雨谷の庵

[0234] 人で無しの系譜 (2002/01/11)


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た、タイタニックですって?

手紙というものもほとんど書かなくなってしまって、専ら電子メールで済ませている
感じもする昨今である。
ちなみに私は手書きの文字が本人でも判別不能なくらいに独特の文字文化を培ってしまって
いるため、今までにもあまり手紙といった類のものを好き好んで書いていたわけではないが、
それでもここ最近は以前に比べると手紙を書く量自体は減っている様に思う。
ちなみに一番最近に書いたのはもちろん年賀状である。
ウチの会社は虚礼禁止とかを謳っていて、会社の人間から年賀状が届くということはない。
友達も少ない私だが、それでも学生時分の馴染みの人々からはちらほらと年賀の葉書が
送られて来たりもして、その返事くらいは書かなければと思い慣れないことをして
みたりもするわけだ。
ちなみに私の方から年賀状を出すことはここ15年くらい一度もしていないので、
専ら送られて来た年賀状に返事をしているだけではあるのだが。
ついでに言うと今年来た年賀状は3通で、内2通は昨年結婚したばかりの写真の載ったもの、
もう1通は昨年生まれたばかりの赤ん坊を載せたものであった。
つまり、目出度いことがあると人類は年賀状を送ってしまうものらしい。
もしくは、友達が少ないとはこういうことを言うのだろう。

ところで、私の身内は日本のあちこちに散らばっていてお互い普段は顔を会わせることすら
ないのだが、何故かお互いに手紙をやり取りするということもあまり無いようだ。
まあ、私と母の電話ですら年に2、3回(しかも1回30秒以内)という有様であるから、
他の親類に至っては推して計るべしというものである。
この歳になるまではこういうのが普通だと思っていたのであるが、同居人の二人を
観察するようになって私も認識を改めた。
谷川某にしろ浜中某にしろ、だいたい月に1回程度は実家から手紙なり電話なりのやり取りが
あるようである。
それが普通なのかどうかは浅学にして分からないが、少なくとも身近な統計結果では
身内の付き合いというのは私が今まで考えていたよりは頻繁に行なうものであるらしい。
それとも香川と岡山では身内に対する付き合い方が違うということなのかも知れない。
何しろ岡山である。人で無しの系譜だ。ユダヤの末裔だ。
そういうことになっていてもあまり違和感は感じ無い。

とまあこのように、私は身内からも知人からもあまり手紙などのやり取りのない音信不通が
日常的な類の人種ではあるが、それでも電子メールを使うようになってからは極親しい
人々とは週に1度程度、やり取りを交わすようにはなった。
有り難いことである。
少なくとも、科学技術の進歩は私にとってはプラスに働いている様だ。
ただ、同居人との連絡手段も専ら電子メールという今の生活はちょっとどうかと思うが。

それはともかく。
先日、そんな筆不精の母から、珍しく1通の電子メールが送られて来た。
見れば母の文としては異例に思えるほどに長いもので、メールソフトのプレビューを
眺めながら、何か悪い知らせだろうかと少しばかり考えこんでみたりもする程だった。

以下、その内容である。(ほぼ原文まま)
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お正月はいかがお過ごしでしたか。
元旦におばあちゃんのところへ帰ったそうですね。
おばあちゃんも、挨拶に来てくれて話が出来たと喜んでいました。
母はこの1月2日にイギリス旅行から帰ってきました。
イギリス旅行中には、留学中の甥にすっかりお世話になってしまいました。
個人で海外旅行するには、やっぱり英語力だなと改めて実感しました。

さて。
イギリスでのことは兎も角として、帰国後の大変な事件について報告します。
1月2日に関西空港に無事降り立った後の出来事です。
(新聞やテレビでも報道されていたので、知っているかな?)
あの日の日本は強風が吹き小雪のちらつく荒れた天気でした。
一緒に旅行した人達と分かれ、ポートターミナルへ。
以後は欠航のため、最後の便という高速船に乗って間もなく、
次第に強くなる波と揺れに不安を感じていました。
乗船後15分ほどたった、湾のど真ん中でした。
大きな波が襲ってきたかと思うと「がきっ」という衝撃と何か壊れたような音。
それからは、まさにタイタニック体験です。
「ただいま作業中です。皆様これから救命具をお配りしますから、つけてください」
「荷物はそのままにして二階に上がってください」
青ざめた顔で走り回る乗組員。
これは大変なことになったと思いつつどうすることも出来ず、
襲いかかってくる波しぶきを眺めながら、「早く着いて!」とただ祈るばかり。
救命具の締め付けと不安のためか、気分も悪くなります。
他の乗客も、青ざめて言葉少なです。
ただ、乗客が約15名ほどで少なかったことと、赤ちゃんを連れた一家族と
小学生の子供連れの一家族を除いては、割合と身軽なメンバーだったため、
パニックにはならなかったのが今から考えると幸いでした。
その後待ちに待った海上保安部の船が到着、岸和田の船着き場に引っ張られ
全員救助されたわけですが、その間生きた心地がしなかったことは言うまでもありません。
本当に、恐ろしい目に遭いました。
こんなさなかに考えた事というと、貴方に書き置きをしてないので困ったなとか、
旅行傷害保険をかけてなかったなとか、お土産が駄目になるかなとか、
海の水は冷たいだろうな、服が濡れてしまうなというようなたわいのないことでした。

この遭難事故といい、このところついてないことだらけです。
今年1年、どうなることかと不安ですが、まあ、助かったのですから、
良い方に考えたいと思います。
それでは災難と健康にくれぐれも気をつけて下さい。
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もちろん、このメールを読んだ私がゲラゲラと笑い転げたことは言うまでも無い。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓