雨谷の庵

[0404] 結婚後に調整していくもの (2004/01/13)


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妥協と考えるか止揚と考えるかは人それぞれ。

付き合っていたときには分からなかったことが、結婚してから徐々に分かってくるということは
結婚生活を実施してみたことのある方々ならば至極当たり前のようなものであろうとは思う。
もちろん、付き合いが長かったり事前に同棲を行っていたりといった努力の結果、結婚後も何ら
変わることない付き合いを維持している方々もおられることだろう。
しかしまあ多くの場合、それまで全くの他人であった人物と一つ屋根を共にし続けるという
ことは、色々なことを学ぶ機会であるのだなぁと思うようになった次第である。

私の場合を例に挙げるなら、トイレの使い方に関するものがそれに当たるのかも知れない。
私の自宅のトイレは、現在都市部で最も一般的に使用されているであろう洋式のものである。
私はそこで小用を行う際、直立したままズボンの社会を解放し、己の両手に解放用器官をそっと
捧げ持つような形式を採用し続けていた。
これは実家でもそのようにして用をたしていたし、就職して独身生活を送るに当たってもこの
形式を守り続けていた次第である。
しかし、妻の人は私のその行為に異を唱えるのであった。
理由はこうである。
直立したまま捧げ持った解放用器官は、洋式の着地点に対して50cm程も高い位置に存在する。
その地点から落下する解放済み液体物が保持していたであろう位置エネルギーは落下と共に
運動エネルギーへと速やかに変換された後、着地に至ってそれは衝突という現象として周囲へ
飛び散ることとなる。
そして飛び散った先の壁面にその液体物は付着、その中に含まれる水溶物は壁面の変色原因と
なるわけで、つまり妻の人の掃除の手間の主たる原因となるのであるという。
ならばどうすべきかという私の問いに対して妻の人は毅然とした態度で一言、座ってすべしと
言い放つのみであった。
それ以来、私は小用の際にも便座に着席した形で解放用器官を作動させることで、液体物の
位置エネルギーを低く保つ努力を続けている次第である。

そうした生活様式における違いもそうだが、生活面における性格的な傾向というものも、
一緒に暮らすようになってから徐々に判明していくものである。
結婚前の付き合いというものは大抵の場合外面というか、その人の社会的な側面であるとか
主義主張であるとか趣味趣向であるとかいうものが主だった性格として捉えられる傾向が
当然にしてあるのだろうと思っている次第である。
しかしこれが結婚して同居ということになると、そういった外面的な性格とはまた別の、
家庭内における行動様式といったようなものの方が主に見えている状態になるわけである。
例えば私の妻の人の場合、付き合っていたときからなんとなく片付けが苦手そうだなぁという
ことは頭で理解していたのであるが、実際に一緒に暮らしてみると、片付けが苦手とかそういう
レベルを遥かに超えているというか、概念自体が存在しないというか、そういうことなのだと
いうことを思い知らされることになったりもした次第である。
この正月に私の実弟の人が遊びに来た際、目を丸くして言った台詞がをれを端的に表現している。
「この家、狭くなったなぁ」
まあ、リビングに足の踏み場もないほどに物品が散乱している様を目の当たりにすれば、そう
表現する他ないであろう。
こうした性格上の事情もあって、私たち夫婦の家事における役割分担は自然と決まった。
買い物/料理/洗濯が妻の人で、掃除/ゴミ出し/皿洗い/洗濯取り入れが私である。
例外的にトイレなどの水周りの掃除は臭いに敏感な妻の人が行っている。臭いのが嫌いなのだ。
ちなみに妻の人の買い物のペースは私の片付けのペースを上回っているため、家の中は常に
物品が床に散乱しているのである。

さて、そうした性格や行動様式の違いというものは、それぞれがある程度は自覚した上で、
結婚後に調整していくものであるのでどうにでもなるといえばどうにでもなるのだが、
これが本人に自覚の無い、癖のようなものになってくるとなかなか調整が利かないこともある。
その最も大きなものは、恐らく寝ている間のそれぞれの癖ではないだろうか。
具体的に書くならば、私の妻の人の場合は以前にも書いた通り寝言である。
本人が寝ている間のことなので、これを自覚しろというのも無理な話であるし、治せと言っても
なにしろ本人は寝ている間の自分をどうこうできるわけもないのでどうしようもない。
それでもまあ、寝言は別段私にとって迷惑でもなんでもないし、というかむしろ明け方近くに
毎日のように始まる寝言の数々にはいつもいつも笑いを噛み殺すのに必死だったりするから
問題はない。書き物のネタにもなるし、私としては大歓迎である。
それに比べて、私の寝ている間の癖というのは今、妻の人から非常に問題視されているのである。
それは「いびき」である。
独身時代は一人きりで寝ていたので私のいびきがどうであったのかは分からないが、実家に居た
頃にいびきを指摘されたことは無かったから、いびきは最近になって悪化したのかも知れない。
ともあれ私は結婚してから、妻の人に指摘されて初めていびきを自覚したという次第である。
そもそも私は中学生の時分からアレルギー性鼻炎で鼻水野郎であったこともあり、今でも年がら
年中鼻が詰まりっぱなしなのである。
寝ている時に口で息をする人はいびきをかきやすいということのようで、私もその例に漏れては
いなかったとかそういうことのようである。
そんな私の考察を聞いて妻の人は一言、耳鼻科に行けと言い放ったのであった。

ということで昨年末から、私は耳鼻科に週一で通うようになった。
医者からはアレルギーを抑えるための飲み薬と噴霧薬を処方され、それらを適用するよう
言い渡されている。
アレルギー性鼻炎であるから即効的な治療法は無く、長い通院になるわけであるが、それでも
夜な夜な私のいびきで寝不足であると主張する妻の人の為と思えば苦労の甲斐もあろうという
ものである。
通い始めてから既に1ヶ月以上経つが、鼻の状況は少しづつ改善されているようである。
少なくとも、調子の悪いときを除けば、私のいびきは無くなったというのが妻の証言である。
こうして、結婚生活というものは徐々に肌に馴染んで行くものなのだろう。

左の薬指の違和感はいつしか消えていた。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓