雨谷の庵

[0331] 駆け引きが複雑に絡み合う (2003/02/21)
※ひめごと雑文祭


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今日すでに3人目となるだろう敵を切った。彼は「うげぇ…」という悲鳴を上げて倒れた。
ヘルブレスというネットゲームをはじめてから既に半年以上が過ぎているが、この瞬間にだけ
妙に湧きあがる、背筋を震わせるような高揚感だけはいつも変わらぬ快感だ。
私の操るキャラクターの名前はamady。
丈の短いクリーム色のワンピースに青い袖なしの上着を羽織り、足元のブーツは上着とお揃い。
健康的な生足を惜しげもなく寒風にさらし、後頭で三つ編みにしたお下げロングをなびかせ
ながら、彼女は獲物を求めて草原を疾駆する。
獲物、それは男達だ。

ネットゲームで、男達を弄ぶことは簡単だ。
例えば、一度でも会話を交わした相手の名前は全て把握しておくといい。
そしてもし、次に彼を見かけたならばこちらから先に声を掛けるのだ。
「hi, nice guy. u r cool today, too.」(こんにちは素敵な貴方。今日もカッコイイですね)
これで彼は既に手中にしたも同然だ。
何しろ男というものは、常に女性から声を掛けられることを待っているイキモノだからだ。
特にネットゲームなどという実に陰気なものに楽しみを見出すようなオタクにとって、
女性からにこやかに話掛けられるなどという経験はほぼ皆無と言って良いだろう。
更に「カッコイイ」などという台詞は、彼の人生の今後将来に渡って決して有り得ない出来事に
他ならない。彼の心を鷲掴みにすることなど、造作も無いことだ。
次の日から、彼は私に様々な金品を自ら嬉々として貢ぎにくることだろう。

かりそめに過ぎない快楽を、まるで現実世界のそれででもあるかのように錯覚している彼等は、
私の操るか弱げな少女の一挙一動を見ては一喜一憂する。
少女の口から発せられる一言一言は、私の不勉強を如実に反映してそれはもう悲しいくらいに
たどたどしい英語なのだが、そんなたどたどしさというか舌足らずさというか、それもまた
彼等オタクにとっては堪らない魅力となって響いているようなのだ。
何しろ男というものは、常に他者よりも優れた人格者でありたいと願うイキモノだからだ。
特にネットゲームなどという実に希薄な人間関係の中でしか自身を表現できないような
オタクにとって、自身が他人よりも優れているという証拠を得る機会というものはひどく
貴重なものだと言い切ってしまっても良いだろう。
彼の心を妙な自尊心で高揚させることなど、朝飯前の作業に過ぎない。

このネットゲームには世界各国のオタク連中が始終ひしめき、互いにいがみ合っている。
そんな彼等にとって「日本人のお嬢様」というものは非常に魅力的なステータスとして
認識されているようだ。
日本は金持ちだ。そして女の子は皆、大和撫子だ。
このゲームで見かけるオタクどもの国籍は東南アジアや欧州、北米南米などなど多種多様だが、
彼等の誰もが口をそろえて日本のことを、日本の女性のことをそういうものとして語る。
実に単純なステレオタイプの思い込みだとは思うが、私達もまた「インドといえばカレー」
「南米といえばカーニバル」「アメリカといえばカーボーイ」などという自分勝手なイメージを
何の疑問も無く心に抱いているのだから、お互い様だろう。
なら、そんなイメージを利用しない手は無い。
たどたどしい英語で私が日本人だということを教えると、彼等は大抵、狂喜する。
「大和撫子だ!」「一緒に狩りにいかないかい」「お金をあげるよ」「結婚してくれ」
彼等にとっての思いつく限りの厚意が、一斉に私に向けられるのだ。
そして彼等は、その瞬間から私の手足のような存在になる。
何しろ男というものは単純なイキモノなのだ。
女に使われて始めて、彼等はニンゲンらしく生きる事が出来る。

しかし、彼はそうではなかった。

その日、私に声を掛けて来たのは燃えるような赤髪の男だった。
草原を歩く私の後ろから走って来たかと思うと、彼はお辞儀をしながらこう言った。
「wait. what do u want to do, here?」(待ちなさい。こんなところで何をしているんだい?)
私は警戒しながらも、短く「散歩をしているところだ」と返した。
彼は驚いていた。
「ここは危険地域だからもっと安全なところで遊べ」だとか「君のような少女は狙われ易い」
だとか「俺は強いから君を安全地帯まで護衛しても良い」だとか、そういうことを
盛んにまくし立て始める。
見れば確かに、彼は金色に輝く立派な鎧に身を包み、身の丈ほども有りそうなくらいに
大きな長剣を肩に担いでいる。
隆々とした二の腕の盛り上がりや頑強な重量感を漂わせた足腰は、その見てくれが見せかけ
だけのものでは無さそうだということを語りかけてくる。
だからだろうか、私にはこの男が一筋縄ではいかない人物のように思えたのかも知れない。

「私は貴方のような強い男を捜していた」
思わず、私のキーボードは彼に向かってそんな言葉を紡ぎ上げた。
「決闘しよう。貴方が勝てば、私を好きにして良い」
「な、なんだって!?」
私の唐突な申し出に、彼は更に驚いたようだった。
しばらくなにやら迷っているようだったが、結局彼は剣を手にすることにしたようだった。
「わかった。いいだろう。だが、ハンデを付けよう」
ガチャガチャという音を立てて、彼は自分の鎧を脱ぎ捨てた。
その褐色の肌地は陽の光に照らされて、その体温と共に私の頬を鈍く温めた。
下着の濃い緑色は、私の体の芯を無意識の中で刺激しているかのようにも思われた。
「いや、ハンデはいらない」
じわりじわりと自身の肌が上気していくのを感じながら、私は彼と同じように鎧を脱ぎ捨てた。
左胸の奥の方で、自分でも説明のつかない動悸が高まっていくのが分かった。
戦いの予感に武者震いが走っているのだろうか。
外気は肌寒いはずだったが、何故か私と彼の間には熱気に似た何かが陽炎のように揺れて見えた。
「準備はいいか?」
「ええ。もちろん」
そして二人の間で、揉み合うような火花が散った。

荒々しい息遣いが、草原に響き渡る。
二人の流す汗はお互いの熱い吐息に交じり合い、甘酸っぱいようなそれでいてむせ返るような
後味を舌先に残しながら、青々とした若草の切っ先をぬめり湿らせる。
大の字に寝転がって空を見上げている彼の胸板に、先ほどまでの激しい組み打ちの爪痕が
幾重もの糸筋のように浮かび上がっている。
「引き分け、だな」
息を切らせながらそう呟いた彼の言葉に、私はただ無言でうなずいた。
事を終えた後の何とも言えないもやもやとした恍惚感が私の脳髄に染み渡り、言葉を
組み上げるそのわずかな労力でさえ気だるかったのだ。
彼は、強く激しかった。
しかし、優しかった。
互いの駆け引きが複雑に絡み合う端々に、彼の優しさが滲んでいることを私は気付いていた。
私のことを気遣っていたわけでは無いのだろうが、結果的にはそうだった。
私は無我夢中で意識の全てを彼に集中させ、彼の躍動する全てにのめり込んでいたが、
彼はどことなく冷静に私の動きを観察し、そして的確に私の急所を探り当てていた。
リズミカルに、そしてソフトに。
彼は私に覚えこませるかのようにそこを何度も攻めあげた。
その度に私の四肢は脱力し、草原に崩れ落ちそうになる。
意識の奥底で白熱したような何かが弾け続け、それが限界に達しそうになったそのぎりぎりで、
そんな私を見極めたかのように彼は自ら攻め手を引いたのだった。
「君にはまだ、身のこなしを学ぶ余地があると思う」
戦いの余韻に浸る私の耳元で、彼の言葉が余熱を帯びたまま囁きかけた。
「有難う。楽しい一時だった。君は素敵な女性だ」
彼は爽やかな笑顔だけを残して、草原の向こうに立ち去った。

私の操るキャラクターの名前はamady。
丈の短いクリーム色のワンピースに青い袖なしの上着を羽織り、足元のブーツは上着とお揃い。
健康的な生足を惜しげもなく寒風にさらし、後頭で三つ編みにしたお下げロングをなびかせ
ながら、彼女は獲物を求めて草原を疾駆する。

そして現実世界の私は、そんな少女とは似ても似つかないデブオタク。
まあ、要するに、その、ええと、いわゆる……ネカマだ。
ははは。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓