雨谷の庵

[0281] ニッポンだぜニッポン (2002/06/17)


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超時事ネタ。

意外に思われるのか、それともやっぱりそうかと思われるのかは分からないが、
私はサッカー観戦というものが好きである。
もともと、どんなスポーツでも観るのは好きであるのだが、サッカーも当然その例に漏れない。
もちろん観るだけではなくスポーツをするのも好きだが、最近は寄る年波に負けて不精して
しまっていたりもする。
いや、実は高校生の頃から「運動不足である」との診断結果を頂いたりもしているので、先の
文章中での「最近」というのは実はここ15年くらいのことになるのだが、まあ、そんなことは
取りあえず気にしなくても人生においてなんら問題無いことは言うまでもない。
いや、本当にスポーツ好きなんですよ?観るのもするのも。
ただ、私が面倒臭がり屋なので運動しないだけです。ホントホント。

それはともかく。
そういうこともあって、ここもとのW杯サッカーの熱狂振りには私も密かに心躍らせてみたりも
している次第である。
私のサッカー観戦の方法は、まず事前に対戦チームそれぞれの情報を仕入れ、それぞれが
どのようなサッカーをするのかということについての予測を立てるところから始まる。
サッカーと一言に言っても、それぞれのチームにはそれぞれの特色というものが有ったりする。
それはサッカーというのそのものが「球ころを蹴りッこする」という恐ろしく単純なもので
あるが故にバラエティに富んでいるのではないかとも愚考したりもしないではない。
FWとDFの数のバランスから、守備型もしくは攻撃型という違い、同じ攻撃型でも
ロングボール重視なのかパス中心なのか、また前掛りのファイター型なのかカウンター中心の
ボクサータイプなのか、守備はマンツーマンなのかゾーンプレスなのか、等々。
そしてそうしたデータを元に、試合展開を予め予測しておくのである。
前半は守備を固めて様子見するのか、最初から攻撃的に攻めてくるのか。
中盤でのボールの支配率やその展開パターン、中心となってボールをコントロールする選手の
動向、FWの突破局面でのDFの反則も含めた対応方法はどうなのか、等々。
そうした予測を元に、勝ち負けも含めた試合結果も事前に予測してみるのである。
試合に入ってからは、更に予測を続ける。
ある選手にボールが渡ると、その周囲の状況から、その選手が次にどういう行動を取るかという
ことを予測するのである。
その予測が当たるならばそれはそれで良いのだが、問題はその予測が外れる場合である。
外れる場合というものには、予測を超える素晴らしいプレーというものと、予測以下の
どうしようもないプレーの2種類があるわけで、それらが試合中に現れる時間的割合と
いうのが、私の試合に関する評価を決めていると言っても過言ではない。
予測を超える素晴らしいプレーが5分おきくらいに起きれば、それは面白い試合という
感じだろうか。
素晴らしいプレーが1分おきに起ころうものなら、私はTV画面に釘付けである。
逆に、しょうもないプレーが5分おきにでも現れようものなら、私はほぼ間違いなく途中で
観戦を止めてしまうだろう。
ちなみにあまりにも展開が予測通りの試合だとむしろ平凡な試合という感じに思えるようだ。
しかも、だいたいそういう試合は事前の予測通りの結果となる。

そういう意味で言うと、W杯の試合は面白い試合となっているものが多いように感じる。
もちろんJリーグやセリエAにも面白い試合はたくさんあるが、W杯のそれは事前のデータと
いうか、それぞれのお国の事情というか、応援の仕方からその国のサッカー戦術の歴史的
経緯などに至る様々な要因がバラエティに富んでいて予測マニアの私には楽しくて仕方がない。
事前に集めたデータをもって試合観戦に臨むわけだが、そうしたデータが予測を裏付けることも
あったりなかったりで、非常に細々とした点でこそこそと独りW杯を楽しんでいる、というのが
今のところの私なりのW杯の楽しみ方と言ってしまって良いのだろう。
もちろん、予測といったものには直接的には関わりの無い細々した情報も楽しさ満載である。
アフリカの祈祷師はやっぱり自国の勝利を祈り続けていたし、フーリガンはどうやら本当に
お金がなくて来日できなかった様だし、パラグアイのGKチラベルトは相手ゴール前での
フリーキックをマジで蹴ったし、日本の女性サッカーファンの熱い声援はトッティやベッカムに
注がれ続けているし、牛久の新婚の夫は新婚の妻を置き去りにして大阪くんだりまでW杯の
試合を観に行ってしまったらしいし、そして何よりも日本代表のロッカールームは試合後でも
やっぱり綺麗に整理整頓されていたのだそうだ。
こういう細かな点に色々な人間模様が噴出する点こそがW杯の醍醐味だ、などと思っているのは
私だけではないだろうと信じたい。

まあ、それはともかく。
W杯には人それぞれに楽しみ方があって良いと思うし、そしてまた、興味が無いなら無いで
それでも全く問題は無いとは思う次第である。
流行に流されるも良し、流行から距離をおくも良し。
もちろん、私のように妙に細かな点にこだわりをもって楽しむというのも有りだろう。
W杯から距離を置く一部の人々の間で現況の熱狂振りに眉をひそめる向きがあるので
あろうことは分からないでもないが、まあ、今年4月時点の阪神ファンのようなものだと
思って、生温かい目で見守って頂ければ良いのではないかと思ったりもする。

……とまあ、こんなことをぼんやりと考えながら、電車に揺られていた私の耳に、向かいの席に
座っている高校生達の話し声が聞こえてきたのは、日本がW杯決勝T進出を決めた夜の翌日の
夕方だったと思う。

「W杯ってすげぇよ」
「だよな。ニッポンだぜニッポン」
「昨日渋谷行ったんだけどよ、もう、みんな飛び跳ねてんだぜ」
「おいおいお前、あんなトコに行ったのかよ」
「もう、叫びまくりでさ、センター街で、ニッポン、ニッポンなんだぜ」
「お前も叫んでたのかよ」
「ニッポン、ニッポン!」
「うるせぇよ。ここで叫ぶなよ」
「もうニッポン最高だぜっ。乳揉み放題だしよっ!」
「なにぃっ!なんだそれっ!?」
「もうさ、女の子も夢中で跳ねててさ、後ろから触っても全然文句言わねぇんだよ」
「それで揉み放題なのかっ!」
「ニッポン、ニッポンって叫びながら、色んな乳揉みまくり!もう、最高っ」
「それイイよ。最高だよ」
「頑張れニッポン!」
「俺も乳揉みてぇ!」
「お前も来いよ。今度また、ニッポンやるらしいし」
「おっしゃ、ヤってやるぜ!頑張れニッポン!」

盛り上がってるな若者よ。
自分なりのW杯の楽しみ方を見つけたわけだな若者よ。
どうでもいいがそれは犯罪だぞ分かっているか若者よ。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓