雨谷の庵

[0387] スタートダッシュが大事 (2003/11/11)
※クリスマス雑文祭2003


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10月も終わりに差し掛かったある日、何気にリビングのありさまを眺めていると、奇妙なものが
置いてあることに気がついた。
はしご?
それは高さ40cm程の、はしごというには少々小ぶり過ぎるが、しかしはしごと言う他無さそうな
形状をしているのであった。
材質は非常に安っぽいもので、興味半分に手にとってみたりもしたのだが、ちょっと力を加え
でもすれば簡単に壊れてしまいそうであった。
そして不思議なことに、そんな私の様子に気づいた妻の人は、私の手からそのはしごのような
物体を奪い取ると「もっきゃー!」とあからさまに敵対的な態度で私を威嚇し始めるのであった。
「なんなんですか、それは」という私の問いかけに答えるでもなく、妻の人はそれをもきもきと
仕舞い込むと、それっきり見せてくれようとはしないのであった。

思えば、私はその時妻の人をきつく問い詰めておくべきだったのかも知れない。
まさか、こんなことになろうとは。

確かに、それを予感させるような出来事は以前から徐々に起きていたのかも知れない。
私はそれに薄々気づいていたはずであったが、何しろ新婚生活の浮かれたありさまに没頭する
あまり、それらの現象に対して関心を払う努力を怠っていたと言うべきなのだろう。
今となってはもう全ては手遅れだろうが、その異変はかぼちゃの顔を引っさげて訪れていたのだ。
読者諸賢はハロウィンというものをご存知だろうか。
もともとはケルト人のお祭りで、日本で言えばお盆と大晦日をあわせたようなものらしい。
かぼちゃは、そのハロウィンとやらを象徴する物体として広く認識されているようなのだ。
私の家の玄関の前に、そのかぼちゃが現れたのは10月も半ばになった頃だっただろうか。
大きさは握りこぶしくらいで、表面には黒色のシールで顔のような模様が貼り付けてある。
さらに次の日には、そのかぼちゃの横に妻の人の手書きのイラストボードが「はろうぃん」と
いう文字と一緒に添えられていた。
さらにその次の日には、かぼちゃの形の装飾のついた豆電球が、それらの周りをオレンジ色の
能天気な光で照らし出し始めていた。
「ご近所には負けられないにょー」
妻の人はそれらの飾りつけをもはもはと満足げに見回すと、お隣お向かいの家々の軒先のそれと
比較しながら独り対抗心を燃やしているのであった。

いつの間にか、私のご近所はハロウィンに埋め尽くされていたのである。
気づいていないのは私だけだったのだ。
そう、この後にくる更なる恐怖にも。

読者諸賢はクリスマスというものをご存知だろうか。
もともとは古代ローマの太陽神のお祭りで、日本で言えば元旦にあたるものだったらしい。
それをキリスト教布教のためにキリストの聖誕祭(クリスマス)として定義し直したのだという。
11月に入ってすぐだっただろうか、私の家の玄関の前からハロウィンのかぼちゃが消えた翌日、
今度はクリスマスがやって来た。
「クリスマスにはちょっと早すぎませんか」と妻の人に恐る恐る問いかけてみたものの、妻の人は
「こういうのはスタートダッシュが大事なにょだ」と聞く耳を持たない。
確かにデパートなどでは年末のプレゼント商戦を睨んで11月から積極的にクリスマスであるが、
世間一般的にはまだまだ遠く彼方にて眺むるが如しではないかとも思わないではない。
実際、ハロウィンの時には先を争うようにしてかぼちゃが並んでいたご近所界隈を見渡しても、
今はまだクリスマスのクの字すら見当たりはしない。
しかし一方で私の家の玄関を振り返れば、例の小さなはしごのようなもの一杯に、きんきらと輝く
装飾が施されて立っている。
スタートダッシュと言えば戦略的な香りもする(かも知れない)が、単に先走っているという
表現方法も世の中には広く存在しているのである。
ていうか少なくとも私にはそう思われてならなかった。
嗚呼、しかし妻の人のクリスマスは疾走し続けたのだ。
きんきらのはしごが配置されたその翌日には妻の人の手書きのイラストボードが「くりすます」と
いう文字と一緒に添えられていた。
さらにその次の日には、白銀に輝く飾り紐が郵便受けの周囲を雪景色の趣へと変えつつある。
私の家の有様は、徐々にご近所の有様から微妙な浮き加減で孤立していった。

しかし私は知っている。
今月末までにはさらに恐るべきクリスマスが私の家を異空間とすべく、妻の人のクローゼットの
中で虎視眈々と出番を伺っているということを。
私がその控えのクリスマスたちを覗き見ようとすると、妻の人はやはり「もっきゃー!」と
威嚇するばかりである。
嗚呼、貴淑のその情熱はいったいどこから湧き上がっているのでしょうか。
毎日暇過ぎて他にすることが無いとかそういうことでしょうか。
もしかして、今から正月の飾りも準備しているとかそういうことでしょうか。
まさか、節分や雛祭りの準備も万端とかそういうオチではないでしょうね。

妻の暴走が、止まりません。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓