雨谷の庵

[0343] 土壇場までバタバタと (2003/04/25)


[Home]
引越しシリーズ最終話。

さて、新居を購入したからには引っ越さなければならない。
結婚はまだまだ先の話なので、彼女の人の引越しはそのうちおいおいに、ということで良いので
あるが、私の方はというと以前にも書いた通り、住んでいたアパートを早々に引き払わなければ
ならない事情があるために、急いで荷物をまとめる必要があったりする次第である。
しかし、その引越しというのが大変であった。
なにしろ私は谷川某と浜中某との三人で共同生活をしていたわけである。
彼らの引越しとの兼ね合いを調整するのに一苦労と、まあそういうことである。

まず、各自の持ち物を整理しなければならなかった。
共同生活をしていると、どうしても日用品(台所道具、文房具など)の所有権の所在が
曖昧になり易い。というか、はっきり言ってしまえば我々の場合、所有権など
あって無いような状態になってしまっていた。
もちろん、各自の部屋の中にあるモノは各自の持ち物であることが明白なのだが、
共同スペースであるダイニングなどに放置されているモノは誰のものなのか判然と
しないものが大多数だった。
更に、この引越しを機会に不要なものを減らしてしまおうという各人の思惑もあり、
三人の誰もが欲しがらないものの処分に頭を抱えることにもなった。
離婚などではよくそうした問題が起こると聞いたことはあったが、実際に私がそんな
場面に出くわすことになるとは今まであまり想像していなかっただけに、いちいちの
判断に時間が掛かってしまい、土壇場までバタバタと慌てふためくこととなった。

次に、引越しを行う日程を綿密に計画しなければならなかった。
三人が同じ日に、同じタイミングで旧居を引き払うのであれば問題にならないことなので
あるが、電気・ガス・水道・電話・ネットという生活インフラの停止の時期に頭を
悩ませることになった。
上記の支払は便宜上私の名義で行っていたので、谷川某と浜中某がまず先に引っ越した後、
私が引越すタイミングで停止するというのが最も無駄が無く、スムーズであることは
明白なのであるが、残念なことにそういうことにはならなかった。

谷川某の場合彼自身の結婚が間近であり、新居探しも精力的で見つけるのが早かった。
なので彼は引越しの話が持ち上がってから、私が新居を購入し終えるまでの間にさっさと
引っ越しを開始し、1週間ほどで新居に移り終えていた。
まあ彼の場合、婚約者の人の家具や服に対する好みが恐ろしいほどに厳しく、新居に
配置するものは全て婚約者の人の選んだものになってしまったようで、結局谷川某が
元々持っていたもののほとんどは廃棄もしくは私か浜中某に譲渡ということになったので、
引越しの荷物自体がかなりのこと少なくなってしまっていたことも要因ではあるが。
ちなみに彼の衣服は浜中某が、彼のネクタイは私が貰い受けた。パンツは捨てた。
それはともかく。
早々と引越しをしてしまった彼から、旧居の家賃の分担を求めることについては私自身、
かなりの抵抗感があったのであるが「早く引っ越したのは僕の事情なので、家賃は二人が
引っ越し終わるまで払います」との申し出があったのでお言葉に甘えることにした。
私も住宅ローンの頭金やらなにやらで、金銭的な余裕が全く無かったので、この申し出は
非常に有り難かった。

問題は浜中某である。彼の物件探しの動き出しは非常に遅かった。
以前にも書いたが彼は現在、秋葉原近辺でアルバイトをしており、そこへのアクセスさえ
良ければ後は家賃次第という条件で物件を探していたようだった。
しかし、秋葉原は首都圏の中でも十本の指に入るほどに足回りの便利な地域である。
彼の選択肢は都内各所はもちろん、埼玉や千葉といった方面にも数限りなく存在して
しまっていたようだった。
我々三人の中ではもっとも最近になって上京した浜中某は首都圏に関する土地鑑も無く、
いったいどこにすれば良いのやら決めかねてしまっていたのであるらしい。
私は私の新居のことで休日全てを費やしていたし、谷川某は谷川某でほとんどアパートには
帰ってきていなかったようだから、浜中某は相談することも出来ずにいたようだ。
結果、彼が新居を決定したのは私が引越しを行う前の週になってからだった。
そして彼の引越しは早くてその次々週。
私が引っ越した後の一週間あまりの間、彼は一人で旧居に住む必要があった。
そんな状態では旧居の生活インフラを止めるわけにもいかず、しかし私の新居の
生活インフラは私の引越しに合わせて開通させる必要があり……とまあそういう、
ちょっとばかり特殊な事情を抱えてしまうことになったわけである。

水道は、問題無かった。
もともと水道は市区町村単位に水道局が存在し、その管理は水道局ごとに行われていて
それらに横のつながりはない。
なので今回の場合、旧居の水道と新居の水道はいってみれば別会社であるわけで、
どちらかを開通させる際にどちらかを止めるなどという必要は無かった。
まあ、そのせいで手続き的には二度、別の水道局に電話しなければならないわけであり、
生活インフラの中では一番手続きに手間のかかるのが、この水道である。

電気とガスは、東京都と神奈川県で同じ会社の管理下にある。
しかし、これも結果的には問題無かった。新居と旧居への供給を、一時的ならば
重複させることが出来たからである。
もちろん、その間の支払はいずれもで使用された分の和になるわけであるが、それは
まあこの際仕方が無いことである。
生活インフラの中では電気とガスは、手続きが親切で融通が利くもののようだ。

どうにもならなかったのは電話である。
固定電話というのは旧来の所有権のようなものがある関係なのかどうかは分からないが、
旧居と新居でその使用を重複させることは出来ないようだった。
ただし、電話というのはあればあったで便利だが、無ければ無いで特に命に関わる訳でもなく
生活に支障は無いわけで、これは浜中某に諦めて貰う事にした。
あとは旧居のネット環境として使用していたADSLである。
電話の接続が止められるとどうなるのか少々興味を持っていたりもしたが、
浜中某によるとその状態でのネット接続は残念ながら試していないとのことであった。
まあ、いずれにせよ新居にはそのADSL契約を引き継げなかったので、浜中某が旧居を
引き払った時点で解約することになったのではあるが。
誤算だったのは私が旧居を引き払った後、電話を止めてしまったことで浜中某と全く
連絡が取れなくなったことだろうか。
彼はなんと携帯電話すら所有しておらず、電話とネットがストップするとまさに音信不通と
なってしまうのであった。
結果、私が新居に引っ越してすぐの一週間は、彼の引越しの進み具合が順調であることを
祈りながら過ごすことになった。

次週の週末、私は引渡しの為に、大家さんとともに旧居へ足を運んだ。
一週間ぶりに見る旧居は、がらんとしていた。
私の祈りが通じたのか、浜中某の引越しは見事に終わっていた。
彼の部屋を埋め尽くしていた数々のロ(略)グッズは、跡形も無く消え失せていたのである。
三人で住んでいた時にはごちゃごちゃと物が散乱した、狭苦しいアパートのようにも
思えていたが、こうして何も無い様子を見ると、やはりかなり広く余裕のある間取りで
あったのだなぁと再認識させられた。
約2年弱という短い間ではあったが、この旧居には色々な思い出が詰まっている。
「綺麗に使って頂いて、有り難いです」
それぞれの部屋を順に回りながら、大家さんは目を細め、満足げに頷いていた。
これならリフォームも最小限で済むし、早く入居者を募集できると、そういう事のようである。
時期も時期であるし、ここの条件の良さならばすぐに次の入居は決まるだろう。
私は大家さんにお世話になった礼を言うとともに、心の中でこの旧居に頭を下げた。

ということで、これで私の引越し顛末記は終了である。
このサイトを始めてから、実に3度目の引越しだった訳であるが、今回の引越しが一番
疲れたようにも思わないでは無い。
今後は新居での新しい生活が始まるわけであるが、それはそれで徐々にネタ出しして
行きたいと思っていたりもする次第である。
まあ、要するに今後とも宜しくということで一つ。

雨谷の庵は今日も雨。
< Back |List| Next >
管理者:徳田雨窓