雨谷の庵

[0417] 星人論議をさせる元 (2004/03/05)


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「初めて見たとき、火星人だと思った」
「違うよ。あれは木星人だよ」

妻の人と結婚したことにより、私には新しく妹と弟が一人づつ追加されたことになる。
もちろん、私の母の人が新たなる生命体をこの世に送り出したとかそういうことではなく、
結婚によって義理の弟妹ができたということである。
妻の人には弟が一人と妹が一人いる。
都合、二人が私の義理の弟妹となった計算になるわけである。
そして、冒頭にて御紹介した会話は、その弟妹の間で交わされたものであるという。
火星人だの木星人だのといういかにも怪しげな単語が飛び交っているわけであるが、その件の
星人様とは、私のことらしいのだ。
つまりその会話は、妻の人が私を彼らに引き合わせた後、繰り広げられたようなのだ。

彼らに星人論議をさせる元となったその理由は、要するに私の髪型にあったらしい。
今からちょうど一年前くらいになるだろうか。
当時、私は妻の人のご両親に結婚のご承諾を頂くに当たって散髪をしたばかりであった。
ご承知のように私は髪型にあまりこだわりを持たない性分であるから、散髪に際しても特に
奇をてらった訳では勿論無い。
散髪屋の人にはただ一言「適当に短くしてくれ」と頼んだだけである。
この実に明快な指示に、散髪屋の人は迷い無く「分っかりました」と答えたと記憶している。
私は散髪屋の人に対して絶大なる信頼を持っていたし、散髪屋の人もそれに応えるべく十二分に
その技術と経験の全てを惜しみなく注ぎ込んだのだとここで断言しておきたい。
その時点において、私たちには何ら落ち度は無く、そこにあるのは何物にも代え難いほどに
美しい、人間同士の心と心の絆で織り合わされた誠意という名の一風景であったに違いないのだ。
私は散髪屋の人の仕事振りに満足し、散髪屋の人もまた自身の仕事に誇りを抱いたであろう。

以上お分かりのように、問題となったのは散髪屋の人の力量でも私の髪型センスでもありえない。
ならば、私の髪型の何処が一体、星人様であったのであろうか。
不可解な疑問に首を傾げる私に、妻の人の鋭い指摘が飛んできた。
「もまいの寝癖がヘンなのにゃ。ヘン〜、ヘン、ヘンヘン〜」
妻の人によると、当時散髪したばかりの一ヶ月ほどの期間、私の髪の毛は寝癖で真っ直ぐ上に
突っ立っていたのであるという。
散髪屋の人の自慢の仕事ぶりによって、私の後ろ頭と側頭部の髪の毛はバリカンで短く刈り
込まれていたから、寝癖で突っ立っていたのは頭頂部のそれのみであったのだそうだ。
そこから先は読者諸賢にご想像頂くことにしよう。
ちなみに妻の人はその当時、私の髪型のことを「パイナップル頭」と呼び、それを指差しては
何度も何度も笑っていた。

妻の人の実妹の人は、そんな私の頭を見て「火星人だ」と直感したという。
もともと面長気味の私の顔は、その上に真っ直ぐ伸びた頭頂部の毛髪のお陰で更に長く
見えたそうなのだ。
しかも、私の寝癖の素晴らしさは更に、その毛先に向かうに連れて細い部分へと収束して
いたために、頭全体がいわゆる「トンガリ頭」になっていたということのようである。
面長のトンガリ頭。
読者諸賢がもしもそれを脳裏のいずこかで思い浮かべたなら、何割かの方々は火星人を直感して
しまうかも知れないであろうことを私は認めざるを得ない。

一方の妻の人の実弟の人の方も、私のことを宇宙人だと確信したという。
ただ、面長のトンガリ頭という特徴をもってすぐさまに「火星人だ」と早とちりしてしまった
妹の人とは違い、弟の人の方はもう少し理性的な思考経路を辿ったようである。
彼曰く、火星人はタコのような四肢をしているはずである、と。
そうした科学的思考を駆使した結果、彼は私が火星人でないことを見抜いてしまったのである。
結局彼が導き出した結論は「木星人」だったようなのだが、その結論に至るまでの道筋に
ついては未知のままである。

ところで、私のその寝癖を笑っていたのは何も妻の人の弟妹だけでは無かったことを、私は
つい最近になってから知る事になる。
妻の人の母の人は当時を振り返る時、折に触れては「へんな髪型だった」と笑い転げるし、
私の職場の仲間たちに至っては「どんな寝癖だとああなってしまうのか」と常々不思議に
思っていたというのである。
更に恐ろしいことに、その当時私が仕事でお付き合いさせて頂いていたお客様の中には、
私のことをトンガリ頭の人とあだ名していた方もいたようである。
私の仕事の営業面を担当していた仲間など、そのお客様から「徳田さんは最近もとんがって
いるのですか?」と尋ねられて返答に窮したと、わざわざ私に愚痴をこぼしに来る始末である。

その後の私はというと、妻の人によってトンガリ頭にならないよう厳しく指導されている。
例えば後ろ頭や側頭部について、バリカンで刈り込むことは固く禁じられている。
また、私が散髪屋の人にいい加減な指示を出してとんでもない髪型になることを防ぐ目的で、
散髪をする時には妻の人が行きつけている美容室を利用するよう強要されている。
もちろんその際には妻の人がみっちりと付き添い、私の髪型について妻の人から美容師の人に
細かな指示が出されるという、念の入り様である。
そんな妻の人の地道な努力が実ったのか、私の頭がとんがることは全く無くなった。
そう。妻の人の弟妹の人々も、今の私を星人様だとは思っていない。
徳田は結婚して変わった。職場でもそう噂されていることだろう。
妻の人には感謝の日々なのである。ありがとう、妻の人。

ただ、今の私のあだ名が「ワニ頭」であることは内緒なのだが……。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓