雨谷の庵

[0296] 第9番の呪いの根拠 (2002/09/09)


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略すと「マラ9」。

大学の3回生の頃のことだったと思うが、当時私の所属していた大学の、交響楽団部の冬の
演奏会で演奏された曲は、マーラーの交響曲第9番だったと記憶している。
これは知人の大友某の話の受け売りなのだが、このマーラーの交響曲第9番は、9番と名づけ
られてはいるものの、実はマーラーの作曲した交響曲の中の9番目のものではないという。
これはクラシックファンにとっては有名なエピソードらしいのだが、マーラーという作曲家は
非常に迷信深い人物だったというのがその理由なのだそうだ。
ご存知の方もおられることとは思うが、ベートーベンの交響曲は第9番「合唱付き」(いわゆる
第九)までであり、ドヴォルザークも「新世界」が第9番で最後である。
更に言えば、マーラーの師匠にあたるブルックナーは交響曲第9番を第3楽章まで書いたところで
死んでいる。
ただしブルックナーについては第0番という妙な番号のついた交響曲や、番号無で単に
交響曲ヘ短調と呼ばれている曲もあるので話はややこしくなるのだがそういった細かいことは
今のところは無視しておこう。
これら以外の作曲家では、ブラームスとシューマンが4番まで、チャイコフスキーが
第6番「悲愴」まで、シューベルトが第8番までとなっており、第9番よりも多くの交響曲を
残した作曲家は存在しない。
ちなみにシューベルトの交響曲の7番目は第2楽章までしか書かれておらず、これが例の
「未完成」と呼ばれる交響曲であるのはご承知の方も多いだろう。
こうした過去の例から、件のマーラーなる人物は一つの想いに囚われたのだと言う。
「第9番を書いたら漏れは氏ぬ」

そんな珍妙な妄想に囚われたマーラーは8番目の交響曲「千人の交響曲」を書いた後、
第9番の作曲に取りかかるかどうかについて、かなり迷ったらしい。
しかし結局は9番目の交響曲を書いてしまうのであるが、彼は第9番の呪いを恐れるあまり、
その交響曲には番号を振らず、ただ「大地の歌」として世に発表したというのだ。
第6番「悲劇的」が1904年、第7番「夜の歌」が1905年、第8番「千人の交響曲」が1906年と、
3年続けて長大な曲を作曲してきていた彼だが、この大地の歌の作曲は1908年。
ほんの少しだけ作曲までの間が開いているのが彼の苦悩の様子を表しているようで少し可笑しい。
で。
件の交響曲第9番は、そんな彼が大地の歌の作曲後すぐさまに取りかかった大曲である。

クラシック音楽というものに馴染みのある方には常識の範疇であろうかとも思うのであるが、
交響曲と言うのは4つの楽章から構成されているものである。
4つの楽章と言えば見た目なにやら高尚な雰囲気を醸し出しそうであるが、要するに
ぶっちゃけた話、4曲がお徳用詰め合わせになっているというだけのことである。
もちろん、それぞれの楽章を貫く一つの大いなるテーマがあったりもするわけであるが、
ことクラシックに関してミーハーな素人でしか無い私などにとって見ればそんなことは
さっぱり分からないわけで、単に4つの曲を延々と順番に聞かされるだけというのと
あまり変わりは無い。
ちなみに、一応楽章ごとに役割分担というものもあるらしく、第1楽章は主題曲、第2楽章は
叙情な曲、第3楽章は技巧的な曲、第4楽章はお祭り的な曲という感じの交響曲が多いようだ。
もちろん、第4楽章がお先真っ暗な雰囲気のチャイコフスキー第6番「悲愴」や、そもそも
3楽章までしか無いブルックナーの第9番や第2楽章までしか無いシューベルトの
第7番「未完成」といった例外もあるが、まあ、大まかにそんな構成になっていると思えば
それほど見当違いという訳でも無い。
私などがこうした曲を聞きに行った場合、2楽章あたりで眠くなり、3楽章で熟睡、4楽章に
入ったところで大音響に叩き起こされるということが多いのだが、それはやはりこの各楽章の
役割を見れば妥当と言う他無い。
作曲家の方もそれは百も承知なのだろうか、あらかたの客が熟睡中の第3楽章には、作曲家が
好き勝手に書いているような珍妙な曲が多いような気もしないでは無い。
まるで長々と書き連ねられている駄文の中にこっそりとカレーの作り方を忍ばせておくような
手法であるが、もしかするとそういうことなのかも知れないと素人考えに思っていたりもする。

それはともかく、マーラーの第9番の話である。
この曲の特徴といえばその狂ったような節回しだろうか。
実際に聞いたことのある方なら、その奇妙な展開や歪な構成に耳を疑うのでは無いかとも思う。
全体的に見ても、なんだか頭のおかしな老人がぶつぶつと独り言を言っていたかと思うと、
突如叫び狂って喚き散らすといった感じの曲で、ある意味難解、ある意味滑稽な風合いの
ように私には思えたりする。
実際の話、大友某が持っていた楽譜を見せて貰った事もあるのだが、一応楽譜の読める私に
とっても何とも謎の記号の羅列でしかなく、ここからどうやってあの合奏を紡ぎ出して
いるのかと首を傾げずにはいられないような代物であった。
中でも印象的なのは第4楽章の後半のクライマックスだろうか。
マーラーの第9番の第4楽章というのはのっけから重苦しい、何やら死に瀕したガチョウの
金切り声のような旋律で始まるなんとも暗い曲なのであるが、そのクライマックスもこの曲に
非常に相応しい弾けっぷりを披露している次第である。
バイオリン全員(1st、2ndのユニゾン)による、高音域のC(「ド」の音)の弾きっぱなし。
それまで猛り狂っていた管楽器群がシンバルの一喝で一斉に矛を収めたかと思うと、
この何小節にもまたがる単なるCの音が異様な緊張感でもって響き渡るのである。
死に逝く者の最後の絶叫なのだろうか。
その嘆きの断末魔はやがて1度づつ音程を下げ、緊迫した面持ちのまま次の旋律に雪崩れ
込み、最後は静かな眠りに就くかのごとくに幕を降ろす。

私がこの曲を聞いたのは件の大友某の部活の演奏会でのただ1回だけだが、その演奏については
自費出版でのCDになっているので今でも手元にあったりする。
大友某に言わせるとその演奏自体は技術的にはお粗末なものであったらしいが、前述した
第4楽章のクライマックスにはやはり色々と思い入れがあるという。
この時の指揮を振っていた先生が、いつまで経ってもCの弾きっぱなしを要求して次の小節に
進もうとしなかったため、演奏者みんながビビリながら弾いていたのだそうである。
実際、CDを良く良く聞くとCの音の中に次の音(H、「シ」の音)が混じっており、
タイミングを見失った演奏者のうちの数人が、時々間違えてつんのめってしまっていたのだなぁと
いうことを聞いて取ることが出来たりもする。
他の演奏と比べて聞いてみたことは無いが、多分あの演奏でのCの弾きっぱなしは、世界でも
屈指の長さを誇っているのでは無いかと思わないでもない。
演出過剰ではないかと思ったりもするが、それは大友某には内緒である。

ところでこのマーラー、第9番を完成させると更にすぐさま次の第10番の作曲に取りかかった。
次の交響曲を作曲することで、一刻も早く第9番の呪いから解放されたかったのかも知れない。
実際のところ、第9番の呪いというのは彼の妄想に過ぎないわけで、例えばハイドンは106曲もの
交響曲を残しているし、モーツァルトも交響曲は41曲書いている訳で、第9番を書いたからと
いって、それがすぐさま死につながる訳ではもちろん無い。
もちろんこれらの作曲家はいわゆる古典派に分類されるので交響曲といっても短いものが多く、
ベートーベン以降のロマン派と呼ばれる人々とは比べられないかも知れないが、それでも
「最後の交響曲作曲家」と呼ばれるショスタコーヴィッチ(1975年没)は第15番まで
書いているわけで、マーラーの信じ込んだ第9番の呪いの根拠は薄いと言えるだろう。
それを思うと、彼の第9番の呪いに対する恐れっぷりというのは少々常軌を逸していると
言わざるを得ないだろう。

しかし結局のところ、第9番の呪いを避けようとする彼の努力は、無駄に終わる。
1911年の5月18日、彼は第10番を完成させること無くその人生の幕を降ろしている。
第9番の呪い、それはマーラー自身が呼び寄せたものだったのかも知れない。
そして彼の交響曲第9番は、呪いの記憶を引きずりながら、今日も絶叫しているのである。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓