりする
毎日だったようである。
流石に歳のせいもあってか、顔色には疲労の濁りが見て取れる。
葬式が一段楽すれば、年末までに仕事も片付けなければならないらしい。
正直、私たちをもてなす準備の暇が無いということでもあるだろう。

葬式は、翌日の昼前に始まった。
流石に大往生だけのことはあって、参列者は身内とご近所だけでの葬式になった。
知り合いに知らせようにも、死人ばかりということらしい。
それにしても、と周りを見渡すと、私と同じような年頃の親戚は皆、輪郭が丸くなり
歳相応の恰幅のようなものを醸し出しているように見受けられた。
母の人の姉の人の息子の人、要するに従兄弟だが、昔よく遊んでいた時分にはすらっとした
兄貴肌だったのが、今はあごと首の境が分からないほどふっくらとしてしまっている。
しかし一番驚いたのは私の下の弟の人の風貌だったかも知れない。
二年ぶりにお互い顔を合わせたわけだが、何があったのか、彼の腹はすっかりとビール樽の
ごとくにまん丸に突き出ていたりしたのだ。
いったいどうしてそんなに太ってしまったのかを聞いてみたが、弟の人は「わからん」と
ただ一言答えて首を傾げるばかりである。
「ビールとタバコのせいじゃねぇんかな」
そんな私たち兄弟の横から言葉を挟んできたのは、一番上の従兄弟の娘の人だった。
この前見たときにはまだ小学生だったはずだが、何時の間にか高校生になっていると
いうことで、年月の経つのは速いというか、私もすっかり正真正銘のおっさんというか、
少々感慨深いものもあったりなかったりでそこら辺の詳細は割愛しておこう。
私が娘の人に「お久しぶり」と声を掛けると、娘の人の方は若干怪訝そうな顔をして、
弟の人の方を見た。
「うちの兄貴じゃ」「えー?!全然似てねぇがなぁ?」
その後、弟の人が私の人となりを虚実交えて面白げに話しているのを、私は傍で呆然と
眺めるのであった。
ビール樽のようになったおっさん臭い弟の人が、女子高生とまるで兄妹ででもあるかのように
世間話をしているそんな様は、私にはどことなく異世界の様相に思えていたりしたのだった。

葬式が終わり、火葬場から骨も拾うと、残るは身内ばかりとなった。
話によるとこのあとに初七日も併せて行うのだという。
初七日と言えば、七日間が経ってから行わないと意味が無いような気も私にはするのだが、
最近は親戚が遠方に散らばっていることも多いので、葬式の日についでにやってしまう事も
増えているのだという。
まあ、喪主の伯母の人はキリスト教徒だったはずから、仏教式の初七日にはさほどの意義を
感じていないということもあるのかも知れない。
初七日のお経も終わると、最後に親戚一同集まって精進落しの一膳を頂いて解散となった。
私はその日の内に帰京したかったので、母の人に岡山駅まで送ってもらうことにした。
母の人はいまだに車であちこちに足を伸ばすのが好きなようで、送ってもらう車中で
あちこちに旅行に行ったという話を聞かされた。
最近は寺に凝っている様子で、なんでも祖母の人と連れ立って四十四ヶ所巡りなどを
やっているというようなことも言っていた。
夕暮れ時の岡山の道は混み合っていて、なかなか駅に着かない。
のんびりとした母の人の雑談を聞きながらも、私は少し時計の進み具合に焦りに似たものを
感じ始めていた。
「あとどれくらいで着くでしょうか」
不安な表情を隠さずに、私は母の人に問うてみた。
しかし母の人は、ちょっとだけ困ったような顔をすると私から目を逸らすようにして答えた。
「いやな、実はちょっと前から道に迷うとるんじゃ。駅はどっちじゃったかのぅ……」

ええと。
母の人58歳。岡山で車を運転し始めてはや30年以上になる。はず。
そんな手馴れたはずの街中で、貴方はなぜ道に迷うのか。
……もしかして、ボケてきてる?マジで?

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓