雨谷の庵

[0246] 御言葉生成システム (2002/02/12)


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汝に幸あれ。

しばらく前までの話になるが、私にもネットゲームというものにハマっていた時期があって、
その期間というものは私にとって寝不足の毎日が続いてしまうという語るだに恐ろしげな
ものであったのであるが、それも今となっては懐かしさの中のセピア色な記憶に
過ぎなかったりする。
というのは嘘で、つい最近までハマってました。ネットゲーム。
つい最近までという断りを入れているところからも読解頂けるかも知れないが、実際の
ところ、今現在はそのハマっていたゲームについては一切遊ばなくなっている。
これは飽きてきたとかそういう訳ではなくて、単に2月からそのネットゲームに課金が
されるようになったという、社会人としてはいささか情けない理由でリタイアした
次第ではある。
だって月600円ですよ?牛丼でいうなら2杯分、手打ちうどんなら60玉分。
とてもではないが継続して遊ぶ訳にはいかないとかそういうことだったと思って頂ければ
不幸中の幸いなのではないかとも思う。
何が不幸なのかはこの際内緒にしておこうとも思う。

ところで世の中のゲームというものについてはそれで遊んでいる者同志のコミュニティとか
いうものがあったりする。
FFXであればFFXの、ギャルゲーであればギャルゲーの、ゲームの内容に関する意見交換で
あるとか攻略情報の暴露しあいであるとか単なる漏れスゲー自慢であるとかまあ、そういった
類のことをしていたりする訳である。
件のネットゲームにも、プレイヤー同志によるコミュニティのようなものが存在した。
ちなみに最近ではこうしたコミュニティの意見交換を行なう場として、例の大きな掲示板などが
利用されることがあるが、そのネットゲームにおいてもそれは例外ではない。
というか、一部のコミュニティについてはその掲示板にたむろしていたとかそういうことに
なるのであるが、まあ、要するに私もそんな彼等の書きこみを読んでいた者の一人である。
書き込んだことないけど。

で、話はその掲示板での出来事になる。
あれは今からちょうど1ヶ月前のことだったろうか。
私が件の掲示板にてコミュニティの人々の書き込む情報をぼんやりと眺めていた時であった。
ふと、ある書き込みに「あ、漏れ神だ・・・」という言葉を見つけたのである。
その書き込みはごく最近(というかその私が読んでいた時刻から2、3分前)のもののようで、
最初私はその言葉の意味が全く分からなかったことをここに告白しておこう。
しかし、その後が凄いことになった。
リロードするたびに増える書き込み。スレはあれよあれよという間に伸びていったのである。
呆気に取られた私は追いきれない大量の書き込みの流れをただ眺めるだけであった。
これがその掲示板で神の降臨を目撃した瞬間であったと私が気づいたのは、
もう少し後になってからである。

要するにこういうことである。
その大きな掲示板ではあまりにも荒らしと呼ばれる行為が頻見されるため、それへの牽制の
効果を期待して、各書き込みについてIDというものが付与される仕組みになっている。
このID、書き込みする人のなんらかの情報を元にある程度のランダム要素を含めて
生成された文字列で、書き込みしている人の識別の一助になるようなものになっている。
当初このIDは無意味なただの文字列として認識されていたのだとは思うが、しかしそこは
さすがと言うべきか、大きな掲示板の人々の遊び心はこのIDにも向けられることとなった。
IDに含まれている文字の中に意味のある言葉を見出した時に、それを自慢するという風潮が、
次第次第に広まったようなのである。
例えばDQN(ドキュソ)、SEX(セクース)、2ch(にちゃん)などの意味ありげな文字列が
自分の書き込みに付与されたIDに現れた場合、それをもって「良いID」として
珍重し始めたのである。
そして、そのIDの中でも非常に綺麗なものは「神」と呼ばれ、それが掲示板上に現れた
瞬間を「降臨」と称すらしいのである。

そのとき私が目撃した神は「xSeXSeXj」。
あえて人間の言葉になおすなら「えっくすセクースセクースinじゃぱん」とでもなるだろうか。
良くは分からないがともかくセクースが綺麗に2つ並びしかも頭がx、末尾がジャパンである。
確かにこれはなかなかに有り難い文字並びのような気がするのは当然かも知れない。
私の目撃したお祭り現象は、この神を一目見ようと集まった、ID信者の祈りの儀式で
あったのである。
とりあえず「今年はセクースできますように」と私もディスプレイに向かって拝んだのは
言うまでも無い。
もっともその頃には既に降臨スレは食いつぶされており、次スレに移行した後であったが。
ご利益はあるんだろうか。神様よろしく。

以上述べてきたように、人というものは一見無秩序に見えるものの中に何かしらの意味を
見出すという傾向を持った存在のようである。
そこで私は一つ思いついたことがある。
たった8文字のアルファベットにすら、神を見出す人々のことである。
これが日本語であれば、より多くの神を見出すのではないであろうかと。
更に言えば日本語は縦にしても横にしても読めてしまう奇特な文字で形成されている。
ならばということで、私は以下のようなものを作ってみた。

・ランダムなひらがなを生成する。
・それを7×7のマトリクスとして並べる。

こうして作られた文字の羅列に対して、人々は様々な神の言葉を読み取りはしないだろうか。
そこに「せくーす」という文字をハッケソすれば、その日はセクース日和であると思うかも
知れない。
逆に、その「せくーす」の文字が斜めになっていればそれは不幸の印と思うかも知れない。
その言葉言葉自体に意味があるかどうかではなく、その羅列の中にどんな文字を見出すか
ということが重要な気もするのである。
ハリーがその中に両親を見、ロンがその中に輝かしい自分を見たというあの魔法の鏡のように、
人々はその心の奥底の真実を羅列の中に投影するのではないだろうか。
ああ、こうして実際に書いてみるとなんだかとても素晴らしい仕組みのような気がしてくるから
世界と言うものは実に巧妙な仕掛けでもって我々を形作っていたりもするんではなかろうかと
思わないでもない。もちろん、私の気のせいだが。
ともかく、早速その徳田特製の神の御言葉生成システムでもって、私の心の世間を映し出して
見ようと思う次第である。
さあ聞け。神の言葉を。

 ぼぞひなゆふそ
 どあぞすれぞは
 ひひへどざだた
 にんとぐあぁゃ
 ぺきぁまなでぁ
 ぴすれだぶぁみ
 ぁぇよびけさぞ

ああ、神様。
私には貴方様の御心はさっぱり分からないようです。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓