雨谷の庵

[0422] 今の東京のうどん事情 (2004/04/01)


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そうだ、カレミューに行こう。

最近うどんを打っていない。
最近というのは、結婚してからの話である。
うどんを愛し、うどんの素晴らしさをこの世の中に広く知らしめよという使命を天より
授かった私としては、うどんを打っていないというその状況自体が私自身の人生に対する
背任に該当してしまうのではないかと不安にならざるを得ない。
嗚呼、うどんよ。私は君を忘れたわけではないのだ。
「うどんが無ければ打って食べれば良いのよ」と、どこぞの見目麗しき王妃が言ったかどうかは
歴史の闇の中に消えた泡の一つに過ぎないのかも知れないが、いや、それはもしかしなくても
私の脳内世界史が勝手に織り成した幻影の一つであることは間違いないのであるが、とにも
かくにも、私にとってのうどんの重要性が以前より劣っているということはまったく無いと
いうことだけは、自分自身の誇りにかけて断言しておかねばならんと思ったり思わなかったり
する次第ではある。どっちだ。

その証拠に私は、この一週間に渡ってうどんを食い続けている。
ああ、もしかすると記憶力の非常に逞しい読者諸賢におかれましては、かつて私が「東京の
うどんはうどんではなくグレイか何かである」と言い切ってしまっていることを覚えて
おられるかも知れない。
いやもしかしなくても、多分覚えておられないであろうとも思うし、覚えて無くてももちろん
問題があるはずも無いのではあるが。
続けよう。
しかし、何の歯車が狂ってしまったのかは皆目見当もつかないのであるが、ここ1年ばかり、
うどんは東京でトレンディでファッショナブルなファーストフードとして脚光を浴び、
都下のうどん事情はかなり改善されてしまっていることをここに記しておこう。
かつては腑抜けた棒状の小麦粉の塊でしかなかったうどんと称されていた物体が、いまでは
本場讃岐の出身者をしても「まあ、普通に食べられるんじゃない?」とまで言わせて
しまうような、立派なうどんによって駆逐されているのである。
最近になって、私の職場の近くにもそのような出自のしっかりとしたうどんが満を持して
やってきたのである。
ちなみにそのうどん屋の向かいにも、讃岐を自称するうどん屋があったのであるが、そちらの
方は既に店をたたんでしまった。今の東京のうどん事情を物語っている一つの事例であろう。

ともかく、私のうどんへの愛が衰えてしまったわけではないのだ。
そこのところだけはまずご理解頂きたい。
では何故に、私はうどんを打たなくなってしまったのであろうか。
まず考えられる原因に、妻の人があまりうどんを好きではないということがあるだろう。
うどん嫌いというわけではもちろん無いのだが、妻の人はどうやら、あのうどんの食感に
三秒で飽きてしまうのであるらしいのだ。
さらに悪いことに、妻の人は自宅での手打ちうどんというものに、何らかの心理的なトラウマを
抱えているようでもある。
これはいずれ、我が義父の人に問い質さねばならぬ事項の一つでもある。

しかし、例え妻の人がうどんを食わないとは言っても、私のうどんへの情熱さえ煮えたぎって
いさえすれば、うどんを打つという行為を止めるはずは無い。
やはりこれは、前述したように最近の東京におけるうどん事情の改善の方が大きな要因と
なっていると考えるべきなのだろう。
なにしろ、自分でわざわざ打たなくても、美味しいうどんを比較的容易に食べることが
できるようになったのである。
生来の怠け者である私が、自家製うどんから遠のくのも仕方の無いことであるのは、
想像に難くない。

もちろん、最近の事情が改善されたと言っても、美味しいうどんを味わうにはやはり、
ちょっとしたコツが必要であることも確かである。
例えば、東京に讃岐の名を広めるきっかけとなったうどん屋「はなまる」においても、
ただ単にのほほんとうどんを注文すれば美味しいものが食べられるというわけではないのだ。
既にご存知の通り、うどんには基本的に「釜揚げ」「冷や」「温い」の三種類の
食べ方が存在する。
ちなみに「はなまる」では「冷や」のことを「しょうゆ」、「温い」のことを「ぶっかけ」と
称しているので、注意が必要である。
茹でたてのうどんを熱いまま食べるのが「釜揚げ」、茹でたうどんを冷水で締めたものを、
そのまま食すのが「冷や」、「冷や」の麺を温かい汁に入れて食べるのが「温い」である。
基本的に、うどんは「冷や」で食べるものである。
「釜揚げ」でも美味しいうどんというのは存在するが、それは讃岐のうどんの中でも最上級の
もののみに許される贅沢であることを覚えておこう。
「温い」は基本的に邪道なので論外である。
食べてみれば分かるが、「はなまる」のうどんは太い。そしてやや腰が弱く粘りが無い。
であるから、「はなまる」の麺のつくりでは「釜揚げ」だと表面がふやけて口当たりが重く、
「温い」だと芯までふやけ気味になってしまい切れが無くなる。
であるから、我々が「はなまる」で頼むべきは「しょうゆ」を「冷たいまま」で、である。
少なくとも、私がそれ以外を注文することはあり得ない。

「はなまる」のような外食店を利用する他にも、ご家庭で美味しいうどんを手軽に味わう
方法というものも存在する。
「加ト吉」の冷凍うどんである。
最近では讃岐うどんブームに乗っかって、通信販売で本場のうどんの生麺を入手する方法も
あるのであるが、私としてはそれはお勧めしない。
本場の店で出されているうどんは大抵強靭無比で、ご家庭の釜でまともに茹でることなど
出来はしないからである。
麺自体は素晴らしくとも、茹でるのに失敗してしまっては意味が無い。
その点「加ト吉」の冷凍うどんは素晴らしい。
どういう製法を用いているのかは分からないが、讃岐うどん本来の味わいをご家庭の調理環境で
十二分に再現してくれるのである。
はっきり言ってしまえば、バイトのにーちゃんが茹でた「はなまる」のうどんよりも、ご家庭で
片手間に茹でた「加ト吉」のうどんの方が美味いのではないかと思う。
お勧めである。

最後に、私がお勧めするのが神奈川県横浜市内の関内というところにあるカレーミュージアム、
通称「カレミュー」である。
カレミューには日本全国各地から様々なカレーが集められているのであるが、その中に香川の
「五右衛門」があるのである。
この「五右衛門」、香川では知らぬ者の居ないとまで言われるカレーうどんの店である。
カレーうどんは本来「温い」の汁がカレー風味という、うどん愛好家にとっては邪道中の
邪道だが、この「五右衛門」のカレーうどんの美味さだけは、讃岐の人々に認められて
いるという、ある意味恐るべき店なのである。
もちろん、その「五右衛門」のカレーうどんを普通に楽しんでもいいのであるが、私としては
ここで敢えて「冷や」のうどんを注文してみることをお勧めしておこう。
香川であれば「五右衛門」でわざわざ「冷や」を頼む必要などないのであるが、関東という
異国においては、まずその「冷や」を食べてみる価値は十分にある。
はっきり言ってしまえば「五右衛門」の「冷や」は「はなまる」の「しょうゆ」など話に
ならないくらいに美味い。
個人的には、今東京近辺で最も美味いうどんを食うことができるのは、この「五右衛門」では
ないかと思っていたりするくらいである。

ということで、カレミューでカレーを一口も食わずにうどんばかりを食っている中年の
おっさんを見かけても、そっとしておいて欲しいと思う次第である是非。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓