雨谷の庵

[0228] 鳩郵便の運ぶもの (2001/12/24)


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鳩郵便は色々なものを運んでくる。

(美術部の学生の話)
友達のミチルからその絵を初めて見せてもらったのは、確かある夏の終わり頃だったと思う。
とても綺麗な情景の絵で、小さくて可愛らしい桜の色合いの淡さが今でもまぶたの裏で
咲き誇っている、そんな錯覚を覚えるような絵だった。
「鳩郵便が、昨日運んできたんだ」
夏の日暮れの縁側で、ミチルはその絵をさも自慢げに私に見せながら笑っていた。
ミチルは自分では一度も絵筆を握ったことも無かったが、その絵のことをとても
気に入っているように、私には見えた。
実際、少し絵について心得のあるつもりの私から見ても、その絵の繊細さは一種の才能を
感じさせるに十分なものだった。
その絵はしばらくの間、月に2度くらいのペースで運ばれてきているようだった。
その度に、ミチルは私にその絵を見せにやってきた。
私もまた、その絵を見るのを楽しみにしていたのかも知れない。
「そういえば今月はまだ運ばれてこないね」
そんなことを二人で話題にしたのは年越しの準備を始めた冬のことだったろうか。
それっきり、私はその絵のことをすっかり忘れてしまっていたのかもしれない。

(ある主婦の話)
ええ、その人のことは良く覚えていますよ。
面白い人でした。ああ、でも実際に会ったことは1度しかないんです。
だいたい普通は、鳩郵便の運んでくるお手紙でお話していただけで。
え?会ったときの印象ですか?
そうですね、結構明るい感じの青年でしたよ。まあ、ごく普通の若者でした。
私はおばちゃんでしょ?だからそう感じたのかも知れませんけど、ちょっと可愛い感じも
したように思います。どこか、放っておけないというか。
いつも彼が書いていたお話は理屈っぽい、どこかしら繊細なイメージのものが多かったから、
私は勝手に大人びた人を想像していたんですよ。今思うと失礼な話かも知れないですけどね。
え?彼の書いていたお話ですか?
私、鳩郵便では恋物語のようなお話サークルにちょっとだけ参加していたんです。
ですから、彼ともそこで知り合ったというか。まあ、そんな感じですよ。
私たちのサークルはたいてい、暇つぶしの主婦ばかりでしたから、彼はちょっと雰囲気的には
浮いていたかも知れませんね。
ああ、でも、私はとても好きでしたよ。彼のお話。

(鳩郵便に詳しい大学教授の話)
鳩郵便はそもそも昔は、軍隊で使われていた通信手段だった。
周回性を持つ特殊な種類の夜鳩を10羽程度飼い慣らし、特定の場所を巡回するように
訓練する。夜鳩は巡回地点に置いてあるものを別の場所に持っていく習性があので、
これを利用して郵便物の受け渡しをするのだ。
この比較的原始的な通信の利点は唯一つ。匿名性だ。
軍はこの点に目をつけた。つまり、鳩郵便の運ぶものは真実とは限らないのだ。
軍は重要な情報を様々に雑多な情報に紛れ込ませるようにしてやり取りする方法を考案した。
実際、敵軍がこの鳩郵便に接触できたとしても、そこから有用な情報を得ることはほぼ
不可能だったようだ。
鳩郵便が民用に転じたのは10年程前からだろう。
戦争は久しくこの国では行われなかったし、あとは民間企業に安価な通信手段に関する需要が
あった事がこの鳩郵便を普及させることになった。
今ではすっかり地域社会や簡易メッセージ手段として認知されているが、元々はそうした
過去をもった技術だったのだ。
で、本題の件だが。
私の興味の範囲外だし、専門からも外れているので答えにくいことだが恐らく、もし
そうしたことが実際にあったとしても、問題となっているような事実を鳩郵便でしか
つながりの無い人たちが事実として認識することはほぼ不可能だろう。
鳩郵便の運ぶものは真実とは限らない。だから誰も、そのことを信じはしない。

(公園でゲロしていた男の話)
あいつはもう、何もする気がなくなったんだよ。
俺のせいだ。俺が、あいつから何もかもを奪って、あいつを追い詰めて、それで、あいつは
どうしようもなくなっちゃったんだ。
俺が悪かった。みんなをまとめなきゃいけなかったんだ。でも、それをあいつが、俺が
駄目なもんだから、代わりにやってくれてたんだ。
俺がやらなきゃ駄目だったんだ。あいつは頑張りすぎたんだ。だから、いつも悩んでた。
俺はあいつに何かしてやらなきゃだめだったんだ。なんでも相談に乗るべきだった。
でも、俺はそうしなかった。駄目な奴だからさ、俺には何もできないと最初から
諦めてたんだ。あいつは偉いよ。最後まで諦めずに、頑張り続けたんだから。
なのに、なんでこんなことになっちまったんだ。俺は、あいつにまだ何もしてあげてや
しないんだ。駄目でもともと、もっと俺が頑張れば、あいつももっと頑張れた
はずだったんだ。俺が全部、俺が何もかにも、俺があいつを、俺が・・・俺が・・・

(神父の話)
夏の終わりごろ、彼はここにやってきました。
神の何たるかについて、知識としてそれを学びたいと。
私はそれでも彼を歓迎しました。
今は表面的な事象にのみ囚われていたとしても、その努力の足跡はいつしか神の御心に
触れることになるだろうと思ったからです。
彼も次第にそのことに気づいていたのだと、私は今では確信しています。
彼がここを訪れ、そして私が彼の話を聞くたびに、私は彼ほど神に近しい人は居ないとさえ
思うようになりました。
彼は聖書を読む前から、すでに神の御言葉を感じていました。
彼は祈りを捧げる以前から、すでに毎日を神の御心のままに生きていました。
彼には豊かで繊細な様々な才能があり、それは彼のたゆまぬ努力と、飽くなき向上心が
実を結んだものに他ならなかったのです。
神は自らを助ける者にこそ救いを差し伸べるのです。
今となっては彼がどのような悩みを抱えていたのか、知る由もありません。
しかし彼は死してなお、私たち残された罪びとに神の道を示したのではないかと思います。
彼の魂が父なる神殿で永久に安らがんことを。エイメン。

(警察官の話)
鳩郵便の運んできたその情報は、事実です。
死因は自殺。遺書はありません。
それ以上のことは遺族の方でなければお話できません。
では、失礼。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓