雨谷の庵

[0290] ものすごく丸い (2001/08/04)
※ものすごい雑文企画


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昔々のお話です。

あるところに丸いものの好きな王様がおりました。
王様はあまりに丸いものが好きなので、もちろん丸い形のお城に住んでいました。
何しろ城壁には全く角がありません。
お城の建物も、お城の塔も、同じように丸い建物ばかりでした。
そして驚いたことに、それらの建物の壁は、四角い石ではなく丸い石でできていました。
もちろん丸い石ばかりでできた壁は、石と石の間が隙間だらけなので全く役に立って
いませんでした。
冬には隙間風がぴゅうぴゅう吹き込みますし、夏には日差しがじりじりと照り付けます。
雨が降れば雨ざらし、雪が降れば雪景色。
そんな過酷な環境だったので、お城の侍従達はバタバタと死んでいきましたが、
しかし丸いもの好きの王様がそんなことを気にするはずもありませんでした。
王様は心も、とても丸かったのです。

王様はあまりに丸いものが好きなので、もちろん王妃様も丸々とした方でした。
何しろ王妃様は王様が国中に触れを出して探させた、この国で一番丸々とした女性だったのです。
王妃様は毎日毎日、がつがつと食べ物を貪り喰らうだけの、まるで食欲の権化のような方でした。
国中から集められた珍味は全て王妃様が食べ尽くしていましたし、お城の食費の半分は
王妃様のためだけのものでした。
国中の民が毎日、飢えの為にバタバタと死んでいきましたが、しかし丸いもの好きの王様が
そんなことを気にするはずもありませんでした。
王様もまた、とても丸々とした方だったからです。
なぜならお城の食費のもう半分は、王様のためだけのものだったからです。

そんな丸いもの好きの王様のところに、どこからともなく一人の道化がやってきたのは、
あるのどかな春のことでした。
王様はいつものように王妃様と並んで、国中から集められた食べ物を貪り喰らっておりました。
「王様、王様。賢くて偉大な、丸いもの好きの王様」
道化は王様に向かって、ニコニコと呼びかけました。
「王様はこの世の誰よりも丸いものを愛されていると聞いていますが、本当なのでしょうか?」
王様は道化の言葉に笑いました。
もちろん、王様はこの世の誰よりも丸いものを愛していたからです。
しかし道化は言いました。
「でも王様、窓の外を御覧なさい」
王様は道化に誘われるがままに、お城の窓から外を見下ろしました。
お城の窓の外に広がっているのは、王様の国の、広大な土地でした。
「王様、王様。王様が本当に丸いものを愛しているなら……」
道化は王様の視界の中で腕を広げ、眼下の領土の隅から隅までを指差しました。
「どうして王様のお国は丸くないのでしょう?」
王様は言われて、あっと気がついたのです。
道化の言う通り、王様の国は丸くありませんでした。
北の領土は海岸線に沿ってギザギザとした形でしたし、隣の国との境目は山地に沿って
曲がりくねっていたからです。
丸いもの好きの王様は、自分の国が、丸以外の醜い形をしていることに気付くと、
途端に気分が悪くなりました。
丸くない国の、丸々とした王様。
今まで丸いものを愛してきたつもりだった王様でしたが、それは独り善がりの自己満足に
過ぎなかったのでしょうか?
「王様、王様。聡明で勇敢な丸いもの好きの王様」
塞ぎ込み掛けていた王様を、道化の優しい声が呼びました。
「私にお任せ頂ければ、王様のお国をたちまち丸くして差し上げましょう」
王様は、道化に全てを任せることにしたのです。

道化の言われるままに、王様は周囲の国々と戦争を始めました。
突然の戦争だったので他の国の人々は慌てふためき、王様の国の軍隊は次々と領土を広げて
いきました。
もちろん、王様の兵士達は戦争で次々と死んでいきましたが、しかし丸いもの好きの王様が
そんなことを気にするはずもありませんでした。
道化の言う通り、王様の国の形は、戦争に勝つたびにどんどん丸くなっていったからです。
やがて王様の軍隊が死に絶えた頃、王様が攻め滅ぼすべき国も無くなっていました。
王様は、この星の王様になっていたのです。
丸いもの好きの王様は喜びました。
何しろあれほど醜かった自分の国が、今では全くのまん丸な形になったからです。

しかし、そんな王様のところに、再びあの道化がやってきたのは、ある暑い夏のことでした。
「王様、王様。賢くて偉大な、丸いもの好きの王様」
道化は王様に向かって、ニコニコと呼びかけました。
「王様はこの世の誰よりも丸いものを愛されていると聞いていますが、本当なのでしょうか?」
王様はまた、道化の言葉に笑いました。
もちろん、王様はこの世の誰よりも丸いものを愛していたからです。
しかし道化は言いました。
「でも王様、窓の外を御覧なさい」
王様は道化に誘われるがままに、お城の窓から外を見下ろしました。
お城の窓の外に広がっているのは、今やすべてが王様の物となった星の、広大な土地でした。
「王様、王様。王様が本当に丸いものを愛しているなら……」
道化は王様の視界の中で腕を広げ、眼下の領土の山々や海を指差しました。
「どうして王様のお星は丸くないのでしょう?」
王様は言われて、あっと気がついたのです。
道化の言う通り、王様の星は丸くありませんでした。
海は深々としていましたし、山々は凸凹と天を仰いでいたからです。
丸くない星の、丸々とした王様。
今まで丸いものを愛してきたつもりだった王様でしたが、それは独り善がりの自己満足に
過ぎなかったのでしょうか?
「王様、王様。聡明で勇敢な丸いもの好きの王様」
塞ぎ込み掛けていた王様を、道化の優しい声が呼びました。
「私にお任せ頂ければ、王様のお星をたちまち丸くして差し上げましょう」
王様は、道化に全てを任せることにしたのです。

道化の言われるままに、王様は山々を削り、海を埋め立て始めました。
この星の全ての人々を奴隷のようにこき使い、王様の星の土地はどんどんと平らになって
いきました。
もちろん、王様の星の人々は重労働で次々と死んでいきましたが、しかし丸いもの好きの
王様がそんなことを気にするはずもありませんでした。
道化の言う通り、王様の星の形は、山を崩すたび、海を埋め立てるたびに、どんどん丸く
なっていったからです。
やがて王様の星の人々が死に絶えた頃、王様が平らにすべき海も山も無くなっていました。
王様の星は、完全な球体になっていたのです。
丸いもの好きの王様は喜びました。
何しろあれほど醜かった自分の星が、今では全くのまん丸な形になったからです。

しかし、そんな王様のところに、再びあの道化がやってきたのは、ある涼しい秋のことでした。
「王様、王様。賢くて偉大な、丸いもの好きの王様」
道化は王様に向かって、ニコニコと呼びかけました。
「王様はこの世の誰よりも丸いものを愛されていると聞いていますが、本当なのでしょうか?」
王様はまた、道化の言葉に笑いました。
もちろん、王様はこの世の誰よりも丸いものを愛していたからです。
しかし道化は言いました。
「でも王様、貴方自身を御覧なさい」
王様は言われて、あっと気がついたのです。
丸々とした星の上をちょこちょこと歩き回る、ゴミ屑のような王様。
そう、完璧なまでに丸いこの星の中で、王様だけがその丸さを汚しているのでした。
今まで丸いものを愛してきたつもりだった王様でしたが、それは独り善がりの自己満足に
過ぎなかったのでしょうか?
「王様、王様。聡明で勇敢な丸いもの好きの王様」
塞ぎ込み掛けていた王様を、道化の優しい声が呼びました。
「私にお任せ頂ければ、全てをたちまち丸くして差し上げましょう」
王様は、道化に全てを任せることにしたのです。

道化の言われるままに、王様は王様の星を食べ始めました。
来る日も来る日も、王様は丸々としたその星を食べ続けたのです。
やがて王様のお腹にもうこれ以上何も入らなくなった頃、王様の丸い星もまた全て
無くなっていました。
王様は王様の星を全て食べてしまったのです。
丸いもの好きの王様は喜びました。
何しろあれほどゴミ屑のようだった自分の体が、あの美しく丸い星と同化したのですから。

今や完全な丸いものと化した王様は、しばらくの間ぷかぷかと虚空の暗闇の中を浮いていました。
しかしやがて冬になる頃、王様は満足したのか、ゆっくりと眠りにつきました。
「王様、王様。賢くて偉大な、丸いもの好きの王様」
王様の元にやってきた道化の呼びかけにも、王様の応える気配はありません。
道化はニッコリと微笑むと、そのままどこかに姿を消してしまいました。

丸いもの好きの王様の、王様自身でもあるそのものすごく丸い星は今でも、
宇宙のどこかをぷかぷかと浮いているのかもしれません。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓