雨谷の庵

[0446] ありとあらゆるもの (2004/07/28)


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半径30cmにも及ぶ広大なる世界。

今日もあいつがやってくる。
それは長く、丸みを帯びた円筒のような形をしている。
ツツクモノ、それがあいつの呼び名だ。
ツツクモノがやって来るのは明るい時間だ。
だが、決まった時間に来るわけではない。
ツツクモノは気まぐれにやって来て、気まぐれに去っていく。
何故やって来るのかは分からない。
ツツクモノは何時も無言だ。そして無表情だ。
ただ一つ分かっていること、それはツツクモノはありとあらゆるモノをツツクということだ。
柔らかい頬をツツクし、自慢の鼻っ柱もツツイていく。
おでこをツツクこともあれば、耳をツツクこともある。
世界の外にある何か大事な部分をツツキ回っていたこともあった。
そう、ツツクモノは全てをツツク。
だからツツクモノと呼ぶことにしたのだ。

今日もあいつがやってくる。
チチダスモノだ。
チチダスモノはいつも、口の中に入り込んできてはチチをダス。
チチダスモノは柔らかい。
舌の上で転がすと、ぐんにゃりと身をよじる。そしてチチをダス。
チチダスモノには、二種類がある。
よく来る方のチチダスモノは透明で、歯ごたえのあるチチダスモノだ。
茶色いチチダスモノは、時々しか来ない。
茶色いチチダスモノはほんのり暖かく、噛むと千切れてしまいそうになるくらいに柔らかい。
チチダスモノに吸い付くと、その先から喉に向かってチチがデル。
チチを飲むと、幸せな気分になる。

今日もあいつがやってくる。
真っ赤に蠢く、カゼヨブモノだ。
カゼヨブモノはいつも落ち着き無く動き回っている。
丸い形をしている時もあるし、横に細長くなっていることもある。
時にはその真ん中からにょろにょろとした赤い長いものを突き出してみたりもする。
ツキダスモノの親類なのかも知れない。
そしてカゼヨブモノは騒がしい。
高い音や低い音を繰り返し繰り返し唸らせていることがほとんどだ。
時には破裂したような硬い音を響かせていたりもする。
何かの合図なのかも知れないが、意味は全く分からない。
カゼヨブモノの中からは、何時もカゼが吹いてくる。
生暖かく、嫌な匂いのするそのカゼは、喉元を撫でる様にして吹き抜けていく。
更に、カゼヨブモノはいきなり近付いてくることもある。
そんなときは大抵、頬や額に吸い付いて離れなくなるから困ったものだ。
やはり、カゼヨブモノはツツクモノの親類なのかも知れない。

今日もあいつがやってくる。
それは世界のどこにも姿が無く、ただオトだけを響かせる。
だから、オトダケノモノ。そう呼ぶことにした。
オトダケノモノが現れると、世界の全てが生温かい何かに包まれる。
世界の外にある何か大事な部分が、最初にぬるぬると温かくなる。
次に世界のあらゆる場所を白い靄が覆い始め、オトダケノモノのオトが響きだす。
オトダケノモノのオト、それはこの世のものとは到底思えないような奇妙なものだ。
それは捉えどころ無く、ありとあらゆる方向から鳴り響いてくる。
右で大きなオトがしたかと思うと、次の瞬間には左で何かが鳴り響く。
オトがするたび、頬の辺りが温かい何かに包まれたり、頭を何かが流れていったりする。
オトダケノモノは一日の決まった時間に現れ、しばらく経つと去っていく。
幾ら泣き叫んでもオトダケノモノのオトが止むことは無い。

今日もあいつがやってくる。
ササヤクモノ、そう呼んでいるそれがやってくる。
茶色く毛深いその丸い形をしたササヤクモノは、ツツクモノと一緒にやってくる。
ツツクモノの傍に寄り添い、ササヤクモノはゆらゆらと左右に揺れるのだ。
ササヤクモノが揺れるたび、耳の奥に小さなササヤキが聞こえてくる。
高い、しかし柔らかな響きのそのササヤキは、何かを語りかけるかのように響いては消える。
ササヤクモノはツツクモノがツツクたび、同じようにして近付いてくる。
ササヤクモノの毛深いその表面が頬に触れると、ササヤクモノはまた小さくササヤクのだ。
そのササヤキが何を教えてくれているのかは分からない。
友達になりたいだけなのかも知れない。

今日もあいつがやってくる。
一日の終わり、世界の全てが眠りにつくために、クラキモノはやってくる。
クラキモノは世界のありとあらゆるものを黒い何かで覆い隠す。
ツツクモノはクラキモノに恐れを為して逃げ去り、ササヤクモノはササヤキを止めて地に伏す。
チチダスモノはクラキモノの広げた暗黒の彼方に姿を消し、カゼヨブモノの赤は黒に染まる。
唯一、オトダケノモノだけがその暗闇の向こうからそのオトを微かに響かせるが、
クラキモノにとってそれは全く問題にならないものであるらしい。
クラキモノ、それは世界の時間を統べ、一日に区切りをもたらすものなのだ。
暗闇は静寂を呼び、世界はやがて静止する。

我輩は乳児である。名前はまだ知らない。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓