雨谷の庵

[0235] あの茶色の制服の (2002/01/15)


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まあ、記念と言うことで。

世の中にはおかしな人というのはいるもので、谷川先輩は僕にとってそういう人の一人な訳で、
こんなにおかしな人は世の中を見渡してもそうそういるものじゃないと思ってきたんだけれど、
それはどうやら僕の勘違いに過ぎなかったということみたいだった。
谷川「鈴木〜、お前今度の日曜、暇やろ?」
そんなやる気なさ気な電話を、谷川先輩がかけてきたのは水曜日のことだったと思う。
実際のところ僕はいつも週末は暇だったし、それは今度の日曜日も例外じゃないわけで、
そりゃあ彼女でもいればせっかくの三連休なんだしそれは楽しく過ごすべきなんだろうとは
思うんだけれども、世の中そんなに都合のいいように出来ていないらしいということは、
東京に来て1年経ってみるとなんとなく分かるようにはなっていた。
谷川先輩と言うのは僕の高校の先輩で、僕の兄貴と同じ学年でしかも同じ部活の悪友と
いった感じの人だと思ってもらえばいいだろうか。
僕の兄貴と谷川先輩はたいそう仲が良かったらしく、今でもお互いに時々連絡を取り合って
居たりするらしい。
僕はといえば、ちょっとばかり歳の離れた兄貴のことは少し苦手に感じているというのが
本当のところで、兄貴とは最近あまり会っても居ない。
谷川「今度の日曜日、神田駅西口に16:30、集合な。ええか〜?」
何だか詳しいことは良く分からないのだけど、どうも飲み会の誘いのようだった。

僕は自分で言うのもなんだけど人見知りの小心者で、待ち合わせの時はいつも早め早めに
着くように心がけてしまうのが癖になっている。
谷川先輩と待ち合わせている今日も、やっぱり待ち合わせ時間の15分前には
西口に着いていた。
徳田「よう、鈴木師匠。元気しとったか〜?」
僕以外にはまだだれも居ないだろうと思っていたのだけれども、そんな僕の後ろから
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、谷川先輩の知り合いの徳田さんがニヤニヤ笑いながら立っていた。
徳田さんというのは谷川さんの大学の先輩で、谷川さんとは同じ下宿に同居しているという
ちょっと変わり者の人だ。
谷川先輩と徳田さんがどういう知り合いで、そしてどういった経緯で同居するようになったのか
僕はあまり知らないんだけど、二人ともあまりそんなことは気にしていないようなのでまあ、
僕も細かいことを聞いたことは無い。
先輩のウチには何度か遊びに行ったことがあるのだけど、結構広い下宿で、台所も5人くらいが
鍋を囲んだり出来るようなそんなところだった。
遊びに行くたびに徳田さんが手打ちうどんを作ってくれるんだけど、これが結構美味しくて
僕の心の中では徳田さんといえば手打ちうどんの人ということになっている。
徳田「鈴木師匠、今日はお前さん、ゲストじゃけんね〜」
ところでどうでもいい話なのかも知れないけど、徳田さんは僕のことを何故か師匠と呼ぶ。
一体何の師匠なのかは、未だに全く心当たりが無いのだけれど。

どうやら今日は谷川先輩のお祝いの飲み会のようだった。
なんでも谷川先輩と徳田さん、それと垣ノ木さんと桧山さんの四人で競馬の予想の正確性とか
いうものを競っているらしく、去年は谷川先輩が一等賞だったとかそういうことらしい。
谷川「せやから、俺、今日は奢ってもらうんや」
でも、僕は実費を払わないといけないらしかった。
これから飲みにいくところは谷川先輩が前々から行ってみたかったお店だということで、
予約も谷川先輩が自分で入れたのだそうだ。
予約を取るのに、5人以上でないと取れなかったらしく、競馬の予想仲間4人の他に僕を
ゲストで誘うことにしたとか、そういう経緯があったらしい。
鈴木「で、なんで僕なんですか?先輩、他にも色々知り合いいるでしょう?」
谷川「いや、この店、お前向きかなぁと思ったし」
僕向き?
神田の駅からお店に向かって歩きながら、僕は少しだけ首を傾げていたんだと思う。
お店は神田駅のすぐ傍で、外から見た感じは普通の居酒屋のように思えた。
でも。
徳田「いやぁ、やっぱいっぱい並んどるなぁ」
谷川「これ、みんなあの店の待ち行列ですか?」
徳田「うん。せやで」
お店の前に並んでいる行列、それはどうも異様な雰囲気の行列のような気がした。
なんと言うか、その、オタクっぽいと言うかちょっぴりむさくるしいと言うか。

お店は17:00に開店で、開店と同時に僕らはお店に入った。
居酒屋のテーブル、居酒屋の椅子、居酒屋のカウンターに居酒屋のお兄ちゃん。
鈴木「あ、あの、谷川先輩?」
谷川「なんや」
鈴木「あの人たち、どうしてセーラー服着てるんすか?」
谷川「コスプレ居酒屋だから、当たり前やんか」
コスプレ居酒屋!?
なんですかそれは!?
よくよく見ると、女の店員さんは皆、思い思いの衣装を着ているようだった。
ときめきメモリアル3の制服、フルーツバスケットの制服、エヴァンゲリオンの制服、
チャイナドレス、コックさん(これはワンピースのサンジだったらしい)、メイド服。
当然アニメっぽい制服なので、スカートの丈がとてもミニで、太股の白さがまっすぐに
視界に飛び込んでくる。
僕たちの通された席は隅っこの壁際で、谷川先輩と桧山さん、それと僕は壁側の席、
徳田さんと垣ノ木さんは通路側の席に座った。

谷川「いやぁ、ホンマにコスプレしとるんですね」
徳田「どうよ?」
谷川「なんかね、居酒屋っていう日常空間にセーラー服ってだけで萌えますね」
垣ノ木「あ〜、あの太股。最高っすね!」
徳田「ええか?ビールは一杯づつお代わりしろよ?そうすれば何度もこっちに来るから」
桧山「うわっ、そんなことまでして店員さんを間近で眺めたいんかいっ」
徳田「ってゆ〜か、それはみんなやってるから。ぼんやりしてたら、楽しめんぞ」
垣ノ木「あ〜、だったら料理、コースじゃなくて単品にすれば良かったっすね」
谷川「そうかぁ!しまったぁ!」
垣ノ木「しかしこっちの通路側の席は店員さんがちっとも見えないっすね」
徳田「そうそう。君らの顔と壁しか見えん」
桧山「それは、競馬の予想の成績が悪い、君らへの罰やがな」
徳田「ううっ。それを言われると反論できね〜」
谷川「あっ、今なんかパンツ見えそうだった!」
徳田「な、なにぃ!」
垣ノ木「くっそ〜、席代わりてぇ!」

なんだか谷川先輩、大はしゃぎ。
彼女できたばっかりだっていうのに、そんなことでいいんだろうかと僕は少しだけ思った。
徳田さんは何度かここに来たことがあるらしくて、色々と店員さんとの話し方の注意点などを
皆にレクチャーしたりしている。
垣ノ木さんは「自分、太股フェチですからっ!」と高らかに宣言して、料理そっちのけで
店員さんに視線を集中しまくり。
桧山さんは4人の中では比較的冷静で、さすがに結婚して家庭を構えている人は違うなと・・・
鈴木「ちょっと待ってください、桧山さん。それ、何すか?」
桧山「デジカメだけど、何か?」
うわぁ、撮る気満々だよ、この人。
と思ったら、なんでも桧山さんの妻の方が是非写真を撮ってきて欲しいとお願いしたのだとか。
う〜ん、妻思いな人だなぁ桧山さん。
それでも流石に自分で写真を撮るのは恥ずかしいらしく、撮影の方は徳田さんに任せていた。
で、徳田さんといえば・・・手際良過ぎ。
次々に店員さんに声を掛けて所定の場所で撮影開始。
他のテーブルのお客さんとかも始めは躊躇しているようだったけど、徳田さんの様子を見て
後から後から撮影のお願いが店員さんに殺到し始める。
ふと気がつくと、谷川さんは嬉しそうに店員さんとツーショットで写真に収まっていたり。
徳田「鈴木師匠も、どうよ?」
鈴木「いや、僕は、いいっすよ」
谷川「まあ、そう言わずに。滅多に無い機会なんだし」
鈴木「そりゃ、そうっすけど」
徳田「で?どの娘が良いの?」
鈴木「・・・じゃあ、あの茶色の制服の娘で」
谷川「結局撮るんかいっ!」
谷川先輩の突っ込みの左拳は、ちょっと痛かった。

世の中にはおかしな人というのはいるもので、谷川先輩は僕にとってそういう人の一人な訳で、
こんなにおかしな人は世の中を見渡してもそうそういるものじゃないと思ってきたんだけれど、
それはどうやら僕の勘違いに過ぎなくて。
僕もおかしな人の仲間だったのだなぁと、嬉しそうな表情で店員さんと並んでいる写真を
見ながら、しみじみと思ってしまうのだった。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓