雨谷の庵

[0287] リズムに踊り狂いながら (2002/07/17)


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遊びに行ってみるかなぁ。

何度か耳にしたことのある単語の中には、その意味するところの内容がちょっとばかり
想像し難いと感じるものがある、というのは誰にでも心当たりがあるのではないかとも
思うのであるが、読者諸賢の場合はいかがであろうか。
私の彼女の人の場合、そういう単語として「羊の毛刈りショー」というものがあったらしい。
恐ろしいことだが、彼女の人はその言葉の語感というか言葉の雰囲気というか、そういうものから
何気にそれを後楽園遊園地とかで催されている戦隊モノのヒーローショーのようなものであると
イメージしていたらしいのである。
そんな彼女のイメージのなれの果てについては、当人が自分自身の駄文でもってどっかで公開して
いるのでそちらを参照頂ければ良いかと思う。
実際にはこの毛刈りショー、実際に羊の毛を刈っているところを見学するだけという、言って
みれば一種のプチ社会見学のようなもの、働くおじさん有難う的なものに過ぎないわけである。
そんなものが果たして「ショー」と命名するほどに面白い見世物なのかということに常々疑問を
抱きつつものんびりと人生を送ってきたが、今日は思い出しついでにWeb検索でもって少しだけ
調べてみることにした。
検索に引っかかってきたのは千葉県のマザー牧場のこどもの国、そこで行われているという
羊の毛刈りショーであった。
写真入でその様子が解説されているページを熟読するに、やはり毛刈りは毛刈りに過ぎない訳で、
そんなちっぽけな勤労風景が何ゆえに見世物として成立しているのかという私の疑問に対する
答えは見つかりそうにも無かった。
ただあえて一つだけ気になる点を挙げるとすれば、そのページの最後の辺りにあった以下の
記述であろうか。

(引用)
「絶妙なトークと軽快な音楽に合わせて、羊さんの毛は刈られていきました」

絶妙なトークである。そして、軽快な音楽なのだ。
もしかすると、このトークというところにポイントがあるのかも知れない。
恐らくこのトークが、とんでもなく面白い事になっているのではないだろうか。
何しろごくありふれた勤労風景を「ショー」と呼ばれるほどまでに昇華させているわけである。
このトークの威力というものが推し量られようというものである。
軽快な音楽というのも曲者である。
普通に「音楽」と書けば良いところにわざわざ「軽快」と付けているのが、気にならないと
言えば嘘になってしまうだろう。
その音楽の軽快っぷりが、退屈な勤労風景を夢のバラエティへと転身させているに相違無い。
とここまで考えて、私の脳味噌の中では以下のような光景が唐突に渦巻いてしまったことを、
ここに告白しておこう。
「絶妙なボケを連発する毛刈りのおじさんに、サンバのリズムに踊り狂う羊さんがメェとツッコム」
そして羊さんの毛は、みるみると刈り取られてしまうのであった。メェ。

まあそんな毛刈りショーのことなど実はどうでも良いのであった。
私が今回取り上げたいのは、今私の心の世間で噂が噂を呼んでいるあるお祭りについてなのである。
「牛久河童祭り」
河童である。河童のお祭りらしいのである。
何ゆえに私がこの不可解な単語を耳にしてしまったのかということについては、既に遥か彼方の
過去の出来事ゆえに思い出すことすら困難を極めてしまっているのであるが、ともかく私にとって、
この河童祭りなる言葉の持つ不思議なイメージはいかんともし難いことになりつつあるようだ。
先の羊の毛刈りショーの例に倣うのであれば、この河童祭り、河童を何らかの中心に据えた
催し物であることは間違い無いであろう。
しかし、その先の想像が続かないのである。
毛刈りショーには、羊さんの毛を刈り取ってしまえという、言ってみれば明確な目的意識のような
ものが感じられたように思う次第である。
しかしこの河童祭りには些かもそのような雰囲気が無い。
どうも、単に河童河童と騒ぎ立てて、それでお仕舞いという感触になってしまいそうで駄目である。
そこには絶妙なトークもサンバのリズムも存在せず、ただ雑然と河童を祭ってしまっている人々の
有様だけが繰り広げられているような気がしてしまうのである。
この、どうしようもないお祭りのイメージには、その河童祭りの行われている地域に対する、
私の持っている印象も関係しているように思われてならない。
なにしろ牛久だ。茨城である。
どこでどういう経緯でもってこの茨城に関する印象を持つに至ったのかということについては、
既に遥か彼方の過去の出来事ゆえに思い出すことすら困難を極めてしまっているのであるが、
ともかく私にとって茨城の牛久といえば、日々のんびりと能天気に笑っている人々が思い浮かんで
来てしまうようで困っている次第ではある。
これはあくまで私のイメージに過ぎないわけで、実際には牛久にも、様々な困難を抱えて思い悩む
人々が日々辛く苦しい道のりを歩んでいることであろうとは思うのであるが、私の心の世間での
牛久は専ら、悩みも無く日々笑いに満ちた土地ということになってしまっているようだ。
こんな失礼なこと白昼堂々と書き散らすのはどうかとも思うので、取りあえず謝っておきます。
牛久の皆さん、ごめんなさい。
って、牛久の人民の誰かがこれを読んでいるかどうかについてはあまり自信が無いというのも
事実の一端であったりはするが。

それはともかく。
長年、この河童祭りについてその真相を思い描けずにのんびりと人生を過ごしてきてしまって
いたが、今日は思い出しついでにWeb検索でもって少しだけ調べてみることにした。
検索に引っかかってきたのは茨城県牛久市のイベント情報であった。
なんとそこには「第21回うしくかっぱ祭り 7月27日(土)・7月28日(日)午後3時〜午後10時」と
あるではないか。
牛久の河童祭りは実在したのである。
しかも今年は第21回目で、開催は来週末に迫っているとかそういうことであるらしい。
祭りの実行委員長の挨拶から始まるそのページには、河童祭りに関する様々な情報が満載されて
いたとかそういうことである。
私は、これで河童祭りの真相に迫ることができるのではないかと素直に喜びかけたが、しかし
それが甘い期待に過ぎなかったことはすぐさまに判明することとなった。

(引用)
「かっぱ祭りTシャツ7月11日から販売開始今年の色はオレンジだよ」
「バッチリ決めよう!河童ばやし」
「かっぱ祭りクリーン3か条(ゴミの持ち帰り・ゴミは指定場所に・ゴミの分別)を実践」
「今年はすごいぞ〜ッ!今までより1時間早い午後3時から始まるよ!」

謎だ。謎である。
今、私の脳裏に浮かんだ河童祭りは「オレンジのTシャツをばっちり決めた人々が河童ばやしの
リズムに踊り狂いながらゴミ拾いをしている」という、この世のものとは思えないような光景で
あったことをここに密かに告白しておこう。
それにしても、何故1時間早く始まると「凄い」のであろうか?
やはり私の心の世間の牛久では、人々が能天気な笑い声を立て続けているような気がしてならない。
ともあれ。
なんだかちょっと楽しみができたかもな、という今年の牛久河童祭りは来週末。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓