雨谷の庵

[0416] 3本目のネクタイ (2004/03/02)


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私はネクタイをたくさん持っている。

自慢にならないことは十分承知しているが、私はネクタイをたくさん持っている。
この「たくさん」というお言葉については主観でしか観測し得ないという問題があったり、
何と比較すべきなのかという深遠な議論があったりすることも十分考慮しながら敢えて
断言させて頂こうと今は思っているのであるが、私はネクタイをたくさん持っているのである。
いちいち細かに数えたことは今まで無いのであるが、それでもなんとなく、私のこれまでの
人生の中で培われていたであろう基準に照らし合わせてみると、どう考えても私はネクタイを
たくさん持っているとしか言いようが無いと思うのである。
例えば、私の持っているパンツの数よりは遥かにネクタイの方が多い。
人生において貰ったであろう義理バレンタインチョコよりも、恐らく多い。
1、2、3と順番に指を折ってみても、それがネクタイの数を超えたことは今までに無い。
勿論、私は「3」よりも多い数を数える能力を十分に有している。「3」の次は「たくさん」だ。

では何ゆえに私がこのようにネクタイを大量に保持することになったのかを考えてみよう。
もちろん、私が最初からネクタイをたくさん保有していたわけでは勿論無い。
あれは今から遡ること10年ほど前、就職活動を始めたばかりの学生であった私が、なけなしの
金銭を支払って購入したのは安物の青色のネクタイであった。
それが初めの1本である。
次に、私が無事に就職した頃、祖母が贈ってくれた物、それは茶色のネクタイであった。
母も同様に私に桃色のネクタイをくれたのだが、それは父の使い古した中の1本であった。
つまり就職した時点の私は、僅かに3本のネクタイを保有するのみだったのである。
私の人生においてこの「3」という数字をたびたび目にするような気がしないでも無いが、
それは恐らく気のせいであるから気にしないで頂きたい。
パンツが3枚しか無いとか、スーツが3着しか無いとか、肌着もやっぱり3枚だったとか、
靴下は3本だった上に全部穴あきであったとか、そういう過去の記憶はここですっかりと
洗い流しておいて欲しいものである。さあ流せ。

私は数年間、その3本のネクタイのみで日常生活を送っていたのである。
しかしネクタイは使い古してくるとだんだんとその強度が劣化してくる。
青色のネクタイは細い部分が擦り切れて、穴のような状態から白い糸くずがはみ出した。
茶色のネクタイは最も良質のものであったのだが、私が洗濯に失敗して洗濯機の藻屑と化した。
桃色のネクタイは中古品であるにも関わらず頑丈だったが、私が酔っ払ってビールを
こぼしまくったために染みだらけとなっていた。
今にして思えば、母の判断は卓見であったと言えるだろう。
ともかくネクタイ3本体制は、わずか数年で存続の危機を迎えてしまっていたのである。

しかしそんな私にも転機が訪れた。
それはかつて同じアパートで一緒に暮らしていた谷川某の結婚である。
谷川某は結婚するに当たって、そのネクタイの全てを私にくれたのである。
谷川某の話では、奥様は服装のセンスにうるさく、谷川某の服装全てをご自身の手で
コーディネートしなければ気が済まない、そういうことであるらしい。
つまりネクタイもその例外ではなく、谷川某が今まで愛用していたその全てを廃棄するように
言い渡されたということのようなのだ。
そうした経緯で、私の手元には溢れんばかりのネクタイが存在することとなったのだ。
しかし、一つだけ問題があった。
谷川某のネクタイはすべて、どうにも奇妙なものが多かったのである。
もしかすると谷川某の奥様が服装センスにうるさいのではなく、谷川某の服装センスが
尋常でないだけなのかも知れない、そう気付くのに時間は掛からなかった。
ということで大量のネクタイを入手したにも関わらず、私は相変わらずぼろぼろの
ネクタイを使い続けていたのであった。

嗚呼しかし、そこへ登場したのが当時まだ私と結婚する前の妻の人である。
ご承知のように、妻の人は見た目の小奇麗さを重視する人物である。
もちろん私も小奇麗さを気にしないわけではないのであるが、妻の人のそれとは比べものに
ならなかったのである。
私の3本のネクタイの状況を知った妻の人が、直ちにその改善に動いたのは当然であろう。
歴史は繰り返す。
私も谷川某と同様に、妻の人の選んできたネクタイのみを使う生活が始まったのである。

妻の人が私に贈ったネクタイは、やはり3本である。
白色のネクタイと、それと対になるような灰色のネクタイ。
私が主に使っているのは、3本のうちのその2本である。
かつて使っていたぼろぼろのネクタイはいまやネクタイ掛けの住人と化し、谷川某に貰った
ネクタイ達も、出番無くたたずむのみである。
しかし、やはりここに一つの問題があることを、ここでこっそりと告白しよう。
それは妻の人の3本目のネクタイである。
これは、妻の人が結婚前に家族と旅行に行ったタイで買ってきたものである。
モノ自体は非常に良いものなのだ。
タイ産シルク100%のすべすべとした肌触り、製作したのはイタリアの熟練職人。
実に高級感漂う、優れものなのである。
嗚呼、しかし嗚呼。
問題はそのデザインなのだ。
まず、色が問題である。
黄緑なのだ。蛍光を放っているかのごとくに鮮やかなる黄緑なのである。
シックで目立たないことを基本とするサラリーマンに、果たしてこの自己主張の塊のような
黄緑がお似合いであるかどうかをまずご想像頂きたい。
更に、絵柄も私の悩みに拍車をかけまくってくる。
白い小さな象の模様が、みちみちと規則正しく並んでいるのだ。
まるで性質の悪いクソ餓鬼どもの落書きか何かとしか思えないそののほほんとした風貌の
白い象たちが、目に突き刺さるような黄緑色の草原をぼんやりぼんやりと蠢いているのである。
タイ産シルクも、イタリア職人も、その全てはこの白い象の足の下で踏みつけられている、
そんな風景さえ思い浮かんで来そうな有様なのである。
私が3本目のネクタイを使うことを躊躇っている理由が、お分かり頂けるだろうか。

しかし残念ながら、3本目を使っていないことが今日、バレたようだ。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓