雨谷の庵

[0251] 真っ暗真っ暗真っ暗 (2002/03/01)


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歌ってないで助けを呼べ。

言ってみれば、暗闇というのはとても真っ暗なものである。
何をいきなり当たり前のことを口走っているのかとお思いかも知れないが、私がここで特に
主張したいことは、暗闇というものの中では人間というものは何も見ることが出来ないと
いう点である。
いや、そもそもこうした問題提起の視点が間違っているのかも知れない。
何をもって暗闇と認識するかという、人間中心的宇宙観を基礎とした考察を行なうならば、
それはつまり何も見えないから故に暗闇であると結論付けるべきで、よってに今私は
暗闇の中にいるのであると感知すべきであろう。
そう、ちなみに私は今暗闇の真っ只中に居るという訳なのである。
と、ここまで書いて来て気がついたのであるが、そもそも暗闇の「中」というのは正しく
私の状態を記述しているものなのかどうかを、ここで改めて考えておいた方が
良いのかも知れない。
まずにもって科学的に現在私の置かれている状況を分析するならば要するに、私はどうやら
太陽光なり電灯の灯りなりといった諸々のものから発せられて居るであろう光、もっと言えば
その光の中でもごく限られた範囲の波長であるところの可視光領域に該当するものの一切から、
かなり隔離された状態にあると言えるのだろう。
私の顔面に配置されている二球の生体センサー(要するに目玉)はその受け取った光刺激を
私の頭内に格納されている一対の刺激伝達ターミナル(要するに脳味噌)に対して、それらを
繋ぎ合わせる数本の刺激伝達ライン(要するに視神経)を通じて常時送り続けてくる予定に
なっているのであるが、どうもその仕組みは現在のところ何ら有効な役割を果たして
いないようなのである。
その証拠に、今の私のいつもと変わらずの間抜け脳の奴とくれば、周囲の風景に関して
全くそれらの外見を視覚情報として認識していない様子である。
自分のチンコすらまともに拝むことが出来ない有様である。それは非常に困る。何でだ。
ともかく上記したような分析を、日頃から混乱しがちであることが自慢の私の冷静な
判断力を駆使して総括した場合、この「暗闇の中」という表現が妥当なものであるのか
どうかについては、全く有用な結論を得る事が出来なかったことをここに報告しよう。

それはともかく。
様々な証拠を検討するに従って、どうやら私は暗闇というものに遭遇してしまっているで
あろうことだけは、間抜けな私の脳味噌にも理解できているようである。
この際、私のいる場所が暗闇の中なのかそれとも外なのかといった些末な議論に時間を費やして
いる場合ではないであろう。
何よりも今やらねばならないことは、どうやってこの状況を打開するかというその1点に
尽きるのではないかと愚考する次第である。
なんとかしてこの暗闇からの脱出を図らねばならぬという訳である。
いや、もちろん私は暗闇が嫌いなわけではない。
世の中には閉所恐怖症なり高所恐怖症なりといった心の傷を持っている人がいるというのは
重々承知している次第ではあるが、幸いにして私は別段暗闇に対してそうした精神的圧迫を
感じるということはない。
いや、暗闇そのものを取り上げて自らの好みに照らすならば、むしろ私は大の暗闇好きと
言っても良いくらいである。
暗闇好きという言葉が果たして実際に世の中に流通している単語なのかどうかという
点については浅学にして全く知りもしないのであるが、取りあえずそうした言葉で言い表しても
別段私にとっての不都合はないように思ったりもする。
どれくらい私が暗闇を愛しているかについて正確に説明することは非常に困難であるが、
少なくとも納豆ご飯の次くらいに好きなことは確かである。
なんなら、それに梅干を添えても良いぐらいにも思っている。
その証拠に、私は今置かれたこの状況で非常に楽しく充実した時間を過ごしている。
何しろ先ほどから私は大きな声で歌を歌っていたりするのだ。

 ♪お〜い、お〜い、真っ暗だよ〜。真っ暗真っ暗真っ暗だ〜。いやっほぅっ。

どうだろうか。
実に陽気な風景が貴方の脳裏に浮かんで来はしまいか。真っ暗だけど。
ちなみに上記した歌はつい先ほど私が心の世間の中から特にピックアップした最新作で、
何気に今置かれている自身の状況について的確なる芸術表現を提供しつつも、それとなく
明るさを醸し出さずには居られないような旋律を伴っていたりする。
その素晴らしさをここで実際にお聞かせ出来ないのが残念で仕方がない程だ。
ともあれ、そんな私の良い感じな歌声は、お風呂場の壁にこれまた良い感じに
反響していたりするから世の中というのは良く出来ていると感心せざるを得ない。
ああ、言い忘れていたが、実は私は今お風呂場という場所に居たりする訳である。
何故にそのようなところに居るのかと問われると私も少々困惑せざるを得ないのだが、
要するにお風呂に入っているのであるなどといった実に平々凡々たる回答を返す他ない。
ここで恐らく読者諸賢が、お手持ちのパソコン画面に向かって一斉にツッコミを入れていると
いった風景がおもむろに私の眼前の暗闇の中に浮かび上がったりもして非常に笑いを
堪えることに忙しい次第ではあるが、まあともあれ私は真っ暗闇の只中、のんびりと
湯船に浸かっているというわけだ。
ああ、幸せなるかな暗闇人生。
私の身体を絶え間なく包み込む心地良い湯加減もまた、暗闇の中ではより一層魅力を
増すとか増さないとか、いやまあそのなんだ要するにいつもとあまり変わりないのではあるが、
ともかく私は静寂に身を委ねつつ闇湯を楽しんでいるとかそういうことである。
歌ってるけど。大声で。

 ♪なんか電気が消えちゃったよ〜。いきなり何も見えないよ〜。いやっほぅっ。

先ほどからこのように歌い続けているにも関わらず、どうも私の隣人達は、私の今の状況に
気づく様子もない。
お風呂場の中というのは思いの他光の射し込む余地の無いものであるらしく、これなら
滅多なことでは覗きに遭う事も無かろうとほっと一安心である。
って、そういうことではなくて、光が全く差し込まないので実に真っ暗闇になってしまう訳で、
ともかく今の私に出来ることは余り無くて、要は湯船でじっと待っていることしか他に
することも無い訳で、ていうか早く誰か気づいて電気を付けてくれよ谷川某とか、なんだか
テレビ見て笑ってやがるな浜中某であるとか、そんなちょっとばかりひねくれたものの見方に
少しばかり心を傾けてみたくもなろうというか、ああ、一体私は何を書いているんだろう。

ともかく今はこの暗闇を楽しもうと思う次第である。
ああ、暗闇っていいなぁ。しくしく。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓