雨谷の庵

[0271] 毎日パンツを履き替えて (2002/05/09)


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パンツ、パンツ、パンツ〜。パンツをかぶ〜ると〜。<??

そもそもここに書かれている文章の全てをそのまんま素直に信じ込んでしまっちゃったりとか
そんな感じにちょっと世間知らずな方々というのは今この文章を読んでおられるであろう読者
諸賢の中には存在しないのではなかろうかとも思わないでもないが、一応念のためということも
あるのでここで強く宣言しておこうと思っていたりする次第ではある。
こほんこほん。えーと。
かなり前というかもう1年以上も前に自分自身で書いた事であるが、私がパンツを3枚しか
持っていないと本気で信じていらっしゃる方々に一言申し上げたい。
そんな訳ないっス。あれは嘘っス。OK?
少しだけ言い訳っぽいことを書いておくならば、確かに私の下着入れの中にパンツが3枚しか
存在しなかったことも、もしかすると一時期あったかも知れない。
しかしそれはあくまでもある一時期、しかも人生という長いスパンのなかで比較検討するならば
かなりの短さでもって人々の記憶に残ったり残らなかったりするであろう、非常に短期間に
限定された話であって、まさか本当に私が生れてこの方パンツを3枚しか持たず、更にはこの先
人生の未来永劫においてさえパンツは3枚のみと心に固く誓っているなどということは断じて
決して絶対にあり得ない話なのではなかろうかと思わないではない。
高々ほんの10年間くらい3枚だけだっただけだし。10年ってアッという間ですよ?ねぇ?
こほんこほん。えーと。
というかそもそもパンツが3枚しかないなどというこれまた人という生き物にとってみれば
実に些細なしかも所謂ところの枝葉末節に所属するであろう話題についてその真偽をどうこうと
考えたり考察したり詳細を想像してみたりするに値するのかしないのかも定かではない事柄の
ようなものを、いちいちと取り上げてはパンツ3枚というこれまた非常に珍妙な響きを持った
言葉でもって象徴的な意味合いに使ってみたりあまつさえそれを代名詞的なフレーズに
採用したりと、そういったちょっと勘違い的な行動行為は、私にとって少々当惑の対象以外の
何物でもないということをこの際御理解頂ければ幸いに思う次第ではある。
ちなみに今現在、私の下着入れの中には実に6枚ものパンツが収納されており、この膨大な数の
パンツは人として至極まっとうな人生を送るには充分過ぎる量ではないかと自負して止まない。
ちなみにそのうちの1枚は以前にも書いたが桧山某から頂いた物、そのうちの3枚は私の駄文を
本気で信じ込んでしまったげくにパンツを贈る事を決心した兎野某から頂いた物である。
私が買ったパンツの枚数である2枚に比べると、他人から貰ったパンツの方が2倍の数でもって
格納されていたりするところがちょっと不思議な現象であるような気もしないではないが、
とりあえず宇宙船地球号でこの一度きりの生を謳歌している仲間達のことに想いを馳せるならば
それは実にどうでも良いことに他ならないのではないだろうか。
ともあれ持つべきものはパンツを送ってくれる友人であろう。
私は敢えて君達友人のことを「パンツの人」と呼ぶ事すら辞さない覚悟である。
君等のパンツが不足したならばいつでも私に相談して欲しい。
私は迅速なる決断でもってそれをネタにさせて頂く事だろう。
そして、かつて君等から私に贈られたパンツは、再び元の持ち主の元へ馳せ参じるで
あろうことを、私は今この現在においてかなりの自信満々でもって予言する者である。
君のものは俺のもの、俺のものは君のもの。ああ、なんと美しい友情なのだろう。
私は感涙にむせざるをえない。

こほんこほん。えーと。
結局のところこのように今やパンツ的に非常に裕福になったこともあって、現在の私はパンツを
毎日履き替えるというたいそうブルジョアな生活を優雅に謳歌しているという次第である。
もちろん彼女の人に「パンツを毎日履き替えないような不潔な人とは別れてやるっもきぃ」とか
言われてしぶしぶという訳では決して断じて絶対になく、やはりここは人として人類として
ニンゲンとして、宇宙の中の塵芥にも等しいこの地球に生息する知的生命体の一員としての
当然有るべき姿として、私がその存在意義に対しても配慮した考察を重ねた結果得られた高度に
政治的かつ論理的な帰結の文脈に沿ったところの、自主的な行動に依るものである事だけは
誤解無く御理解頂きたいものである。是非。
もちろん「しぶしぶパンツを履き替えているような人とは(中略)もきぃ」などと言われて
このような雑言を弄しているわけでは決して断じて絶対にあり得ないのでそこのところもひとつ
同時に御了解頂きたいものである。
こほんこほん。えーと。
ていうかアレである。
そもそもお風呂に入るということは身を清めるという行為に他ならない訳で、そして当然ながら
お風呂に入る前のパンツは清いという実存から最も遠方に定義付けられてもおかしくない物体の
一つと言っても過言ではないし、然るにそのいかにも清げでなさそうなお風呂に入る前の
パンツを、身を清めた直後に履いてしまうというのは本末転倒的行為なのではないかと言うのは
おおよそにおいてまっとうな主張な訳であり、つまり人として人間として人類として
イキモノとして、お風呂上りには新たなパンツを所望するのが当然至極の摂理であろうことは、
疑義を挟む余地もなく明白なのではないだろうか。
ということで私は自らのこの強靭なる意思でもって、極めて自主的に毎日パンツを履き替えて
いるのであり、決して嫌々ながらに彼女の人の御意向に沿うべく方針を転換したとかそういう
訳ではないのである。OK?

「ふみゅみゅ〜。じゃあ、これからは毎日お風呂に入って毎日パンツを換えるんだ〜?」
「うむ。もちろんである。私を信じて欲しいものである」
「うん、信じる〜。もきもき」
「もきもき〜」
「ところで、この肌着のことなんだけど……」

そう言いつつ彼女の人は私の愛用している肌着を1着、下着入れの中から取り出すのであった。

「この肌着、もしかして元々は白だった?」
「こほんこほん。えーと……うん。ほら、今も真っ白だし」
「……これはアイボリーって色だと思うの〜」

この後小一時間、すっかりと黄ばみきった肌着の前に正座し、今度は白とアイボリーの類似性に
ついての見解を申し述べる私の姿があるのであった。
ともあれ、私の肌着の保有数は2着だけという事実がバレなかったことだけは、
不幸中の幸いとして神様に感謝しておこうと思う。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓