雨谷の庵

[0264] 腹筋むきむきボディ (2002/04/16)


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谷川観察記録その2。

という訳で、谷川某という男についてもう少し記述してみたいと思う訳である。
まあ、要するに前々回のネタの引き伸ばしということなのではあるが。
いや、他のネタが無いという事ではないがまあ色々私の方にもネタ卸しの順番事情と
いうものがある訳で。
谷川某と疎遠になってしまうと色々と彼のネタでは書き難くなってしまうとかそういうことも
視野に入れながらの順序決定プロセスがあったりなかったり。

それはともかく。
件の谷川某という人物は、己の体型をひどく気に病むという性癖を有しているということに
気付いたのは、同居し始めてから1ヶ月もしないうちのことであった。
何しろ、彼は毎晩のようにダイエットに勤しんでいたりしたのである。
実際のところ、彼の体重は彼の身長に比して、それほど重過ぎるという訳ではないと私は
考えていたりするのであるが、そんな私ののほほんとした感想など彼にとってはただの
戯言に過ぎなかったらしい。
「だって、引き締まった体の方がカッコイイじゃないですか」
お腹の周囲に若干だぶつき気味についている脂肪を両手の人差し指と親指とでぶよんぶよんと
引っ張ったり摘み上げたりしながら、彼はいつの日か腹筋むきむきのナイスガイになることを
夢見ていたのかも知れない。

そんな彼が主に行なっているダイエットの方法は、就寝前のダンベル体操というものである。
仕事から帰ってくるとまずは食事を採り、しばらくテレビを見ながら私などと談笑した後に
おもむろにダンベルを握り締めるのが、彼の日課となっていたのであった。
その握り締められたダンベルというものを具体的にどのように使っているのかは知らないが、
とにもかくにも片方2kg、左右あわせて4kgのダンベルをもって、彼は自らの理想のボディを
実現すべく夜な夜な小一時間、汗水を垂らしていたとかそういうことなのである。
有酸素運動を一定量、継続して行なうと筋肉が増す。筋肉が増すと生きていくのに
必要となるカロリー量が増える。カロリー量が増えるとそれを脂肪で補おうとするから脂肪が
減る。脂肪が減ればすっきりむきむきの魅惑のボディがゲットでチュー。
そういうまあ、なんとも脳天気なシナリオを脳内で描いていたのであるらしい。
むきむきボディを手に入れてどうするつもりだったのかはいまだに謎なのではあるが。

ところでそんな彼のダイエット大作戦を阻むモノが、世間様にはあまりにも多く存在して
いるらしいということに気付いたのも、同居し始めてから1ヶ月もしないうちのことであった。
例えば谷川某と秋葉原を連れ立って歩いていたとしよう。
「あ。大判焼の屋台ですね」
「このタコ焼き、美味しいんですか?」
「クレープ、ちょっと食べてきます」
「あの良い匂いのする屋台は何ですか?」
御存知の方も居られる事とは思うが、休日の秋葉原という場所には、大通りに沿って結構
多種多様な食べ物の屋台が出ていたりするのである。
そしてこの谷川某という男は、屋台と見るとそれらに立ち寄らねば気の済まない気質の
持ち主だったとかそういうことなのである。
近所の神社でお祭でもあろうものなら、路地に立ち並んだ屋台の全ての食い物を買い食い
しかねない勢いである。
そういうある意味特別な日で無く単なる平日であっても、そして別に屋台でなく普通の
お店であっても、彼のその行動は何ら変わる事がないということが判明したのも、
そんなに時間のかかることではなかった。
帰り道で良い匂いがしたからという理由でアップルケーキを買って来てみたり、
ちょっと雑誌で美味しいと書かれていたからという理由で大福を買って来てみたり、
なんとなくお腹が空いていたからという理由で焼き鳥を買って来てみたり、
一度は食べてみたかったという理由でコッペパンを買って来てみたり。
とにかく彼は買い食いという行為が大好きなのであるらしかった。
嬉々としてそういった間食を頬張る彼と、夜な夜なダンベルを握り締める彼とを見比べつつ、
お前ホントにダイエットする気があるのかと小一時間問い詰めたくなるのは、決して
私だけではないだろうとちょっとだけ確信していたりもする次第である。

しかし、彼はこちらに引っ越して来てからというもの確実に痩せた。
もちろんそれは彼の夜な夜なの努力の賜物ということもあるとは思うが、彼の分析に依ると
どうやらこちらに来てからの食生活に起因する部分も多いだろうとの事であった。
何しろ私はケチである。食費を削る為なら1ヶ月間をキュウリのみで食いつなぐ事も
辞さない覚悟で日々を送る者である。
こちらに来て間も無い頃の谷川某は、料理というものをしたことが無い奴であった。
だから必然的に、食事に関する様々な選択は私が全てをコントロールしていた。
そして結果として、彼は私のケチケチメニューを食することになった訳である。
彼の言い分を全面的に採り入れるなら、私のケチケチメニューには以下のような特長が
あるとのことである。

・量が多い割には低カロリー
・野菜の割合が多い
・全体的に高蛋白であるが、動物性蛋白は少ない
・味付けが薄い

このような形態の食事が、ダイエットの結果に大きく寄与していたのではないかという結論を、
谷川某は持っていたらしいのである。
例え間食を頻繁に採ったとしても、主食がダイエット向きだった。
どうやら彼的にはそこがポイントであるらしい。

ともかく彼はダイエットに成功し当初の妄想の通りの、腹筋むきむきボディを手に入れたと
いう訳である。
そのお陰もあったのだろう、昨年末くらい(正確な日付は知らない)には彼の人生における
最大の懸案であったらしい女性問題もあっさり払拭。
素適な彼女と知り合い、そして先日の結婚宣言に至る訳である。
ただ実のところを言えば、彼女と付き合い出してからというもの谷川某の体型は以前の
ぶよんぶよんボディに戻りつつある。
なんでも彼女に料理のレシピの本をプレゼントしたところ、毎日のように美味しい手料理を
振舞ってくれるようになったというのが原因のようだ。けっ。惚気やがって。
このことからも、彼のダイエット成功の陰には私のケチケチメニューの威力があったので
あろうことが伺い知れると言えなくも無いのかも知れない。
しかしそんな彼ではあるが、今はあまりダイエットには拘らなくなったようである。
もちろん彼女との幸せな日々が彼のダイエット魂を鈍らせているということもあるのだろうとは
思うのであるが、話を聞いたところによると他にもっと別の理由もあるらしい。
「この前、彼女の実家に遊びに行ったんですけどね」
ニコニコと嬉しそうに話す彼のお腹は、以前にも増してぽよんぽよんと揺れていた。
「彼女の実家の男の人ってみんな体格が大きかったんですよ」
どうやらその体格の大きな人々は、谷川某の体型を見て口々にこう言ったらしい。

「谷川君の体、すごく線が細いねえ」
「そんなことで大丈夫か。病弱だったりしないのか」
「もっと沢山食べなきゃ駄目だよ」

線が細いなどと言われたのは生まれて初めてだと、嬉しそうに話す谷川某なのであった。
けっ。惚気やがって。けっ。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓