雨谷の庵

[0397] 妻の人がひよこちゃん (2003/12/11)


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朝起きたら、妻の人がひよこちゃんになっていた。

ひよこちゃんと聞いて、ぱっとすぐにイメージを想起された方が大多数を占めていることを
今はひたすら祈る他無いが、敢えてここで説明を加えるとするならば、ひよこちゃんとは
つまり、鶏の雛を模したキャラクターのことである。
鶏の雛、通称「ひよこ」なるこのイキモノは、実に可愛らしくそして可愛らしい。
体長は恐らく10cmもないであろうか、ふわふわの薄黄色の羽毛で体中を覆われ、小さく
くりくりとした黒い瞳が潤みがちに我々人類の母性愛を刺激する。
顔面の中央やや下寄りの部分に、神の御業のみによってちんまりと付与されたその愛らしい
くちばしは頻繁に開閉を繰り返し、そこから覗くさも脆弱なる存在でしかないとでも
言いたげな喉笛が「ピヨピヨ」という音声を発することで、人類に媚び続けるのである。
嗚呼、ひよこよ。汝は何ゆえにそのように人類を魅了するのか。

とまあそんな話は実のところどうでも良くて。
問題は、今私の隣に横たわっているところのひよこちゃんである。
もちろん、ひよこを模してあるとは言ってもひよこちゃんは実際のひよことは全く趣を
異にするキャラクターである。
体長は1mほどもあり、しかも実物に比べて太く丸っこく、そして有り得ない程に平べったい。
だらしなく横に伸びたくちばし状の突起物がピヨピヨを発することは無いし、間抜けな風情を
晒すその眼球に相当する部分がうるうると人類をチャーミングすることもない。
敢えて誤解を恐れることなく、そのひよこちゃんの状態を擬態語で形容するならば、
「ぽわわん」とでもすればよいのであろうか。
ひよこの持つ殺人的なまでの可愛らしさをどことなく滑稽な風味に仕立て上げた別生物、
それがひよこちゃんであると思って頂ければ当面の議論に支障は生じないだろう。
では、先に進もう。

ともあれ、私が朝の目覚めを終えて横を見ると、そこにはひよこちゃんのぬいぐるみが
存在したのである。
間抜けな面で私の視界を黄色く覆い隠していたのである。
もしも私が寝惚けていないと仮定した場合、そして昨夜の記憶が何らかの外部要因によって
別種の何物かにすり替えられていないのであれば、確かにそこにはこの黄色い滑稽な物体では
なく、私の愛すべき妻の人がぐうぐうとだらしない寝息を立てていたはずである。
嗚呼、私の愛しい妻の人は一体何処へ?
私は起き抜けの緩んだ頭脳を可能な限り振り回しながら努めて冷静を保とうと努力した。
妻の人がひよこちゃんになってしまったなどということが、現実に有り得るのであろうか。
いや、そんな馬鹿な話は小説でも今時流行りはしない。
ということは、このひよこちゃんは着ぐるみで、中に妻の人が隠されているとかそういうことか。
冷静になれよ徳田。いくら妻の人がスレンダーボディであったとしても、このひよこちゃんに
内蔵されてしまう程にちっちゃい訳はない。
いや、もちろん私の妻の人は非常にスリムアンドビューティーで、それはもう自慢しても
自慢しても自慢のネタが尽きることがなく、延々と徹夜で語ったとしても語り尽くせたりは
しない程である(と書けと常々命令されている)のであるが、流石に1mそこそこのぬいぐるみの
中に詰め込むには乳の容積から考えて無理がある(と書けと常々命令されている)ので、
その可能性はすぐさまにでも却下可能であることは自明である。
勿論、妻の人が何らかの非情なる修練を積み重ねたあげくに、プリンセステンコーかの如くの
恐るべきマジックショーに覚醒してしまったとかそういうことであれば話は別で、
このひよこちゃんのぬいぐるみの内部に驚愕の軟体秘術を駆使して隠れることはもしかすると
可能であるのかも知れないが、その可能性もとりあえず却下しておこう。
ということはアレか。妻の人は宇宙人に誘拐されてしまったのであり、このひよこちゃんは
その宇宙人からの脅迫メッセージであるとかそういう理屈なのであろうか。
いやいや、いくら宇宙人に地球人類の常識が理解できなかったとしても、脅迫メッセージとして
ひよこちゃんのようなものを残していくのはあまりに非現実的と考えざるを得ないのでは。
ならば、脅迫ではなく祝福のメッセージだろうか。
何で宇宙人が私を祝福しなければならんのだ。
それ以前に、妻の人は本当に宇宙人にさらわれてしまったのだろうか。
ていうか、そもそも宇宙人を引っ張り出す辺りですでに非論理的な思考に陥っているのか。
宇宙人で無ければなんだ。泥棒か。
しかし誘拐されたのならそれは泥棒ではなく誘拐犯だ。
いや、そういう問題ではない。
それにしても、妻の人はいったい何処へ?

ともかく、今の私にできることはまず、妻の人の所在を確認することではないだろうか。
思考迷走の果てにようやくその結論にたどり着いた私は、まずは布団から体を起こして
みることにした。
すーすーという気持ち良さげな寝息を立てて、妻の人はひよこちゃんの向こう側にいた。
つまり、ひよこちゃんは私と妻の人の間にのんべんだらりと横たわっていたのである。
私はすぐさま、毅然とした態度で妻の人を揺り起こすと、このひよこちゃんの有様について
尋問を開始することにしたのである。

 私「朝起きたら、ひよこちゃんが置いてあった。これは何なんですか」
 (貴様の悪戯だろごるぁ)

 妻「だって徳田っち、夜中に寝惚けて抱きついてくるからウザかったんだもん」
 (だから、ひよこちゃんを間に置いて安眠を確保したなり)

 私「ひよこちゃんよりは妻の人の方を抱いて寝たいのですが」
 (だから、ひよこちゃんを今すぐどけたまへ)

 妻「嫌にゅ。ひよこちゃんを抱いて寝れ」
 (びゅびゅびゅびゅびゅ)

私の寂しさの涙が、ひよこちゃんに拭い切れない染みを作る日も近い。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓