雨谷の庵

[0295] 火星人の入り込む隙間 (2002/09/02)


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今はもう切ってます。

学生の頃は毎週のように飲み会があり、律儀なことで心の世間では特に有名なはずの私は
そうした宴会に、毎回のように足を運び都度飲んだくれていたりもしていたような気が
しないでも無いが、実のところいつもいつも記憶が無くなっていたりもしたから、
そういったことを詳しく思い出すことは私にとって非常に難しい行為の一つとなって
いたりもする次第である。だめじゃん。
それはともかく、学生の飲み会というものは特に過激なことで知られていると私は思って
いたりもするのであるが、その当時の私はそうした過激な飲み方こそが世間一般における
デファクト・スタンダードであるなどと勘違いしていた節があり、というか社会に出てからも
しばらくはそうした勘違いを続けていたわけであるが、まあとにかく当時は何らかの疑問を
抱くこともなく、ただ毎回のように酔い潰れてはゲロにまみれた醜態を晒し続けていたりして
いたのだろうと思ったりもするが、そこのところは忘却という幸福なのか不幸なのか今一つ
判別し難い機能のお陰で、記憶に定かでは無い。
流石に最近はそんな勘違いも修正し終えており、立派な大人として立派な社会人として、
そして何よりも立派な爽やか好青年としての立ち居振舞いにも磨きがかかってきてもいる訳で、
滅多なことでは人前で酔い潰れてゲロにまみれた醜態を撒き散らすなどということは
無くなっている訳である。自分で自分を褒めてあげようと思う。

さて。
そんな学生時代の香しい思い出というのは前述の通り忘却というセピア色の靄のようなものの
向こう側に霞み切ってしまっていてここで何らかの話題を記述するほどには詳細を思い出せずに
いる次第なのであるが、中にはセピア色はセピア色なりにおぼろげな影絵のような断片が、
記憶の構図のようなイメージとして脳裏に焼きついていることもあり、その何とも紙芝居の
ような趣で思い出の中に佇んでいる光景は、今だに私の思考回路に影響を与え続けているもので
あるのかも知れないと思っていたりもする。
そしてそんな影絵巻の中の一コマに、火星人は登場するのである。

社会に出てから経験する大所帯での飲み会というものは、大抵が会社組織に関する集会で
あるとかそういった類のものであるのだろうと思うが、そういう場ではとかく宴会を
盛り上げるための趣向というものが用意されたりしていることが多いのではないだろうか。
例えばビンゴであるとかカラオケであるとか、凝ったものだとクイズ大会や寸劇などと
いったものが披露されることもあるだろう。
しかし、私が学生時代に経験していた飲み会ではそういった趣向は全く用意されていなかった。
いや、全くと言い切ってしまうと当時の飲み会の幹事諸氏に失礼かも知れないが、取りあえず
私の記憶には全く残っていないのであるから、もしそういうものが行われていたとしても
この際無かった事と同じであることは言うまでも無い。
代わりに飲み会で私が何をしていたのかと言えば特に何、というものがあるわけではもちろん
無いわけで、一切のイベントじみた催しとは無縁の、殺伐とした風景だけが、今となっては
セピア色に染め上げられて思い起こされるのみである。
ひたすらに飲み、そして静かに酔い潰れ、地べたを這いずりながらゲロを撒く。
これが私の思い出の中の飲み会でありそれ以外の飲み会があるなどと当時は思いもしなかった。

しかしそんな殺伐とした飲み会も、時に突発的に、何かが発生することがある。
全くの無秩序の中に突然有意な現象が起こることは社会学的に裏付けられた単なる科学的な
事象に過ぎないのかも知れないが、そうした諸現象は、飲み会のあまりの荒涼とした風景の
中にあって、何かとてつもなく大きく輝かしい出来事のようにも思えたことは事実である。
私が火星人のことを今でもはっきりと思い起こすことが出来るのは、そうした混沌の中に
突如出現した一種のお祭り状態であるがゆえと言っても過言では無いのかも知れない。

きっかけはある一人の叫び声からであった。
「大阪人、集合ーっ!」
死屍があちらこちらに点々と転がり始めたその荒涼とした飲み会砂漠の一角で放たれたその
掛け声に呼応するかのように、酔いどれゾンビ達の群れが手に手に酒盃を持って集まり始める。
「それでは大阪人の大阪人による大阪人のためのカンパーイッ!」
死人達からの死人のような歓声が、口々にカンパイの文言を唱え、手の手の酒盃はその中身を
飲み干されるのであった。
しかし、お祭りは更に続いた。
大阪人が集うその群れとは別の一角から「九州人集合っ」という別種の号令が響いたのである。
更には「岡山人集合」だの「四国集合」だのといった掛け声があちらこちらから乱発され始め、
周囲は瞬く間に人種のるつぼと化して行くのであった。
更に、祭りはエスカレートする。
「A型人、集合っ!」
「おとめ座人〜、集れ〜っ」
「BoysBe愛読者集合っ!」
「阪神ファン、行くでぇ!」
ありとあらゆる、思いつく限りのカテゴライズが叫ばれた。
恐るべきことに、これらの掛け声にはその場にいる全ての人々が従った。
停滞気味だった飲み会砂漠はその阿鼻叫喚の様を一気に加速し、そして参加者の意識は次第に
魑魅魍魎の領域に到達していたのかも知れない。
「巨乳派っ!こいや!」
「昨晩独りで抜いた奴っ!一緒に飲むぞ!」
「どーてー!どーてー!」
「パンチラが漢のロマンだと思う奴っ!」
「ロリコンっ!」
祭りの宿命なのかはたまた若き日の過ちとかいう奴なのか、考えてみれば当然の事かも知れないが
カンパイ集団のカテゴライズは次第に強制自己開示の方向へと向かった。

そんな時だっただろうか。
「火星人、火星人集合っ!」
一瞬、その場が静まり返ったことを覚えている。
何しろ火星人である。
火星人といえば、昔の無知な時代に火星に生息すると言い伝えられていた、もしくは妄想された、
謎の生命体のことではなかったか。
言ってみれば、宇宙人の一種、地球外知的生命体のことである。
言うまでも無いことであるが、その飲み会に参加しているのは恐らく全てが地球人である。
火星人の入り込む隙間など有りはしない。
それに、火星人はタコのような格好をしているのではなかっただろうか?

しかしそんな私の考察とは裏腹に、私の周囲では火星人の呼びかけに応えて、その集りに
馳せ参じる人々が続出した。
「♪かっせいじ〜ん、かせい〜じん〜」
彼らは何故か意味不明の旋律で火星人を連呼しつつ、互いの肩を組み左右に大きく揺れながら、
恍惚の表情で酒盃を呷りはじめていた。
その飲み会に参加している者の中で男性ばかり、しかもかなりの人数の者々が火星人として
名乗りを上げていた。
「火星人にカンパーイっ!」
ああ、これ程までに火星人は地球に襲来していたのか。
その時の私の酔った思考回路はそんな寝ぼけたことを考えていたということをここに告白して
おかねばなるまい。
だとすれば、この後に続く掛け声は金星人に違いない。
いや、もしかすると水星人だろうか。木星人という線も有るし土星人も捨てがたい。
しかし私の予想は覆された。
「新星人、集合っ!」
火星人達が散会したその場所で、一人の勇者が上げた掛け声に、飲み会の参加者全てから感嘆の
ざわめきが上がったのは、当然のことと言えるだろう。

私はこの時、全てを悟った。
そして新星人の誇りを胸に、潔く立ち上がったのである。
集い来た勇者は私を含めてわずかに3名。
このとき、会場の男たち全てが、私たち三人の皮の受難に涙せずにはいられなかったという。
殺伐とした荒野が、清々しい感動に包まれた瞬間であった。
ああ、若かったなぁ。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓