雨谷の庵

[0386] 氷の洞窟に挑む者 (2003/11/05)


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ドラゴンラジャ実録、小説風。

氷の洞窟の最深部には死を司る君主が君臨し、死の騎士を従え、暗闇を支配していた。
洞窟に施された太古の呪いは力ある者たちの侵入を阻み、ときおり無謀な若者が富と名声を求めて
彷徨い込む以外、暗闇は不気味な静けさに凍え続けているのだった。

『求む。氷の洞窟に挑む者』
バランタンの街の広場に掲げられたその立て札を目にしたのは、夜も更けた頃のことだった。
見れば出発も間近であったのか、その立て札の周りには血気盛んな若者たちが集まっていた。
数は20人ほどだっただろうか。
「おもしろそうなりよ?」
相棒が、そんな彼らを指差して俺の腕を引っ張った。
富も名声も俺には興味無かったが、噂に名高い氷の洞窟に挑むというのは悪くない思い付きだ。
深夜0時ちょうど、俺たちは街を出発した。

「僧侶は前に出過ぎないように。戦士は死を恐れずに突撃。術師はありったけをブチ込め」
一時間も掛からず、俺たちは氷の洞窟の最深部にいた。
日頃の修練に比べれば、氷の洞窟の道程はたいした苦労でも無かった。
それにこちらは20名もの大所帯だ。暗闇に潜む化け物どもを駆逐するのはお安い御用だった。
俺たちに指示を飛ばしているのはイルスの国でも知られたギルドの頭領だった。
この冒険を思いついたのも奴だという。
俺たちは奴の指示に従って隊列を組み直し、用心しながら闇の中に進んでいった。
「きたぞっ」
先頭を歩いていた戦士がそう叫んだ瞬間、俺たちの周りに真っ赤な風が舞い上がった。
燃え尽きたような蒼白の骸骨が、青白い燐光の瞳を燃やして俺たちに襲い掛かってきたのだ。
「死の騎士か!」
俺たちは一斉にそいつめがけて剣を振り下ろしたが、それは虚空を泳ぐばかりであった。
騎士の歩みは闇を自在に駆け抜け、俺たちは為すすべも無く次々と血の海に倒れ込んだ。
俺は薄れ行く意識の隅で、闇の向こうに立つ不気味な影を見たような気がした。

「お前も見たのか。そうだ、そいつが死の君主だよ」
一瞬にして敗北した俺たちは一旦その場を退き、体勢を立て直し、作戦を練ることにした。
「前に奴を倒した時は60人で1時間半かかった。別の奴は30人で3時間かかったらしい」
イルスの国で有名な戦争屋が、かつて死の君主を倒した経験を語り始めた。
「今日の人数は少々物足りないが、あいつを倒すには何度も辛抱強く突撃を繰り返すしかない」
俺たちは頷いた。
さっきは不意を突かれて混乱してしまったが、二度とそんな失敗を繰り返す気は無い。
「とにかく狙うのは君主のみだ。騎士は何度でも蘇るからな。君主さえ倒せば、騎士も消える」
俺たちは時の声を上げ、再び進軍を始めた。
再び死の騎士が俺たちに冷たい剣を突きつけたが、それをかいくぐるようにして俺たちは前進した。
「いたぞっ。君主だ!」
闇の中に広がる大広間、その真ん中で恐るべき者が死の臭いを放って俺たちを見下ろしていた。
術師たちの呪文の詠唱が闇を押し払うかのようにこだまし、戦士たちは猛然と剣を繰り出した。
暗い影に肉薄したかと思われたそのとき、俺の視界が突然真っ暗になった。
何が起こったのかを知ることもできず、俺たちは死の淵へと沈んでいった。

「なんてことだ。君主が二体もいるなんて…」
再び退いた俺たちの間に、絶望という名の病が広がり始めていた。
戦争屋の話では、君主が二体居た事など今まで一度も無いということのようだった。
騎士は君主一体につき二体。今、氷の洞窟には恐るべき魔物が六体蠢いていることになる。
「双子の君主か。倒せる気がしない」
俺たちはその後何度も突撃を繰り返したが君主には届かず、一人また一人と、諦めた者たちが
洞窟を去っていった。俺の相棒も無謀な突撃の繰り返しに疲れ果て、街に帰ってしまった。
この冒険を思いついた奴も、経験豊かな戦争屋も、いつの間にかいなくなっていた。
どんどん消沈する俺たちには、だんだん突撃の繰り返しが空しく思えてき始めていた。
そんな時、俺たちの後ろからにぎやかな話し声が響いてきた。
「おや、先客がいますよ」
それはバイサスの国の、若者たちだった。

「どうでしょう?こちらの国でも参加者を募ってみます。そちらももう一度呼びかけてみては?」
バイサスの若者は俺たちの惨状を聞き終えると、自らそう提案して街に戻っていった。
バイサスとイルスは敵対関係にこそ無いが、戦争となれば毎日のように殺しあう相手だ。
信用して良いものかどうかしばらく迷ったが、結局俺たちももう一度参加者を募ることにした。
しかし既に洞窟に来て3時間以上が経ってしまっている。
街は夜闇に包まれて静まり返り、俺たちの呼びかけは空しく響くだけのようにも思われた。
案の定、街から戻ってきた奴の報告は芳しくなく、俺たちは更に意気消沈しかけていた。
「いやいや、遅くなってすみません」
そんな俺たちの前に、バイサスからの援軍が到着したのは午前4時になろうかという頃だった。
イルスは新たな参加者も含めて15名弱、バイサスの援軍は10名弱。
合わせてもやはりささやかな陣容でしかなかったが、援軍は希望をつなぐ架け橋のように思えた。
そして、再び俺たちは無謀な突撃に身を投じるのだった。

精も根も尽きるとはこういうことを言うのだろうか。
突撃しては死に瀕し、治療をしてはまた突撃するという、ただそれだけの作業。
すでに5時間以上にも及ぶその繰り返しは、永遠に続くかとも思われ始めていた。
「だけどよぉ、だんだん、なんとかなるような気がしてこねぇか?」
確かに、君主の様子は最初のそれとは違っているように思われた。
心なしか威圧的な死臭が薄まり、恐怖を掻き立てるおぞましい重圧もその音を弱め始めている。
俺たちの突撃もだんだんと手馴れたものになっていた。
闇雲に突撃していたのでは、騎士に蹴散らされるだけで効果が薄い。
そう気づいた俺たちは戦士を波状突撃に編成し直し、術師は戦士の列とは別方向から君主を
狙うという陣容に切り替えていた。
それは確かに効果的で、突撃の手ごたえは時間とともに確信に変わりつつあった。
しかしそのことが、俺たちの心を逆に弱らせていたのかも知れない。
「俺たち良く戦ったよな」
「ああ。ここまでやれば十分だよ」
恐らく洞窟の外では明るい日差しが空を照らし始めている頃だろうか。
わずかばかりの充実感に満足を得てしまったのか、何人もの若者が疲れた体を引きずるようにして
洞窟から去って行った。
残ったのはイルスとバイサスを合わせても10人に満たない。
もはや、ここまでとも思われた。

「やぁやぁ、我こそは砂漠の戦士なり。おのおの方、我に敵対するや否や?」
洞窟の冷たい床にへたり込んでいた我々の真ん中で、見慣れぬ姿格好をした一人の戦士が
大きな声を張り上げていた。
「ジャイファンの野郎だっ!」
とっさに、バイサスの戦士たちが警戒心を剥き出しにする。
ジャイファンは南方の砂漠の民で、バイサスとは長年に渡って敵対し続けているのだ。
しかし疲れ切っているバイサスの人々の様子を不審に思ったのか、そのジャイファンの戦士は剣を
抜くこともせずにじっと俺たちの様子を伺っていた。
「もしや貴殿ら、死の君主に挑んでおられるのか?」
「ああ、そうだ。お前には関係のない話だろ」
「そのような少人数では無謀に存ずるが、いかがかな」
「そんなの見りゃ分かんだろ」
声を荒げる者を真っ直ぐ見るようにして笑うと、ジャイファンの戦士は右手を差し出した。
「助太刀致す」

戦い始めてから8時間以上、既に俺たちは気合だけで戦い続けていた。
戦いに理由など最早無く、俺たちを支配しているのは意地という名のこだわりだけだった。
しかし、勝利の足音は突然に訪れた。
「やった、やったぞ!」
術師の一人が放った氷の塊が、君主の一人の喉笛を切り裂いた。
君主は倒れ伏し、その魂は故郷の地獄へと還っていった。
俺たちは歓喜に包まれた。
自らの意地を貫けたことが嬉しかったし、今までの戦いが無駄にならなかったということが
何よりも心を奮い立たせた。
「よし。あともう一体だ」
誰もここで帰ろうなどとは言わなかった。
二体の君主を相手にし続けた俺たちにとって、今や一体のみとなった君主など最早恐るるに
足らなかった。

その更に2時間後、とうとう最後の君主の断末魔が氷の洞窟を震わせた。

「やり遂げたな」
崩れ落ちる氷の洞窟を後にして、俺たちは互いの健闘を称え合っていた。
最後まで戦い抜いた者は三国合わせてちょうど10人。
10時間に及んだ激戦は体力を消耗させ切っていたが、しかし心はうきうきと晴れ渡っていた。
「なんだか、皆さんとお別れするのが名残惜しいですね」
バイサスの僧侶がそう呟いた。
「なぁに、またいつかお会いすることもありますよ」
イルスの術師が笑いながらそう言った。
「次に出会うのは戦場であろう。無論、敵としてだが」
ジャイファンの戦士が、冗談交じりに剣を抜いてみせた。

口々に別れの挨拶を言い終えると、俺たちはそれぞれの街への途についた。

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「見ろよ、とうとうやったんだよ。俺たち、デスロードをやっつけたんだ」
「もしかして、もれっちが寝てる間中、ずっと戦ってたにょ?」
「そりゃそうだよ。デスロードだよ?しかもたった10人でだよ?10時間もかかったんだぞ」
妻の人は呆れたような表情で、ふぅと一つだけため息をついていた。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓