雨谷の庵

[0317] 文子超振動粒場有限要素理論 (2002/11/29)
※勝手に一人雑文祭


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彼らは何も分かっていない。
人工知能の何たるかを理解するに乏し過ぎる知識と貧し過ぎる発想と、そして何にも増して
苛立たしいことに私に対する敬意というものが確実に圧倒的に悲劇的に不足し過ぎている。
何がデカミレニアム・プロブレムだ。全く知能に不足があるとしか思えない。
何がRFC2550だ。あんなプリミティブなジョークを人類全体で真に受けるなど狂気の沙汰だ。
そもそも人工知能を単なる計算機械の類と同列に見なす姿勢に問題があるのであり、いわゆる
オートメーション・ポリシーにこだわるからそういった無配慮極まりない烏合の素人意見に
迎合を余儀なくされてしまうのだ。
世に蔓延るテクニカル・コンサルタントの世迷言に耳を貸すのは馬鹿で無知で幼児的な
2流の経営者に任せておけば良いのだ。
社会的に知識の前進に対して責任を負うべき科学者が、あれらの阿呆面した若造どもの
夢見寝絵空事を、まっとうな意見として採用するなどもっての外だ。
かつて超古代のギリシアでプラトンが唱えた哲人王思想の如く、我々はもっと社会に対して
高邁なる知識集団として高潔にして決然と臨むべきなのだ。
科学者たるもの、決して自らを卑下してはならない。
私がこの講演で述べたいのはその一点のみだ。君らは肝に命じたまえ。

すべからく人工知能というものは、人間と同等の思考機能を人間自らの手によって
創造しようという試みに他ならない。
それを実現する為の手法については超古代から数々のものものが考案され続けてきた。
キメラ、ホムンクルス、ロボット、アンドロイド、これらの古代概念は全て、人工知能に
ついての正しい認識を形成する過程で産まれ出でた空想の産物であると言えよう。
そして古代に入り、ようやく我々人類は人工知能を産み出すに十分な技術を形成するに至った。
超高密度集積計算機の登場、量子力学的コンピュータの開発、不確定性離散トランジスタの
発明、高分子有機結晶による光学チップの量産化の成功、多次元並列シンメトリック縮退法に
よる電子流体時系列の理論的予測性能の向上、そして何よりも言語空間文子構造体研究に
おける文脈動力学と多言語次元数理論との大統一によって初めて成し遂げられた、
文子超振動粒場での有限要素理論の構築は、人工知能の実現に対して新たなステージを
切り開いたと断言しても良い。
我々は偉大なる先人達の足跡を元に前に進んでいるのであり、それらは決して何十世紀も前の
古代人達が暇つぶしに考えたようなくだらないジョークによって左右されるような
ものではそもそも有り得ないのだ。

具体的な例として、あの忌々しいデカミレニアムをとりあげようではないか。
そもそもデカミレニアム・プロブレムとは、計算機のシステムとして日付データを取り扱う際に、
年の桁数を4桁固定にしておいたために発生した問題だ。
計算機のシステムが発達したのは諸君も知っているように古代、西暦で言えば2000年近辺の
出来事であり、当時産み出された数々の基本概念はそのまま、古典として現在の計算機の基礎を
為していると言っても過言ではない。
つまり聡明な君らにはすぐに思いつくことだろうが、あろうことか古代人達はそうした基礎理論を
構築する際に、年の桁数を4桁に固定してしまったのだ。
もちろん、古代人達がそのときに何を考えていたかはご想像の通りだ。彼らは阿呆だったのだ。
従って、現存する計算機のほぼ100%は来るべきデカミレニアムにおいて、日付のデータを
誤読するのだ。そうすれば、人類社会の機能の99.98%は全て停止すると予測されている。
これがデカミレニアム・プロブレムだ。

この問題に対し、我々人工知能の研究者はどう対処すべきだろうか。
これを論じる際、私が計算機と人工知能とを同列に扱っていないことに、君らはもっと注意を
払わなければならない。
現時点で我々人類は、人工知能を実現するために計算機に頼っているのが現状だ。
しかしながら、本来計算機と人工知能は別物なのだ。
単なる0と1の組み合わせからなる情報蓄積及び計算機能を司る計算機と、人類の思考機能を
実現すべき高邁なる存在であるべき人工知能が、そもそも同じであろうはずがない。
実際の話、現時点で人工知能研究の基礎となっている文子超振動粒場有限要素理論にとって、
計算機は必ずしも必須の要素ではない。
もしも膨大な時間と、広大な無人空間、そして莫大な数のポルケットが約束され得るならば、
我々は理論に基づいて地面にポルケットを立て並べるだけで人工知能の研究を続けることが
可能だからだ。
もちろん、操作しなければならないポルケットの数は天文学的なものとなるし、それにかかる
労力は現人類が為し得る限界を遥かに超えるが、原理的には可能なのだ。
計算機を利用することで、我々は単に時間と手間暇を4.567E100だけ省略しているに過ぎない。

これらからの当然の帰結として、計算機のデカミレニアム・プロブレムは本質的に人工知能の
基礎理論に影響を与えない。
むしろ、過去の偉人達の偉大な研究成果が、たかが実現手段の一つに過ぎない計算機の、その
データ形式などに影響を受けると考えることの方がおかしいのだ。笑い話にもならない。
そもそも文子としての言語断片の組成にとってみれば日付というものはある振動場に対して
複数の次元粒をもって離散状態を保持する存在に過ぎず、それらは文子間力をν、振動場係数を
βとするならば、その次元数関数fはν=βf(αν)dtで形容される程度の有意存在を
継承しているだけの単純な構造しか持ち得ないことは明白だ。
ここでβの値をミューデの多言語次元数理論に基づいて推測しなければならないが、その際には
アラビア数字、漢数字、ローマ数字などの諸言語表記の言語空間構造の影響を考慮する必要が
あるし、グレゴリア暦、太陰暦といった暦や、西暦、皇紀などの区分からもたらされる文脈動
摩擦の補正を有意義な範囲で適用することも想定すべきだが、それでも有限要素理論の1次近似と
して最も相互間作用の大きないわゆるユクリネーデのデルタ領域に話を限定してその動作を
検証すれば、次元数関数fから得られる文子超振動のシミュレーション結果にほとんど何ら
影響を与えないことが分かるだろう。
これは日付のデータ形式の差異から来る離散状態の文子位置エネルギーの変動よりも、それらの
変動を基点にしたネガティブなフィードバックとして周囲からかかる文子間力の方が、文脈動
力学の反発係数の取り方次第では大きなものになるからであり、そして通常この反発係数の
取り得る範囲ではそのような結果しか出ない。
反発係数の特異点として、非日常的な状況、例えばその言語空間を構成する文子の次元数が
振動するには十分でない1次元以下である場合などを考えることは出来るが、それを論じることは
一般的な我々の住む世界全体の問題であるべきデカミレニアム・プロブレムを扱うものとしては
あまりに非常識と言わざるを得ないと私は……なんだね。質問か?

生徒「はい、博士。僕には博士が何を言っているのかさっぱり分からないんですが…」
博士「私の言っていることが分からないか。ふむ」
生徒「ええ。僕は一体どうしたら良いんでしょう?」

すると博士は目に涙を浮かべ、天井を仰ぎ見ながら呟いた。

博士「この理論は、完璧だ」

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓