雨谷の庵

[0292] 強運と悪運と (2002/08/15)


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恐るべしラッキー。

世の中には「運」というものを信じている人々というものが確実に存在するものと私は考えるが、
しかしその運というものを明確に区分して認識している人々というのは、運を信じる人々の
全体数に比すると、若干少ないような感じを覚えないではない。
よって私はここで、先日私が偶然にも立ち会うこととなった彼等の事例を取り上げ、
強運と悪運とのその明確な違いについて論述しておこうと思う次第である。

彼等は一組のカップルであった。
彼等は性別の違いこそあれ、性格も育ちもおおよそ似通っており、年齢も同じくらい、
更には趣味も共通のものが多いという、それぞれの運の種類を比較するにはちょうど良い
サンプルでは無いかと、私には思われた。
カップルのうちの女性、仮にここでは彼女のことをK子と称する事にするが、K子の持つ運は
強運と呼ばれる類のものであると言われていた。
例えば宝くじを10人で10枚購入し、それぞれ一人一枚づつを選ぶといったような場面で、
K子は必ずと言って良いほどにたった1枚きりの当たりくじを引くような運の持ち主であると、
K子の友人諸氏は証言している。
つい最近も、倍率30倍近くの抽選で見事に当たりを引いており、K子の強運は止まることを
知らないようである。
一方の男性、ここでは彼のことを仮にT男と称するが、T男はいわゆる悪運の持ち主であった。
私の知る限りT男は麻雀において役満をたったの1度しか上がったことが無いのだが、
しかしその上がった1度切りの役満というのがなんと、天和であると本人は証言しているのだ。
天和という言葉に聞き覚えの無い方は、麻雀に詳しい知人にでも聞いてみると良いだろう。
そんなT男については、運が良いのか悪いのか、彼を知る友人諸氏も首を捻るばかりだと言う。

さてこのK子とT男であるが、この夏休みを利用してあるイベントに連れ立って行くことに
なっていた。
幸いなことにその当時の私はT男の自宅に宿泊しており、彼等の運の違いを比較するための、
絶好の観察機会を得ていたと言えよう。
イベント前日、彼等の電話連絡を私が盗聴したところに拠ると、彼等はイベント当日の
朝の8時に、都内地下鉄の有楽町駅のホームにて待ち合わせをすることになっていたようである。
有楽町駅から件のイベント会場までは、地下鉄有楽町線で新木場駅(終点)まで行き、そこで
りんかい線に乗り換えることになる。
有楽町駅からイベント会場までは、徒歩も含めると約30分ほどかかる計算である。
ちなみに彼等は9時までに会場入りしなければならないという事情を抱えており、8時の集合と
いう設定は、彼等にとってはかなり余裕のあるものだったということを追記しておこう。

さて、いよいよイベント当日である。
K子からの「これから出発するにゅ〜」といういかにも能天気な電話がT男と私のもとに
掛かってきたのは、午前7時を15分ほど回った頃のことであった。
このとき、正直な話、私は少し焦ったということを記しておかねばなるまい。
K子が自宅から有楽町駅に至るまでの簡単な経路は、以下である。

 [自宅]--バス20分-- [最寄駅]--20分-- [乗換駅]--15分-- [日比谷駅]--徒歩5分-- [有楽町駅]

つまり、K子の場合は出発から到着までに最速で約1時間かかる計算となるのだ。
しかし都内のバスや地下鉄を乗り継いだことのある方ならご承知の通り、上記はあくまでも最速の
場合の計算であり、そもそも道が混んでいてバスが遅れたりであるとか、乗換の電車の待ち時間が
思ったよりも長く掛かったりであるとかということを考慮すると、通常、上記の経路に掛かる時間は
1時間30分程度を見ておくのが良いだろう。
しかしK子の出発は7時15分。待ち合わせまでには必要最低限の1時間もない。
「まあ、余裕見てあるし、大丈夫だろう」
私は、そのT男の余裕の言葉を信じる他無かった。

一方、我々二人がT男の自宅を後にしたのはK子の電話連絡から約5分程経ったころだったと
記憶している。
ここで、T男の経路も同様に確認しておこう。ただし、T男は住んでいる場所が巣鴨という
好立地であり、有楽町駅に向かうにもいくつかの選択肢がある。

 A.[自宅]--徒歩5分-- [巣鴨駅]--JR20分-- [有楽町駅]

 B.[自宅]--徒歩5分-- [巣鴨駅]--三田線15分-- [日比谷駅]--徒歩5分-- [有楽町駅]

 C.[自宅]--徒歩5分-- [巣鴨駅]--JR5分-- [池袋駅]--有楽町線20分-- [有楽町駅]

この中では経路A.がもっとも時間も掛からず料金も安いので、通常ならば経路A.を選択するだろう。
しかし、この時T男が選択したのは何故か経路C.であった。
経路C.は経路A.や経路B.に比べて5分ほど余分に時間が掛かる上、料金的にも若干不利である。
私が池袋に向かう電車の中でT男にそのことを問い質すと、T男は首を捻りながらこう答えた。
「えっ!?あ、そうなんだ。やあ失敗したなぁ。遠回りしちゃったね」
どうやら単なる勘違いらしい。
しかし、思えばこの時点から既に、私はT男の術中にはまりつつあったのだということを、
後々に回想することになるのである。

JR線を池袋で下車したT男と私は、有楽町線に乗り換えた。
有楽町線は日曜の朝早くということもあり空いていたが、そんな光景に何故かT男は首を傾げていた。
「おかしいなぁ。いつもならもう少し混んでいるのに。イベント当日だし」
ぶつぶつとそんなことを呟いていたT男が、突然座席から立ち上がったのは、電車の扉が閉まり、
発車し始めたときのことだっただろうか。
「あれっ!?あっちの電車、新木場行きって書いてあるっ!」
見れば、ホームの反対側にまさに到着しつつあった電車は確かに我々が乗らねばならない、
新木場行きの電車であった。
なんと、我々は逆方向の電車に乗り間違いをしていたのだ。
このままでは目的地とは逆の、和光市方面に運ばれてしまう。
慌てて私たちが次の要町駅で、新木場行きに乗り換えたのは言うまでも無い。
ちなみに、やはりイベント当日だけあって、新木場行きの車両内は結構混雑していたことを
追記しておこう。

さて、その後は特に問題もなく有楽町駅で下車することが出来た。
時刻はちょうど8時。
そもそも遠回りしたことや、池袋駅での乗り間違いを考慮すると、運が良かったと言えるだろう。
そして驚いたことに我々が到着したすぐ後、遅刻すると思われていたK子が待ち合わせ場所に現れた。
「聞いて聞いて〜。凄く運が良かったんだよ〜」
何気にVサインをしながらK子が語ったところによると、どうやらK子は最速の時間よりも更に
短時間でここに到着することができたようであった。
K子の最大の時間短縮要因はバスである。
通常ならばある程度の混雑に巻き込まれ、20分程はかかるはずのバスが、その朝に限って何故か
たったの5分で最寄駅に到着したというのだ。
もちろん、乗り降りする乗客も無く、ロスタイムはほぼ無し。
更に、電車での乗り換えも恐ろしくスムーズで掛かった時間はほぼ皆無、徒歩で有楽町駅に
向かう際にも道に迷うことなくといった感じで、まさにK子の強運っぷりを遺憾なく
発揮した行程であったらしい。
全員無事に予定通り集合することが出来た訳でもあり、後はイベントの会場に向かうだけと、
一同がホッとしたのは無理からぬことだっただろう。
しかし、それは油断という奴に他ならなかったのである。
「あっ!?あれれっ!?」
素っ頓狂な声でT男が叫んだのは、新木場行きの電車を待つ間のことだった。
「どうしたの?」
心配そうに尋ねるK子に対し、T男の顔は何故かニヤニヤと緩んだ表情を浮かべていた。
「鞄を無くしたみたいです」
なんと、T男は私と先程まで乗っていた電車の中に、鞄を忘れてきたと言うのである。
イベントに向かう途中の鞄である。
中にはT男が自作したという大人のためだけのちょっぴり他人に見せるのは恥ずかしい類の
同人ゲームがみちみちと詰め込まれていたりする代物である。
ていうか、その鞄が無いと、T男は今回のイベントに行く意味を失ってしまうという、この場面に
おいてはとにかく非常に重要なものであったとここで言い添えておかねばなるまい。
我々が、焦りまくって駅員さんに助けを求めたのは言うまでも無い。

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「いやはや、今日はどうも色々とお騒がせしました」
しかし結局のところ、K子とT男は無事にイベントに参加することが出来た。
T男が無くしたという鞄は、無事に新木場駅で確保されたのである。
我々が向かう新木場駅が、有楽町線の終点であることが幸いした。
有楽町線の場合、電車内の忘れ物は新木場駅の収集所に保管されるからである。
我々は新木場駅で鞄を受け取り、そのままりんかい線に乗り換え、タイムリミットの9時には
ぎりぎり会場入りすることができたのだ。
思えば、もしもT男が経路A.や経路B.を選択していた場合、その鞄は新木場ではない別のどこかの
収集所に預けられたことだろう。
そうなれば鞄を取り戻すこと自体は出来たかも知れないが、イベント入りの時刻には
間に合わなかったに違いない。
山手線などに鞄を置き忘れた場合、最悪、そのまま戻ってこないという事態も十分に考えられたのだ。
また、池袋での乗り換えの失敗も結果的には幸運だった。
もしも我々がスムーズに乗り換えた場合、鞄は1本前の電車に置き忘れることになっただろう。
そうすると我々とK子とが合流するまでにタイムラグが発生し、鞄の置き忘れにT男が
気付くまでに余分な時間が掛かったかも知れないのだ。
その場合、電車は新木場を折り返してしまい、鞄の発見は逆方向の駅のどこかということに
なっていた可能性もある。
結局のところ、朝からT男はいくつかのミスを重ねたのだが、結果的にはそれらの小さな不運が、
鞄を無くすという最悪の事態に対しては幸運に作用したことになったのである。
まさに悪運という他無い。

思えば、これらの一連の幸運とも不運ともつかない出来事は、そもそもK子とT男が待ち合わせの
場所に地下鉄有楽町駅のホームを選択したことから始まる訳である。
そしてK子は持ち前の強運でもって予定通り到着し、T男は驚くべき悪運でやはり予定通りに
事を成し遂げてしまったのである。
ここまでこの事例を読み進めてきた貴方が、私のこの体験をどこまで信じてくれるのかは
分からないが、ともかく私が目前でつぶさに目撃した数々のラッキーは、まさにこの世のものとも
思えないような出来事の連続であったと、私は断言せざるを得ない。
実のところ私は「運」というものについて懐疑的であったが、今回の事例を目の当たりにするに
至って、そういうものの存在を確信しつつあるところである。
そして、その「運」には強運と悪運との2種類が存在するのである。
それらをそれぞれが持ち合わせ、あらゆるトラブルを幸運な出来事に変えてしまうK子とT男、
彼等こそ類稀なるラッキーカップルといえるのかも知れない。
彼等の今後の行く末に幸多からん事を祈るばかりである。
いや、祈るまでもなく彼等は幸運の申し子なのではあるが。

最後になってしまったが、今回のこの事例を通して私が学んだことを以下にまとめ、
この話を締めくくることにしよう。

・強運を持つ者は、何時いかなる窮地でも全て運良く切り抜ける。
・悪運を持つ者は、何度失敗しても結果的にそれら全てが最良の選択となる。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓