雨谷の庵

[0362] 床置き式の簡易ソファー (2003/08/01)


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言い訳の生成過程。

はっと気がつくと、既に出勤時間を10分過ぎていた。
いつの間にか、うとうとと眠り込んでしまっていたらしい。
そんな私の状況を見定めたかのように電話の呼び鈴が鳴り響く。
彼女の人からの、出立の催促の電話である。
「遅刻する気かにゅ〜?」
いつものように柔和な語調ではあるがしかし、その声色のどこかしらには不穏な響きが
これ聞けがしに私の耳元で非難を浴びせているようにも思えてしまう。
電話による二人だけの短い協議の結果、結局、彼女の人は私を置いて先に出勤することになった。
ぷりぷりと機嫌悪そうに電車に乗り込む彼女の人の姿が、脳裏でゆらゆらと揺れていたので
それに向かって小さく何度も心の中で「ごめんなさい」を繰り返しながら、私は、自分が
どうしてこういった状況に陥ったのかを今しばらく考えてみることにした。
まずは、落ち着こう。遅刻確定なのだから、今更焦っても仕方が無い。
先ほどと同じように私はごろりと寝転がると両目を閉じ、深く心地よい瞑想世界の中での
安楽な思考に専念することにした。

寝不足だろうか?
しかし、昨夜は比較的早くに床に就いたのだ。今年の夏は今時点では比較的冷たいままで、
夜寝苦しかったということもない。
体調を崩しているのだろうか?
しかし、特に風邪をひいている気配もないし、実際今の体温はむしろ低過ぎるくらいだろう。
ここ一週間ばかり、疲れの溜まるようなことをした覚えもないし、仕事は勿論サボってばかりだ。
二日酔いか?
しかし、酒は一滴たりとも口にしていない。
そしてそもそもよくよく考えてみると、今朝の私は比較的早朝に目が覚め、しかもそれは私に
しては珍しい事に、実に爽快な気分を伴ったものだったのだ。
二度寝という言葉があるが、そんな気分を微塵も感じていなかったことを私は覚えている。
ならば、原因は目覚めのそのときから後の要因によるものであるとしか考えようがない事になる。

では今朝の私の逐一を、丁寧に一つづつ思い出してみよう。
まず、清々しい朝の光がカーテン越しに差し込んできたそれを瞼の向こうに感じて私は目を
覚ました(のだろう)。
時計を確認すると若干いつもより早い時間だったが、特に眠気も無いので起き上がることにした。
階下に降りてまず行なうはトイレを済ませておくことだろう。
そして次にテレビをつけ朝のニュースをバックミュージックに朝食の用意を始める…。
朝食の用意を始める…って、始めてないか。今日は。
おかしい。
ええと、今日は朝食の用意をする前に何か別の、いつも通りでない何らかの行動を採用したような
気がするわけである。ここら辺に、寝坊の原因がありそうだ。
何をしたのだっただろうか。
テレビをつけたところまでは覚えている。問題はその後だ。
と、ここまで考えて私はふと気がついた。
どうして私は今、ここに寝転がっているのだろうか?

そう、私は寝転がっているのだ。
私の自宅の居間には、床置き式の簡易ソファーのような物体が配備されている。
それは彼女の人の提案で導入したもので、ごろごろと一日を怠惰に過ごすにはうってつけの
インテリアとしてここ最近非常に有効活用されている代物である。
値段も安かったし、良い買い物だった。
明るい黄緑色のソファーで、表面はワッフル地の布で覆われている。
横に長い、人一人がちょうど寝転がれるくらいのソファーと、1.5人掛けの小さめのソファーの
二つを組み合わせて配置できるタイプで、私の自宅ではこれを壁際に、テレビを見るのに都合の
良い位置に据えている。
そうだ思い出した。テレビである。
テレビをつけた私がそれにちょっと見入っているうちに、どうやら無意識にソファーに寝転がって
しまったというのが真相のようだ。
ああ、恐るべきは習慣という名の惰性なのだろうか。
人は無意識世界からの抗いようの無い強制力によって突き動かされているのか。

しかし、それだけではあるまい。
寝転がっただけならば、寝過ごしてしまうことの理由の半分しか説明できはしないのだ。
もう一つの問題、それはなぜ故に私が寝入ってしまったのかという点だろう。
ただ、思い返すに私には心当たりがある。
それは、先日知人夫婦が私の自宅に遊びに来た日のことだった。
その日は天気も優れず、我々は昼下がりの気だるい蒸し暑さの中、何をするという訳でもなく
このソファーに座って高校野球の地方大会の様子をTV観戦していた。
最初は、TVを見ながら午後の出かける予定についてそれぞれ思いを巡らせていたのである。
しかしそれがどうしたことか、我々は1人また1人と、まるで午後の湿気に吸い込まれるかの
ように次々と、昼寝を始めてしまっていたのである。
私がふと気がつくと、その知人夫婦はいつの間にか寝息を立てていた。
同席していた私の彼女の人も、そして同じ日に遊びに来ていたトラキチの知人も、いつの間にか
すやすやと安らかな呼吸に身を委ねてしまっている。
1人取り残された私が、彼らを起こすのを諦めて、2度寝を始めたことは言うまでも無い。

以上の考察を以って私は一つの確信を得るに至った。
つまり、このソファーが原因なのだ。
何がどのような作用を持ってこのソファーにそのようなチカラを与えているのかは皆目見当も
付かない次第ではあるが、とにかくこのソファーに身を委ねた者は皆々、すやすやと寝入って
しまうのである。
安眠ソファーとでも名づけてしまわねばならないのであろうか。
これは仮説に過ぎないが、このソファーの表面、ワッフル地のざらざらとした肌触りが、我々
人類の睡眠中枢を刺激し、極度に安定化したアルファ波を誘引するのかもしれない。
いや、もしかすると黄緑という色波長の持つ何かしらの色覚的暗示的要素が網膜を経由して
視神経の活動を抑制し、それが外部の情報遮断を引き起こすことで脳内で処理されるべき外部
情報量の低下をもたらした結果、大脳皮質の活性化度数が心理的行動刺激の閾値を大幅に
下回ることで交感神経と副交感神経の切り替えに必要となる周辺条件を発現させ、その作用の
帰結として睡眠という身体状況が発生するのかもしれない。
いや、そもそもそうした物理的生物学的な話にこの状況を限定してしまう必要は無くて、
むしろ全宇宙的なセマンティクス状の動作原理を根本から波動として捉え直すことでいわゆる
ダーウィン進化論をコペルニクス的に修正転回させた存在次元理論に基づく超思考定数を
3.56×10^45に委ねたケースを想定してしまうことで、新たに可能性が指摘されるべき次世代
高速放射の遅延効果がここではもう少し明確にその適用範囲を境界条件として厳密化
させるべきで、そこに生じた第三次領域を埋めなければならない科学は今の時点では恐らくと
いう言葉の文脈でしか語ることは出来ないのだろうけどもあえてその愚を冒すならば、
アリエルとアリエナイの相互作用が双極子状の可能性素子としてあらゆる現象確率を定義
しかねない未知なるワールドを認めたくないとしても認めなければ駄目ということに
なるといいなぁとか、そうしたらそこに俺は好きな名前をつけてもいいんだろうし、そうしたら
ニュムンパーとかいう意味不明な言語体系で人々を混乱のドツボに突き落としてちょっとだけ
楽しんでも罪は無いような気もしないではなくて、だってそもそもアイスクリーム食いてぇ…。

ふと目を開けると、そこはすでに会社の始業時間を大幅に過ぎた、現実世界であった。
ソファーはいつの間にか、私に無断で時間を跳躍してしまったらしい。
今日は休もう。それがいい。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓