雨谷の庵

[0420] 男の子でも女の子でも (2004/03/17)


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突然であるが、月例の妻乳計測のお時間である。

--- 妻乳履歴 ---
2003/11 Under:62 Top:82 Cup:E
2003/12 Under:66 Top:82 Cup:D
2004/01 Under:65 Top:83 Cup:D
2004/02 Under:66 Top:83 Cup:D
2004/03 Under:70 Top:84 Cup:C

ここに来て妻の人のアンダーバストが一気に膨らみ、カップは更に小さいCになってしまった。
このデータから見ても明らかなように、妊娠前の妻の人の乳が小ぶりながらも形の良い円錐型で
あったのが、妊娠が進むにつれて丸みを帯び、今ではボリューム感たっぷりの御椀型へと
変化したということになる。
妊娠前は華奢なお嬢様の美しいお胸という感じであったのが、今はおっかさんのボインという
感じであると言い換えても良いだろう。ホルスタインボンバー、ばしゅんばしゅん。
今から思えば体重も一緒に記録しておけば、その変化もリアリティに富んだものとして
読者諸賢にご披露できていたのかも知れない。次はそうしよう。次もやる気か。やる気満々か。
ちなみに妻の人の体重は、妊娠前と比較すると既に5kg程増えている。
妊婦は多少、肥えておかねばならないので健康上の問題は無いのだが、増え過ぎるとそれは
それで不味いことになるらしいので、日頃から食べ物には気を使わなければならないようだ。

そんな日々を送る妻の人にとって、目下最大の関心事といえば、子供の性別であるようだ。
世間でよく耳にする噂に、女の子の方が育て易いというものがあるが、妻の人はそれをかなり
考慮しているらしい。
最初の子供は女の子で、次の子供が男の子というのが妻の人にとって理想なのだそうだ。
いや、二人目をどうするかなんてまだ相談すらしていないわけだが。
そもそも今は、一人目の無事を祈るので精一杯な状況であるからして。
ちなみに私は男の子でも女の子でもどちらでも良い。
男の子なら男の子なりに、女の子なら女の子なりに色々と楽しみも苦しみもあるだろうから、
どちらにしても私の人生に大きく影響を与えるだろうと思ったりもする。
妻の人に似るにしろ、私に似るにしろ、いずれにしても厄介なガキんちょになることは
目に見えてもいるので、今から気苦労が絶えないだけであるというのは内緒である。

そういった事情を抜きにしても、妻の人は子供の性別が判明するのを心待ちにしているという。
まず、子供に着せる服の柄の問題がある。
話は赤ちゃんに着せるものであるから、その形状や仕組みなどは男女にさほど違いが
あるわけではもちろんない。
いや、少しくらいは違ったりもするのかもしれないが、赤ちゃん用品の専門店などの店頭に
並んでいるそれらの様子を見た私にとって、それらの違いを判別できるほどではない。
結局、それらの物品の男の子用と女の子用とを分けている主な要素は、その柄である。
例えば、男の子用として売られているものの多くは青い色調の絵柄であることが非常に多い。
一方の女の子用のそれは、ピンクが圧倒的に多い。
もちろん、他にも黄色っぽいものや緑っぽいものなどの中性的な柄のものも存在するが、
青とピンクの氾濫ぶりに比べると、その劣勢は涙を誘うほどである。
妻の人は、男の子には男の子用の、女の子には女の子用の柄のものを着せたいと思って
いるようである。
それはかつて自分が赤子であった頃、男っぽい服装をさせられた上、それが似合い過ぎて
知らない人から男の子と間違われまくったという過去を考慮してのことであるらしい。
であるから妻の人は、できるだけ早く、妊娠後期で出歩くのが億劫になる前に、子供の性別が
判明することを切に祈っているという。
自分の子供の服を、自分で選んで買い歩くのを楽しみにしているのだ。
しかし性別が判然としない現在では、その願いも叶わない。

他にも、名前の問題がある。
妻の人の心の中には子供の名前について、既に幾通りかの候補があるらしい。
それのどれにするかはもちろん、妻の人のご両親や私の母などに了解をとるなどの手順を
踏んでから決める話ではあるが、それでも男の子用の名前か女の子用の名前かぐらいの
絞込みは、性別が判明した時点でできるわけである。
お腹の中で今やときどき蠢くその新生命に対して、今は単に「赤ちゃん」と呼びかけて
いるわけであるが、性別が分かれば、絞り込んだ候補の名前の幾つかを呼び名にすることが
できるとかそういうことも考えているらしい。
ちなみに、妻の人の考えている名前候補について妻の人がそのご両親と妹の人に披露したところ、
「悪くは無いけど、もう少し考えたらどうか」と返されたそうである。
妻の人の実家では、女の子の名前は季節や生誕月にちなんだ名前を付けることが多いらしく、
例えば3月生まれなら「弥生」であるとか、秋の生まれなら「亜紀」であるとか。
妻の人の名前も、妻の人の妹の人の名前も、そうしたいきさつで決められたらしい。
私たちの子供の出産予定日は7月であるから「ななこ」ちゃんで良いんじゃないかと、既に
妻の人の実家の人々の口には上っているらしいから油断がならない。
漢字を当てるなら「奈那子」とか「菜々子」とかそういうことになるんだろうか。
ちなみに、妻の人はその「ななこ」案にはかなり反対のようである。
「ななこ」にはならんだろう。そもそも、まだ女の子と決まったわけでもないし。

ちなみに私の方はといえば、名前にそれほどまでのこだわりを持っているわけではない。
私の名前(本名の方)は父方の祖父が決めたものらしいが、別段気に入っているわけでも
嫌いなわけでもない。
画数が少ないので、テストの答案に名前を書くのが楽だったとか、そういうメリットを
感じたことはあるが、だからといって好きだったりするわけでもない。
よくよく考えてみれば私は通常、苗字の方で呼ばれることが多く、名前の方で呼ぶのは
親兄弟親族の限られた人々だけであるから、普段は気にしてすらいない。
最近はネットのハンドル名の徳田で呼ばれることも多いので、更に名前とは疎遠である。
そんなこともあって、私は子供の名前にも無頓着である。
妻の人の好きに決めれば良いと、心の底から思っている。
むしろ、ある日いきなり神様が降りてきて、勝手に私の子供の名前を決めて行ってくれれば
それに越したことは無い。面倒が一つ減るだけ有り難い。
ちなみに、一部の読者諸賢は既に予想しておられるかも知れないが、私の母の人に子供の名前に
ついてお伺いを立ててみたところ、案の定「好きにしろ」との答えが返ってきた。
相変わらずの無関心である。初孫なのに。まあ、私も人のことは言えないのだが。

ともかく、運が良ければ来月にも性別が判明する予定である。経過は追って報告したい。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓