雨谷の庵

[0435] 素敵の素敵な素敵さ加減 (2004/05/29)


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素敵という言葉は素敵だ。

私はこれから素敵の素敵さ加減をじっくりと味わう人生を送ることを決意しようと思っている。
素敵は素敵である。
どうしてこんなにも素敵なのだろう。そして何故こんなにも不思議なのだろう。
嗚呼、この私が現時点においてこの胸の内に思い描いている素敵にまつわるこもごもとした
思いを、どうやって読者諸賢にお伝えすれば良いのか、それが今はまだ分からない。
しかし、しかし、しかし。
これは是非とも伝えておかなければならないと思うのである。
書き記しておかなければならないと思うのである。
ということで、今回はこの素敵の素敵な素敵さ加減をまずは解説しておきたい。

まず、素敵のその魅力の一つは漢字にあると強く主張したい。
あらゆるもの全てのおおもとであり、まっさらな白絹を意味する「素」。
それに「敵」という字を接ぐ、そのセンスというか感性というか雰囲気というか、そういう
何がしかが既にして素敵そのものではないか。
相対するもの、自身と競争するだけの実力を有する、自分とは違う何者かである「敵」。
この「素」と「敵」とを組み合わせることで素敵は成り立ちとされているのだ。
もちろん、この素敵というのは当て字だそうであり、何がしかの意味をもってこの
二つの字を組み合わせたのでは無いらしいのだが、しかしだからこそ更に素敵が素敵で
あると言えるのかも知れないところが、やはり素敵だと思うのである。

素敵の素敵さは、その意味にも現れている。
なにしろ素敵という単語は、それ自身で素敵ということを意味しているのだ。
まさに自己言及的、素敵は素敵ゆえに素敵を自ら宣言できるのであり、素敵は素敵以外に
素敵を素敵たらしめないとも言い得るわけである。
素敵は素敵を素敵と言うためだけに存在しているのではもちろん無いのだが、しかしながら
素敵が素敵を素敵と述べることには何ら矛盾したところは無く、全ては完全なる円環に内包
されたぐるぐるの中身として素敵足り得ているわけであり、素敵は素敵以外には何ら自身の
存在の流れのようなものを必要としない確固とした独立なのである。
その孤高さすらも、やはり素敵が素敵たるゆえんであるのかも知れない。

ここまで、素敵が如何に根源的に素敵であるのかを探求してきたが、しかしここまでは
あくまでも素敵の素敵理論展開に過ぎないわけで、言ってしまえば机上の論理、畳の上の
水練、門前で小僧が唱えたであろうお経の境地には至らぬままの素敵さに過ぎない。
やはり素敵が素敵であると理解するには、素敵がどのようにして現実世界に働きかけ、
その素敵さを素敵として人々に認知されるかが重要なのではないだろうか。
知識としての素敵はあくまでも空想めいた素敵でしかなく、それは経験的ななにものかに
裏づけされなければ真の素敵とは言えないと思う次第である。
頭でっかちな素敵理論は死んでおり、実験に基づいた素敵こそ活路である。

では、今から素敵を実施しようではないか同志たちよ。
世界に大きく足を踏み出し、素敵をもって素敵世界を体験する、それこそが私たち人類を
更なる素敵ワールドへと導くほとんど唯一とも言い得る手段なのである。
素敵の真髄は野に放たれている。そしてそれを見出す術はまた、素敵の内にあるのである。
さあ、まずは唱えてみよう。素敵と。
玄関の扉を解き放った時、恐らくは諸賢の目の前にあるであろう街路をまずは素敵とするのだ。
なに、簡単なことである。街路に素敵を冠するだけでよいのである。
「素敵街路」
ああ、何ということであろうか。
今までは全く何の変哲も無い、少しばかりうらぶれた街路が、素敵のお力によって瞬く間に
素敵空間の一部と化してしまったではないか。
素敵街路、その言葉の響きはどことなく素敵な出会いを運んできそうな、そんな街路を私たちに
思い起こさせはしまいか。

さあ、どんどんと素敵を体験しよう。
素敵街路を歩くうちに、諸賢は道端の雑草などにも素敵を見出すだろう。
「素敵雑草」だ。素敵と付くだけで、なにか特別な薬にでもなりそうな植物に早変わりである。
おっと、道の向こうから腐った魚のような目をしたおばさんが歩いてくる。
しかし、彼女もまた素敵で瞬く間に変身である。そう、「素敵おばさん」だ。
どんな難事件でもたちまち解決、名探偵も裸足で逃げ出す素敵おばさん。
彼女の素敵活躍が、明日の素敵新聞に載ってしまいそうである。
そして諸賢はやがて素敵バス停に到着し、そこで素敵バスに乗り込むのである。
素敵バスは素敵混雑しているのだが、素敵混雑だから不快な思いをすることは無い。
素敵バスは素敵道路を風のように走り抜け、素敵駅で諸賢を降ろす。
素敵駅には無数の素敵サラリーマンが素敵スーツに身を包み、素敵歩きで各々の素敵会社に
向かって素敵通勤をしているだろう。
素敵電車はいつものように素敵朝の素敵満員だが、諸賢は素敵吊革に捉まり素敵吊り広告の
素敵売り文句でしばらく素敵時間を過ごすことが出来る。
そうこうしている内に諸賢は何時の間にやら素敵職場で素敵仕事を開始し、素敵上司と
素敵部下の素敵労働に支えられながら素敵作業を素敵に進めることになるのである。
嗚呼、素敵なるかな素敵ワールド。

では問題です。
この素敵雑文に、素敵という単語は幾つ出てきたでしょう?

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓