雨谷の庵

[0324] 二人で過ごすクリスマス (2002/12/25)


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もちろんフィクションですよ?

クリスマス万歳とここで高らかに歓喜の言葉を上げてみたくなる程に私が浮かれているのでは
ないかと、ここを日頃から愛読しておられる読者諸賢の皆々様は思っておられることだろうなぁと
思わずにはいられない今日この頃だったりする訳ですが、皆様如何お過ごしでしょうか。
私は浮かれています。
ええ、何しろクリスマスですよクリスマス。イエスキリスト万歳とかそういう事です。
これまで30年間ほどの間、私は毎年毎年のようにこのクリスマスというものに対して
怨念というかひがみ根性というか妬みというか嫉みというか、とにもかくにもそういった
諸々の後ろ暗い感情を抱きつつ、部屋の中でお膝を抱えて自らが今まさに仏教の化身ででも
あるかのように念仏のような独り言を延々と一晩中呟き続けまくっていたりもした訳ですが、
恐らく皆さんは今年もそうなんじゃあないかと思ったり思わなかったりとそんな気もしないでは
ないとまあ、そういうことなのであったりする訳です。

ていうかそんなことはどうでも良いのです。
問題はこのクリスマスというものを今年はいかようにして過ごすかという点なのであります。
今まで私は独りきりでありました。
全ては暗く鬱屈とした雰囲気の中に自らを位置付けて寂しくパソコン画面やゲーム画面に
向かって念仏していたわけですが、何しろ今年は違います。
街のきらめくイルミネーションはまるで二人の明るい未来を予見してでもいるかのようです。
寒空を吹き抜けていく北風さえも、我々のらぶらぶっぷりに惜しみない歓声をもって
祝福してくれているかのようです。
クリスマスは恋人の季節、愛し合う者達への賛歌を寄せ合うイベントではありませんか。
そうでありますともそうでありますとも。
今年は私は彼女の人とともに、ぬくぬくとした幸せ一杯のクリスマスを過ごしてやろうと、
胸の内をワクワクと膨らませながら意気込んでいるわけであります。
昨年までの人生は既に過去の幻影で、今年からの自分こそが神に与えられた真の人生であり、
全ての物語の伏線はいまこの時の為に紡がれ続けて来たと錯覚してしまいそうなくらいです。
いっそのこと、キリスト教徒にでもなってしまいそうな勢いでありますが、取りあえず今日の
ところは神への感謝の気持ちを言葉に置き換えるだけに留めましょう。神様サンキュー。

二人で過ごすクリスマスのための準備は万端です。
仕事で帰りが遅くなったりしないよう、1ヶ月前からスケジューリングを切り詰めました。
ケンタッキーのフライドチキンのクリスマス予約も済ませてあります。
もちろんクリスマスといえばプレゼント。
彼女の人の好みである「プレゼントは役に立ちそうで、でも実は全く役に立たない、
それでいてくだらなさ満載の気の効いた脱力グッズ」という要素をバッチリと盛り込みつつ、
3つのものを既に揃えてあったりします。
最初にクダラナイ小物を渡して脱力を誘い、次にちょっと役に立ちそうな生活用品で不満を煽り、
最後に彼女の人が前々から欲しがっていたものを渡して感動を演出するという、実に緻密な
シナリオも立案済みだったりします。
ああ、彼女の人がもきゅもきゅと喜ぶ姿が先程からまぶたの裏に浮かんできて仕方ありません。

あとは今私が並んでいる、この駅前のケーキ屋さんで二人のためだけのケーキを購入し、彼女の
人と合流して自宅に向かうだけなのです。
目の前のショーウィンドウには色とりどりのケーキ達が、私達の為に並んでいるような気が
するではありませんか。どれを選んだものでしょう。
彼女の人は生クリームがちょっと苦手だし、果物もあまり好みではないのです。
それでも甘いものは大好きで、どちらかというと和菓子のようなものを好んでむいむいと
食べたりするのですが、今日は何しろクリスマスですから、和菓子というのはどうかとも
思わないではありません。
並んでいるケーキの群れに、目移りがして仕方ないのですが、ここは多種多様な小さなケーキを
12個詰め合わせたものを買って行くのが無難かも知れません。
小さなケーキであれば一口で食べられますし色々な味を比べてみるというのも悪くないでしょう。
「ねぇねぇ、こっち食べてみりゅ?」
「ういうい。それも美味しそうだねぇ」
「はい、あーん」
などといった非常にらぶらぶな展開も我々にとっては「有り」に違いないのです。

プルルル…プルルル…
私がそんなことを考えながら、ミニケーキの詰め合わせを購入し終わった頃だったでしょうか。
私の所有する彼女の人との専用回線である愛のホットラインが鳴りました。
「めりぃ〜くりすまぁ〜っしゅ!」
いつもの明るい彼女の人の、いつもよりも更に可愛い声が聞こえてきます。
「はいはい。メリークリスマス」
「徳田さんは知ってりゅ?今日はクリスマスなのですにょ?」
「ええ、もちろん」
「クリスマスというとアレなのです」
「ええ、アレですな」
「家族揃ってケぇーキっ!」
「へ?」
「今、これからお家でパパンとママンとまいしすたぁと4人でケーキなのれす」
「はぁ…」
「そしてその後は!」
「あ、あの?」
「禿げしくヘルブレりゅのですっ!」
「もしもし?」
「何しろクリスマスでヘルブレはレアアイテム出現率うpなのれす」
「いや、そうなんだけど…」
「徳田さんも禿げしくヘルブレしるっ!じゃねっ!」
ガチャ…ツー…ツー…ツー…

……ええと。
そもそもアレである。日本人といえばやはり仏教であろう。
クリスマスだかクリスマスだかクリスマスだか知らないが、けっ、そんな単語はこの世に存在しは
しないというのが本来在るべき姿なのではないであろうか。
イエスだかキリストだか知らないのであるが、たかがどっかの知らないおっさんの誕生日如きで
ワクワクしたり、けっ、うきうきしたり、けっ、というのは人として脳味噌に蛆でも湧きやがって
いるんじゃねぇかとべらぼうめ思わないではないのである。
ああ、そこの公園でいちゃついてる、けっ、かっぷりゃ〜どもに北朝鮮がテポドン食らわせて
くれないかと切に思ったり、そこの道端でちゅ〜などという、けっ、ふしだらな行為に及んでいる
かっぷりゃ〜どもに悪魔の呪いがふりかかってしまわないかと切に思ったり、家々でケバケバしく
ちゃかちゃかと点滅しているクリスマスツリーとかいう、けっ、胡散臭い物体が人体発火で
爆発したりしないかと切に思ったり、とにもかくにも僕チンは別に独りきりでも寂しく無いもんねと
己の心の芯の強さに改めて自画自賛の雨あられが降り注ぎまくって世界中の人間全てが本来的に
不幸というもので溢れかえれば少しは僕チンの心もますます暗い情念に沈んだり沈まなかったり、
ていうかケーキ12個って、いくらミニでも一人分には多すぎて涙で前も見えずにヘルブレスは
今日も平和で殺伐として素敵だなぁうけけけけけ。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓