雨谷の庵

[0368] 流血の花嫁 (2003/09/18)


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アレが写真に残ってたりしたらヤだな。

結婚式というのはまあ通常、人生の中の各種イベントの中でも珍しい部類に入るものであると
思ったりもするが、世の中には2回3回と何度もこれを繰り返し実施してしまう人々もいたり
するのもまた事実であるので一概に「一生に一度の晴れ舞台」などと言い切ってしまうことには
語弊もあると認識すべきなのだろうが、そうはいっても今のところ私としては今後結婚式を
行う予定には無いわけで現状として一生に一度のネタという扱いでもってこれに臨んだとしても
まあそれなりに衆人の理解を得られるべき有様なのではないかと思ったり思わなかったり
する次第ではあるのである。
ただそうは言うものの、実際の結婚式のレポートとかいうものを書くに当たって、新郎という
役どころは実のところ不利なポジションにあるということもまた覚えておく必要があるだろう。
何故ならば新郎というのは式の間中常にお飾り的に振舞うことを要求されている物体であり、
式の全容をつぶさに観察し得る人物としてはあまり恵まれない状況にあるからである。
レポーターとして相応しいのはむしろ列席頂いた方々の方であるとも言え、もっと言って
しまえば、一番相応しいのは実は裏方も表舞台も行き来できる写真撮影担当者なのでは
ないかと思ったりもする次第ではある。
まあそれでも、今回はWeb関係の知り合いも幾人かご招待したこともあり、結婚式の表舞台の
方のレポートはそちらの方々にお任せするとして、というか既にDELTAっちが結構面白可笑しく
書き上げて下さっていたりもするし、私の方は式の裏側っぽいものをレポートとして記述して
いきたいと思ったりもするわけである。
水上でこそ優雅に振舞う白鳥も、水面下では必死の足掻きを欠かさないように、一見した
だけなら華麗(?)な結婚式も、その裏側は人知れぬ努力の塊であるとかそういうことを
読者諸賢にお届けできればよいのであるがなぁとか思ったりもするが、そんな格好の良い
レポートにならないことだけは確実であると今からまずはお断りしておこう。
大体そんなレポートは誰も読みたくないだろうしな。

新郎新婦というのは式の当日、他の人々よりも早々と式場入りするものである。
ただ、新婦に比べて新郎というのは身の回りの準備といってもたいしたことは無いわけで、
実際には新婦が式の4時間前の式場入りを要請されたのに対し、新郎の方はそれよりも
1時間ほど遅い3時間前に来てくれれば良いと言い渡されていたことをまず書いておこう。
ちなみに新郎新婦との写真撮影に参加する親族は式の2時間前、一般の列席者で式場内での
着替えを要する方々は1時間前、着替えを要さない方々は30分前の式場入りという
スケジュールであったようだ。
ともかく式の当日、新郎は新婦よりも1時間多く惰眠をむさぼるか、1時間の余裕をもって
式場に向かうかなどの様々な選択肢を生まれながらにして手にしていることになる。
しかし世の男性諸賢がここで一様に慮らねばならないことは、もしも新郎の式場入り時刻に
余裕があったとしても、それは断じて無視すべきであるということである。
何故ならば式当日の新婦というものは通常の場合、意識的にか無意識的にか緊張なり不安なりを
抱いているものであり、新婦を愛するべき存在として生を受けた新郎のあるべき姿というものを
つぶさに考察すれば、式場入りは新婦と同時刻に行うべきであることは明白であるからである。
上記のような賢明なる考察の末、私が新婦とほぼ同時刻に式場入りすることを選択したことは
当然の決断と言えるのではないだろうか。
そして、身支度に忙殺されている新婦の傍らで「今日は一段と綺麗だね」とか「お美しいですよ」
などと美辞麗句を並べ立て、新婦の緊張や不安を払拭するための努力を惜しまなかったことも、
実に配慮の塊としての新郎を体現していたと自負するものである。
「うざいからあっちいけ」と新婦に邪険にされたことは、この際気にしないことにしよう。

控え室を追い出されたとしても、新郎にはまだ有り余る時間が残されている。
その間にすべきことも結構多いことはご想像に難くないだろう。
例えば、送られてきた祝電の数々に目を通したり、式での挨拶の原稿をチェックしたり、
受付の様子を最終チェックしたりと結構大忙しである。
もちろん、そんなことをしつつも新婦の晴れ姿の完成図を妄想の中で組み立てたり、新婦の
晴れ姿の中身の有様を妄想の中で描き出してみたり、更に言えば式が終わればその中身と
いよいよのご対面であるからしてその後の行動予定を妄想の中で詳細に渡ってシミュレートして
みたりと、新郎の股間の紳士は上へ下へともう大変である。
と、そんな物思いに浸ってニヤニヤしている新郎の背後で控え室の扉が開き、きっちりと
メイクアップされた新婦が付き添いの人を引き連れて飛び出してきた。
「キターッ!」
何故かまだドレスを着ていない新婦はそう叫びながら、パタパタとスリッパの音を響かせて
足早にトイレの中に消えたのであった。
どうやら緊急事態のようである。

ところでここで唐突に話題を変えてしまうのだが、結婚式の日取りを決めるに当たって、
考えなければならないことが色々とあることは皆さんご存知のことであろう。
大安吉日というのは古くから重んじられているし、近年であれば土日祝日というのは職場の
人々を招待するには必須とも言える条件である。
他にも家族の都合は十分に考慮すべきだろうし、仲人を立てる場合には仲人の都合も
考えなければならないだろう。
中でも新郎側が結構忘れてしまうものに、女性に特有の月々の事情というものもある。
これには女性の個人差もあるが、中にはその期間全く身動きできなくなるという方も
おられると聞いている、というか実際私の妻の人がそうなのだが、そういう場合にはその時期を
外すということも結構重要な考慮点になってくることは覚えておいた方が良いかも知れない。
私たちも当然、当初日取りを決めた時にはこの時期を外すことを選択したのであるが、その後
妻の人の月々が少々不順だったこともあり、どうも式の日取りと微妙に重なってきそうな
気配になってきていたりもしたのである。
もちろん、その対応策としていっそのこと子作りを強行してやろうかとも考えたのだが、
「俺様液でPiiiiiiii(←妻の人の検閲により削除)してやるからケツを出せ」とおそるおそる
提案してみたところ、物凄い勢いで小一時間激怒されたので計画は頓挫してしまった次第である。

それはともかく。

「おむちゅで乗り切るから大丈夫なりよ」
トイレから出てきた妻の人は、手の平一杯の痛み止めを一気に飲み下しながらそう言った。
どうやらこの事態を予め想定して、おむつ型の用品を持参していたようである。
清らかで清楚な純白のウェディングドレス、嗚呼しかしその華麗なスカートの中にはどろどろの
鮮血にまみれたおむつがひた隠しにされているのである。
宿命的な苦痛に耐えながら、流血の花嫁はしかし貧血気味な青白い顔を引き締め、凛々しく
挙式に披露宴に臨んだのである。
挙式のゴスペル歌手のオーバーアクションに新郎が笑いをかみ殺していたり、その様を見た
列席者の一部が指差してゲラゲラ笑っていたり、新婦の実弟が何故か姉の花嫁姿に
号泣(シスコンか?)したり、新郎の部長の挨拶が長過ぎたり、新郎新婦が出てきた料理を
血眼になって食い漁ったり、「お一人様2つくらいお食べになることを想定しています」と
言われて用意したケーキバイキングをみんながみんな3、4個も食ってしまったり、
新婦のブーケをよりによってDELTAっちが引き当てたり、そんなDELTAっちに茶川さんちの
娘さんズが萌えちゃったりとまあ、色々と笑い満載の中、新婦は血みどろのおむつで平然と
笑顔を保っていたとか、そういうことだったりするのである。

嗚呼、愛しむべきかな妻の人よ。
披露宴も何もかもが終わった後の控え室で着替えながら、私はそんな想いを胸に抱いていた。
列席頂いた方々からも良い式だったとのお言葉をたくさんに頂き、私たちの数ヶ月間の努力と、
妻の人の当日の頑張りは十分に報われているように感じてもいた。
当初あれだけ式を渋っていた母も、結局は笑顔で「式をやってよかった」と満足げであった。
私もこれで一つ、肩の荷が降りたという気持ちであった。
と、そんな私が上着を脱ぎネクタイを緩めたとき、ふとあることに気がついた。

チャック全開(実話)。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓