雨谷の庵

[0373] 支払いの際にチップを (2003/10/04)


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新婚間抜けドイツ紀行その5。

ドイツのレストランでまず行うことは店員に声を掛けることである。
このルールのことを知ったのは、後日になってからであったが、あの時あの場所で私たち二人が
ぼーっと突っ立っていた頃はまだ、そんなことには思い至ってすらいなかった。
ということで、前回の続きである。
しばらく待っていると、店の奥から我々よりも若干年下とおぼしき女性がやってきた。
どうやらこのレストランのウェイトレスの人のようである。
ドイツのレストランでは、ある客の応対をするウェイトレスは1人だけと決まっていて、それは
その客から貰うチップの権利に関係してくるからであるらしい。
一組の客に対し二人以上のウェイトレスが応対すると、誰がチップを貰うかで揉めてしまうとか
そういうことなのだろう。
要するに彼女は、私たちのお世話係に任命されたのであるらしい。

「テーブルがいいですか?それともカウンターで?」
彼女は私たちにまずそう尋ねてきた。
彼女の英語は丁寧で分かりやすく、話す速度もゆっくりと噛み砕くようだったので、どうやら
私たちがあまり英語に堪能でないことは既に伝わっているようだった。
私たちがテーブルでの食事を所望すると、彼女は店の中央近くのテーブルに案内してくれた。
ようやくこれで落ち着ける。
そう思って腰掛けると、彼女は手馴れた手つきで私たちにメニューを手渡すと、まず飲み物を
選ぶよう指示し、決まったら呼んでくれと言い残して立ち去った。
後で聞いた話だと、ドイツのレストランではまず最初に飲み物を注文し、その後に料理を
注文するというのが一般的なのだそうだ。
恐る恐るメニューを開いてみると、それはドイツ語に英語の併記されたメニューだった。
一応、読める。
「にゅーん。さっぱりわからないにょー」
英語も読めない妻の人は、テーブルの向かい側で頭を抱えていた。

とりあえず、私はワインを、妻の人は水を頼むことにした。
レストランで出される水は、石灰分を取り除くために炭酸ガスを通してあるもので、それは
日本で言うならソーダ水に近いものである。
ドイツではそういうソーダ水を一般に「水」と呼び、炭酸の入っていない水の方は、
「ガス抜きの水」と区別して呼ぶらしい。
日本でもこうしたガス入りの水は、フランス料理屋やイタリア料理屋で扱っていたりもする。
代表的なのは「ペリエ」というガス入り水だろうか。
ペリエと聞いて競馬の騎手を連想する人もいるかも知れないが、単なる商品名で本人とは
全く関係ないので注意が必要だ。
妻の人はどちらかというと炭酸が苦手な人であるので、ガスなしの水の方が欲しそうで
あったが、そこはそれ、やはり本場ヨーロッパのガス入り水を一度は試してみなければ
面白くもなんともないだろうという理由で、ウェイトレスの彼女には「with Gass」と
注文しておいた。
一方、私が「ワインをくれ」と言うと、彼女は至極真面目な顔で「どのワインですか」と
聞き返してきた。
ドイツには様々なワインがあるわけで、メニューにも色々な解説付でワインの名前が並んで
いたのであるが、私はどれが何やら分からず、適当にもう一度「ワインが欲しい」と
繰り返すしかなかったのである。
「OK. Wait」
私の毅然とした態度に感服したのか(←違うだろうけど)、彼女は何やら注文票に書き付けると
店の奥へと戻っていった。

その間に、今度は食べるものを選ばなければいけない。
そもそもドイツの料理と言われても思いつくのはソーセージくらいで、他にどんなものが
メジャーな料理なのかが全く分からない。
これは私と妻の人に共通のことだが、どうも私たちのイメージの中のドイツは皆、まくまくと
ソーセージばかりを食べているのである。寝ても覚めてもソーセージ。
実際の話、周囲の客であるドイツを見渡しても、ほとんどの食卓にはソーセージの姿がある。
そのソーセージはどれもこれも日本では見たことも無いようなばかでかいソーセージで、
それをドイツは老若男女の区別無くまくまくと食べているのである。
よくよく見れば、シチューらしきものであるとか、肉料理のようなものもあるのであるが、
果たしてそれが手元のメニューのどれに相当するのかと聞かれるとはたと困ってしまうのが
情けなくも私たち夫妻の現状とかそういうことである。
そんな感じでメニューを決めかねていると、ウェイトレスの彼女が注文の飲み物を持って
現れた。
妻の人の前には目に見えて炭酸入りと分かる透明な水が、私の前にはグラスに程よく注がれた
白ワインが置かれた。
「食事はどうされますか?」
続けて、ウェイトレスの彼女は私たちに注文を促すのであった。
嗚呼、まだ選ぶには時間が足りないのだよレディ、とか妙なことを考えながら、それでもまあ
あまり長々と悩んでいても仕方が無いので私も妻の人も、適当にメニューを指差し、
「でぃすわんぷりーず」と言う事にしたのであった。
まるで舌足らずのお子様のような発音で。

さて、こいしてようやくにして食事にありつくことが出来たわけである。
ドイツの時計は既に午後9時を大きく回ってしまっていたが、まあ、そこら辺は気にしない
方向で考えることにしよう。
私たちが適当に頼んだ食べ物は「何か得体の知れないパン状のものの入ったコンソメスープ」
「ソーセージをたまねぎと一緒に煮込んだもの」「いろんなものが一緒に入ったスクランブル
エッグ」といった感じのものであった。
味の方は、ううん、一言で言うなら「塩辛い」であろうか。
コンソメスープのようなものの方はちょうど良い塩加減だったと思うのだが、他の二つの
料理はどうも塩気が多いように感じてしまった。
まあ、日本でも内陸部では塩辛い料理が主になるというのが一般的だし、バイエルン地方と
言えば欧州では内陸部であるから、そういった傾向があっても不思議ではないのだが。
ガス入りの水は、まさにソーダ水といった感じにきつめの炭酸が入っていて、しかしそれは
砂糖か何かで味付けされているわけではないのでどうにも奇妙に思えた。
ワインは、適当に持ってきてもらった割には美味かった。
あっさりとしていて飲みやすく、香りは爽やか、飲んだ後も後味を引かないすっきりとした
切れ具合であった。いいぞドイツワイン。

ところで、食べているうちに困ったのは料理の量の多さだろうか。
最初、周囲のドイツが食している皿を見た時、あれは二人分かなにかが盛られているのだろうと
勘違いしていたのだが、どうも一人分の量が日本の倍くらいあるというのが実情のようなのだ。
とてもでは無いが呑気に食べていては終わりそうにない。その前に満腹になってしまう。
しかも、私の向かいでは妻の人が既にギブアップの顔色で私の方に皿を渡そうと待ち構えている。
ただでさえ二人分相当の料理を食べている上に、妻の人の残りも食べなければならないようだ。
仕方が無いので胃袋のリミッターを解除、独りフードファイトに突入。気分は小林か白田か。
ちなみにこの量の多さはこのレストランだけではなくどうやらドイツ全体で共通らしく、
私は毎晩のようにフードと戦う羽目になるのであるがそれはまた別の話である。
その後ドイツでは、老婆とかがその分量を平気で平らげてしまう光景を何度も目にすることになる。

たらふく食べ終わると、再び私たちを担当してくれているウェイトレスの彼女を呼ぶことになる。
ドイツのレストランでは、料金の支払いレジというものは無く、担当のウェイトレスが勘定を
行うことになっているらしいからである。
たらふく食べた御代は約20ユーロであった。
ちなみにガス入りの水は約2.5ユーロ、ワインは約3ユーロ。
他の料理はだいたいが5ユーロ前後の値段であった。
さて、ここでも私たちは微妙な問題を抱えていた。
チップである。
事前知識として私たちが仕入れていたものに「ドイツのレストランでは支払いの際にチップを
渡さなければならない。もし渡さなかったら、店の人がぶち怒り始めるから気をつけろ」と
いうものがあったのだ。
今は真面目で丁寧に応対してくれているウェイトレスの彼女も、私たちの態度次第では突然にして
怒りの鬼神と化す可能性も否定できないのである。恐ろしいことだ。
チップの量の基準は、御代の約1割くらいということは分かっていたが、そのチップを渡す
タイミングが今ひとつ分からないでいた。
仕方が無いので、ウェイトレスの彼女が私たちから代金を受け取っているその動作の一つ一つを
注意深く観察しつつ私たちはチップの貨幣を握り締め、それを差し出す機を今か今かと
伺っていたのである。
ドイツの若い女性を鋭い目つきで見つめ続けるジャパニーズ男女が二人。怪しいことこの上ない。

「おつりはこれでおしまいです。いいですか?」
腰のベルトの辺りにつけた勘定袋からおつりを取り出しながら、ウェイトレスの彼女が私たちに
確認するよう促していたとき、私にはそれがチャンスに見えた。
すかさず彼女の手のひらからおつりをもぎりとると、代わりにその上に2ユーロ硬貨を置く。
「さ、さんきゅーべりーまっち」
またもやたどたどしい英語が炸裂である。
ちなみに妻の人も私の横で例の笑顔の援護射撃である。
どうだ。これなら怒るわけにはいくまい。
しかしそんな無駄な心配をしている私たちのことを知ってか知らずか、ウェイトレスの彼女は
嬉しそうに笑うと「You're welcome〜♪」と歌うように言うのであった。

チップを渡して良かったと心の底から思える、そんな笑顔が印象的だった。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓