雨谷の庵

[0275] 祖母は逆上した (2002/05/28)


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それもまたエントロピーの成せる技であります軍曹。

そもそも人間というものには穴が付き物なのではないだろうかと思わないではない。
例えば顔1つをとっても、人間には様々な穴が開いていることは、既に何万年もの昔からして
自明な事実に他ならない。
これに同意の意を示さない人々について、私はその良識というか常識というか教養というか、
そうした諸々の社会的な感性を疑わざるを得ない。
鼻の穴は紛れようもなく穴であるし、耳の穴もまた素晴らしいほどに穴である。
口などに至っては開閉機能をも有した非常に高度な穴であることを認めざるを得ないし、また
よくよく拡大してつぶさに観察するならば、毛穴という非常に巧妙な穴も存在していることが
読者諸賢にはお分かり頂けることと信じていたりもする。
これらを見ても分かる様に、全ての人間には多少の個人差はあるにしてもほぼ等しく穴が
開いている訳であり、それは頭の先からつま先までをずらずらと埋め尽くすほどに穴だらけで
あると言っても過言ではない有様なのではないだろうか。

このことから連想するに、人間の身の回りのものもまた、穴とは無縁で居られないということが
思い起こされるのではないだろうか。
例えば鞄、それは入り口が無ければモノを仕舞い込む事すら出来ない無能な産物であり、故に
鞄はそもそも本来的に穴の御お陰をもってその存在意義を発展させている事物と言えるだろう。
例えば靴、これもまた足を格納するためには穴を以って為さねばならぬことの最たる物であり、
靴もまた、穴無しには自身の実存を確保出来ないほどに穴依存性の高い物品であろう。
これらのことは靴下であれ衣服であれ下着であれ、そもそも穴に対する非常な親和性でもって
人間足り得ている我々に使役されているモノモノはやはり、我々と同様に穴でもって存在を
確立させていると断じても決して間違いではないのかも知れないと愚考する次第である。

そして穴は本来的に大きくなるものなのである。
エントロピーという言葉の意味するところをおぼろげにでも御存知の方ならお分かり頂ける事と
思うのであるが、そもそも穴を小さく保つことには幾らかなりとも労力というものが必要に
なってくるのである。
眠気が襲ってくる午後に油断をすれば口はだらしなく開いてしまうものであるし、お腹を
壊し気味な時に油断をすればケツの穴はたちまち開きっぱなしになってしまうものである。
稀に、美人を目の前にした冴えない中年男性の鼻の穴がバフンバフンと勢い良く開き切って
しまっている事もあるが、それもまたエントロピーの為せる技以外の何物でも無いことは
恐らく全ての人々の認めるところであろう。
このように、穴というものはすべからくその大きさを時間とともに広げて行く物なのである。

さて、以前にここで内緒にしておいたことだが、私は肌着というものを2着しか持っていない。
この2着というのも実に微妙な数字で、もともとの保有数は3着であったものが2着に
減少したという経緯があったりもする。
あれは4、5年前の暑い夏のことだっただろうか。
当時社会人としてようやく一人暮しに慣れ始めていて私が、久しぶりに実家に帰省したときの
ことである。
久々に顔を見る母や祖母に歓迎されつつ、私がお風呂に入ろうと服を脱ぎ始めた時にその
事件は起こったのであった。
「なんじゃぁその肌着は!?」(訳:何ですかその肌着は)
人生何十年にも渡って培い続けてきた見事なる岡山弁で、祖母は私の着用している肌着の方を
指差すのであった。
「穴だらけじゃぁがぁなぁ!」(訳:穴だらけではないですか)
その時私の着ていた肌着は私が高校生の時分から愛用し続けていた肌着であり、それは肌着
本来の穴親和性がエントロピーのおもむくままに作用した結果として、たいそう見事な
穴っぷりを披露しているものであった訳である。
祖母は逆上した。
曰く、穴の開いた肌着を着るのは世間体が悪い事である。
曰く、そして世間はその肌着を見て本人のみならずその身内の良識を疑うものである。
曰く、つまりその穴の開いた肌着は祖母の世間体を著しく害する可能性が高い。
曰く、よって私は祖母の世間体を悪くするような孫である。
曰く、それは即ち徳田家の恥である汚点である。
曰く、ああこのままでは御先祖様や死んだ祖父に顔向けが出来ない。
「そんな肌着は早ぅ脱ぎなせぇっ」(訳:そのような肌着は早く脱ぎなさい)
祖母は私の肌着に手をかけると、それを下方向に引っ張った。
この時、何故ゆえに祖母が肌着を下方向に引っ張ったのかについて、私は未だにその真意を
図りかねていたりもする。
肌着を脱がそうとするならば、肌着は上方に引っ張り上げられなければならない筈であり、
この時祖母が採った行動は理性的に考えるならば不条理なものに思えたからである。
まあ、逆上して訳が分からなくなっていただけなのかも知れないが。
もしくは夏の暑さが祖母の脳味噌に何らかの影響を与えていたのかも知れない。
ともかく、そんな祖母の突発的な行動により、私の肌着にはかなり直接的な力学的作用が
働く事となった訳である。
その力学的作用は、それまでは比較的緩やかに進行していたであろう肌着の穴のエントロピーの
増大っぷりを、急激に加速させることとなった。
ビリビリビリ……ッ
私が長年愛用してきた肌着の内の1枚はこの時点で、他ならぬ祖母その人の手によって、
無残にも引き裂かれてしまったのであった。

以来、私の肌着は2枚である。
実はその時に私の肌着状況を不憫に思った母が後で、何枚かの肌着を私に買い与えていたりも
してはいるのであるが、その肌着についてはなるべくエントロピーが増大しないよう、
肌着入れの奥底に大事に保管してあったりもする。
ありがとう母。
貴方の優しいお心遣いのお陰で、私はもしも世界が滅びるような場面に遭っても、いつでも
新品の肌着を着て事に臨むことが出来るであろう。
私はこのことを人生の教訓として胸に仕舞い込みつつ、肌着2着のみという事実を世間に
隠しながらのんびりと人生を送る予定だった……というのが事の顛末である。

しかし先日、何故か私の彼女の人にこの私の秘密がバレてしまった。
何故だろう?何故かしら?不思議不思議。
故に、私の肌着は近日中にその数を増大させる方向で現在検討中となっている次第である。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓