雨谷の庵

[0249] 太腿の持ち主のこと (2002/02/21)


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観察眼を養う訓練だったのです。

考えてみれば太腿というものは不思議なシロモノである。
性的アピールという点から考えればそれは、乳や尻の次くらいに位置するのではないだろうか。
もちろん太腿フェチの男性諸君も存在するので一概には断定出来ないが、大まかな傾向としては
そう言っても構わないような気がしないでもない。
他にも腰やうなじに萌え萌えという人もいるとは思うが、この際そういう変態野郎は四捨五入
しておくことにしよう。
ともかく、太腿である。
何気に性的アピールが高いにも関わらず、太腿は乳や尻に比べて開放的である。
女性は乳や尻を隠すことには熱心だがこと太腿となると、それを露出させることを惜しまない。
ミニスカートや単パンといった物もそうだが、水着にしても太腿を布で覆うようなデザインには
お目にかかったことが無い。
セクシーでありながらも隠すほどではないという微妙なポジション、それこそが太腿の魅力と
言っても良いのかも知れない。
太腿というものはぷるんぷるんというかぽよんぽよんというか、とりあえずはそういった
表現でしか言い表せないような質感を持っている。
ブルマを履いた女子校生などの太腿は、実に絶妙な揺れ具合でその有様を我々の目に
焼き付けずにはおられない。
ウブな好青年などがそうした光景に出くわしてしまった場合、恐らく目のやり場に困ることに
なるのではないだろうか。例えば私は困ってしまうだろう。
そう。太腿は人々を困惑させて止まない。

そんな太腿が今、私の眼前に鎮座していたりする。
いつものように会社から帰宅の途につき、いつものように電車に乗り、いつものように
座席に着席した私の視界の中に、隣に座っている方の太腿が飛び込んできたのである。
見た感じ若干太めな気がしないではないが、健康な肌色が非常に好感の持てる太腿である。
両脚の膝小僧がぴったりと揃えられているのも何やら大和撫子じみて萌え萌えかも知れない。
ちなみにその太腿は上品な薄桃色をした、若干厚めの生地のタイトスカートから、伸びやかに
座席に添えられていたりもする。
ということで、私はしばらくその太腿を観察してみることにした。
というかここまででも充分に観察しておるではないかというツッコミが聞こえてきたような
気もしないではないが、取りあえず無視しよう。
隣の人の太腿をジロジロと見るというのは変態では無いのかというそこはかとないお叱りの
声も聞こえて来たような気がしないでもないが、その助言を採用するとこの先に話が
進まないので当面の間は却下することにしよう。

ともあれ、太腿である。
今までの諸々の観察結果を総合的に分析したところ、この太腿は実に99%もの高い割合で
女性のものであるという結論を得るに至った。
ちなみにその太腿はこの寒空にも関わらずストッキングというものを着用しておらず、
いわゆる世間でいうところの生脚というものであった。
その生の肌色はいかにも弾力がありそうで、若々しいもののように思われた。
これらのことからこの太腿の持ち主であるところの女性は、年齢的に比較的若い方で
あるという可能性が高いようである。
しかしながら高校生の太腿に比べると若干瑞々しさなり初々しさなりが欠如しているような
気がしないでもないので、20代から30代の女性のものかも知れない。
着用している薄桃色のスカートの風格もまた、私のこの推論に対して肯定的な見方を提供して
いるように思えなくも無い。
スカートの付け根から膝小僧までの長さ及び、ヒールの高さを差し引いた脛の長さから
身長を推定すると、160cm前後となるだろうか。やや大柄な女性なのかも知れない。
となるとこの太腿の若干の肉付きの良さは、持ち主がグラマーな体型をしていることを
意味するのだろうか。
骨格が見た感じにがっしりとしているので、モデルの人のような風貌をしている可能性も
考慮に入れて然るべきかも知れない。
もしかして美人なのだろうか。えへえへえへ。

と、そのような感じに心の世間で妄想を繰り広げていた私の視界の片隅に、やや奇妙なものが
存在することに気づいたのは、電車が駅を発車してしばらく経ってからのことだっただろうか。
滑らかな太腿の、その膝小僧の片隅に、小さく細いものが付着しているのである。
最初はゴミ屑か何かかと思っていたのであるが、どうやら良く良く見るとそれは一本の
毛であるようであった。
毛である。
産毛、というものでは無さそうであった。
というよりむしろ、チンゲと呼ばれるものに近いような気がしないではない。
一瞬、この太腿の持ち主の陰毛がはみ出ているのかっ、と目が血走りかけたりもしたとか
しなかったとかまあしたんですがそれはともかく、どうやらそうでもなさそうであった。
それよりも何よりも冷静に考えるならば、陰毛は膝小僧ではみ出したりはしないものである。
私は努めて冷静さを失わないように気を張り詰めつつ、更にその毛の周辺を事細かに
観察することを決定した。
長さは1cmほどもあるだろうか。
ともかくその毛は、その生の太腿から直接生えて来ているもののようであった。
若干縮れているがちりちりという訳でもない。
そう、私はこれに似た毛を知っている。
それは脛毛と世間で呼ばれているものである。
脛毛?脛毛なのか?しかも一本だけ?
そのことが何を意味しているのか、私はあらゆる可能性を検討してみることにした。

・隣の人は普通のおねーちゃんで、一本だけ濃い毛が生えている。
・隣の人は体毛の濃い目なおねーちゃんで、この毛は脱毛漏れのものである。
・隣の人は全身毛無しのおねーちゃんで、この毛は植毛したものである。
・隣の人は宗教上の理由で、この毛を大切にしているのである。
・隣の人の膝小僧は実はマンコで、その毛は陰毛である。
・隣の人はそもそも宇宙人で、実はこの脛毛が本体である。

と、ここまで来て私は一つの発想の転換を思いついた。
いままで私はこの太腿の持ち主のことを女性だとばかり思いこんで居たが、実はそれこそが
思考回路の呪縛の原因であり、物事の解決への道を眼前から霞ませてしまっているのでは
ないだろうか。
そうか、そういうことだったのか。つまりこの隣の人というのは実は女性ではなくて・・・
女性ではなくて?
ということは、男性?
つまり・・・おかま?

今日も太腿は人々を困惑させて止まない。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓