雨谷の庵

[0226] 電車の中で携帯電話を (2001/12/17)


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まあ、気にしなければいいのだ。

科学技術の進展が必ずしも人類皆々様方を平穏な幸せとか云う物のなかに包みこんで
くれるということに直結するとは限らず、むしろその進歩というものそのものが人生に
影響をもたらすのではなく、結局はその使いように対する人類皆々様方の姿勢というか
心意気というか真摯で紳士的な立ち振る舞いというか、そういった何気に謙遜したような
事柄どもの方が重要なのであるということは既に読者諸賢にとっては常識の範疇に
あることに違いないと思う次第ではある。
まあ馬鹿とハサミは使いようということであろう。ちょっと違うか。
それはともかく。
ひと昔前ならばまるで思いもよらなかったことの一つとして昨今の携帯電話というものが
しばしば取り上げられることがある。
これはまさしく科学技術の発展というものの恩恵に他ならないわけで、その普及ぶりに
伴う様々な社会的な現象というものも幾らかについては既に議論の対象となっている。
例えば。
劇場であるとか演奏会であるとか、そういった音によるエフェクトでもって充実した
時間を過ごそうという場所での携帯電話の利用は厳禁であるといったマナーは、
今では常識といってもいいのであろう。
実際、ポケベルの時もそうだったが演奏会などの最中にけたたましく呼び出し音など
鳴り始めようものなら、周囲の人々の気分を害すること甚だしい訳である。
ちなみにそんなことを実際に仕出かしてしまった場合、法律上は訴えられても
文句は言えないようなことになっているそうであり、普段常日頃から重々の注意を
心がけておく必要があるだろう。
恐らく、上記のようなマナーに関する議論の果てに、携帯電話などのマナーモードと
いったものが考案されたに違いないのである。

ところで、いまだに続いている議論として多分有名なものには、電車などの比較的公的な
移動手段の最中での、携帯電話の利用方法というものが上げられるのではないかと私は
思っている次第であるが、どうであろうか。
最初の頃は、電車の中で携帯電話を使うのはマナー違反だといった感覚的な論説について
意見が交わされていたような気がする。
マナー違反論支持者に曰く、携帯電話での話声はどうも気色が悪いであるとか、なんか
ムカツクであるとか、そういった感覚的な側面を主とした論調であったような気がするのだ。
一方のマナー違反嫌疑派の方も、携帯電話の話し声は通常の会話でのそれと
大差無いのではないかとか、そもそも電車の中でも使えるから便利なのじゃとか
いったような、比較的論拠に乏しい意見で対応していたわけであり、これはまたこれで
もやもやと両者が議論を続ける一因となっていたような気もしないではない。
様相がマナー違反論者に有利になって来はじめたのは、心臓のペースメーカーが云々といった
下りが議論に混じり始めた頃ではないだろうか。
そもそも携帯電話は電波でもって音声情報を伝達する仕組みを利用者に提供しているわけで、
その電波というものは周辺に存在する精密機械に対して電子的な影響を及ぼす(というよりも
だからこそ通信の手段として使える)のであるから、そのような科学的背景を基に、
携帯電話は周辺の精密機械を誤作動させる可能性を持っていると結論できるわけである。
で。
その電波による影響を受けるものとして注目されたのが心臓のペースメーカーだったとか
いう訳である。
何故ペースメーカーだけがこのようにクローズアップされたのかについては異論は
無いと思うが、それの誤作動が命の危険をはらんでいたからであろう。
そして、これらを総合して組み上げられた論理が「電車の中で携帯電話を使うと心臓病の人が
死ぬかも知れない」というお話なわけである。
実はこの話は少々可笑しくて、ペースメーカーの誤作動という話に限れば別段電車の中に
限らず地上であろうが家の中であろうが電波の及ぶ範囲については全て議論の俎上に
上げなければ意味は無い。
つまり実際には「携帯電話を使うと心臓病の人が死ぬかも知れない」という話の筈なのだが、
どうもこれが電車の中という限定された空間範囲にだけ適用されている気がしないでもない。

まあ、そんなことは別段どうでも良いのだが。
ということで、恐らく今現在の電車内でのマナーという話になると、この携帯電話と
いうものはとりあえず電源切っとけということになっているような気がする訳である。
気のせいかも知れないが。
で。
前振りが長くなったような気がするが、というかもしかしてここまで前振りかよといった
お怒りの声が聞こえて来ているような気もしないではないが、そんなことは取りあえず
眼中から外して話を進めるならば、携帯電話の会話モード以外の機能について私はここで
新たに取り上げてみたいと思う次第である。
科学技術の進歩は携帯電話に様々な機能を追加したということは皆様もご存知のことと思う。
例えば電子メールのやり取りであるとか、Webサイトの閲覧であるとかいった文字情報に
関する機能、更には写メールだの動画メールだのといった画像情報、そして遂にはJavaでの
ソフトウェアやゲームなど、その応用範囲は今や多岐に渡っている。
ところで。
意外と盲点だったのか、それとも一般大衆の無知蒙昧さが招いた結果なのかは分からないが、
電車の中でこれら会話機能以外の機能を利用している人々は結構多いように見受けられる。
親指族などと呼ばれているメール書きの人々はすでに日常風景に馴染んでいるし、
ゲームで暇つぶしをしている人々も散見できる。
まあさすがに写メールを使って電車内の風景を何処かに送信している姿にお目にかかった
ことはまだないが。あの「しゃめ〜る」の格好は恥ずかしいし。ちょっと違うか。
もし、電波による情報機器への影響を論拠とするならば、これらの機能についても当然
電車内ではマナー違反とされるべきところであろう。
しかしながら浅学にして私はそうした論調を聴いたことはない。
心臓ペースメーカーの使用者が死ぬかも知れないから電車内でのメールの受送信はヤメロと
いった話を口に出す人は、私の知る限りでは居ないような気がするのだ。
こうして改めて考えて見ると非常に可笑しな話に思えるが、しかしながら結局あの電波による
影響云々という話自体が、単に相手を納得させるためだけに取り上げられた都合の良い
論調だったのだと認めてしまえば、電車内でのメールの受送信に対してマナー論者達が
目くじら立てないことも理解できない話ではない。
結局、携帯電話で話している連中がウザかっただけなのだ。
心臓病の人のことなどどうでも良かったのだ。
電波がどうなろうが、電車の中が静かなら落ち着くというだけだったのだ。
この偽善者どもが。

・・・とまあ社会派を気取って口汚く罵ることも出来るわけだが、私も今まではそんなことを
考えてもみず、単に電波は危ないから携帯電話は使わないのが良いのだと信じ込んでいた
訳であるから同罪なわけではある。
電車で隣に座っていた女子高生が携帯電話でテトリスを遊んでいて、その操作の危なっかさに
ハラハラドキドキしながら見入っていたせいで、降りるべき駅を通り過ぎていることにも
気づかず、今逆方向の電車に間抜け面晒して乗り換えようとしているこのときになって、
ようやく私は携帯電話のマナーについてより深い考察を得るに至ったに過ぎないのだ。

だからテトリスを電車の中で遊ぶのもマナー違反にすべきである。
ちょっと違うか。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓