雨谷の庵

[0213] 彼女と彼との間に (2001/11/18)
※カレカノ雑文連鎖


[Home]
手紙を書こうと思う。ずっと好きだった、今は遠いあの人に宛てて。

小さい頃から、和海という名前が嫌だった。
和海は「かずみ」と読むので、小さい頃はよく女の子と間違われて嫌だった。
いや、女の子と間違われるのは今でも同じなのかも知れない。
よく、僕は母親に似ていると言われた。
僕の顔立ちが女の子っぽいことも理由の一つだと思うが、とにかく僕は
とても母親に似ているらしかった。
僕の母は僕の小さい頃に病気か何かで死んでしまっている。
だからだと思うが、僕の父は僕をとても可愛がってくれた。
今思えば、父も母を失って寂しかったのだろう。
僕の顔立ちの中に、母の面影を求めていたのかも知れない。

あれは僕が大学に合格した日のことだっただろうか。
合格おめでとうと言いながら、父は僕を強く抱きしめてくれた。
でもその時の僕は、父のその両腕の力が妙に熱っぽい気がして、
とても気持ち悪く思っていた。
僕が父を遠ざけるようになっていたのは、ちょうどその頃からだろう。
父が僕に注ぐ愛情、その色合いが僕には父の母に対するそれのように思え始めて
いたのだと思う。
だから、大学に入学した僕は、父の元を離れて独り暮らしを始めることにした。
1時間ほど電車に乗ることを我慢しさえすれば、実家から大学に通うこともできた。
でも僕は、大学での勉学に集中したいということと、今から少しでも自立する
ことに慣れておきたいということを理由に、父を説得して家を出た。
そうすれば父から距離をおくことができる。
本音はそんなつまらない想いだった。

大学の近くのちょっと古びたアパートで独り暮らしを始めた僕は、すぐに
アルバイトを始めることにした。
父は僕に仕送りをすることを申し出たが、僕はそれを断っていた。
今から思うとちょっと意固地になっていたのだろう。
父から独立したいと思うあまりの、僕の若くて独りよがりな反抗心。
それがどれくらいの苦労を伴うかを、僕はその時何も知りはしなかった。
最初に始めたのはコンビニのレジだった。
次は居酒屋の店員。
そう。僕は、1年もしない間に次々とアルバイトを変える羽目になった。
理由は人間関係のもつれだった。
どうも僕は、目立ちやすい風貌をしているらしい。
そう気づいたのは5番目のバイト先のファミレスを首になったときだった。
バイト先の同僚がいきなりつかみかかってきて僕を殴ったかと思うと、そのまま
有無も言えないうちに二人ともクビになった。
あとで人づてに聞いた話だと、同僚がバイト先の女の子に告白をして振られたことが
原因だったらしい。
その振られた理由が、僕だったと言うのだ。
僕に実感は無かったが、そのバイト先の女の子のかなりの数が、僕に好意を
寄せていたということになっているらしかった。
少しだけ、僕は人付き合いが嫌になった。

だから、今のバイト先は気に入っている。
街中にあるこじんまりとしたオカマバー、そこが僕の六番目のバイト先だった。
バーのママは僕のことを気に入ってくれたし、お客さんも顔馴染ばかりで
とても礼儀正しかった。
ごたごたとした人間関係の揉め事が無いことが、少し疲れ気味だった僕には
とても有り難かった。
そこで気づいたことだが、僕は女装がとても似合うらしかった。
小さい頃から女の子に間違われていたのは名前のせいばかりでなく、僕の妙に
女っぽい顔と男にしては華奢な骨格のせいだということを僕は理解するようになった。
ママに言わせると、筋肉の付き方や脂肪の丸みも、女の子みたいで素敵なのだそうだ。
そのうち、僕は女装したままで生活するようになっていた。
自分ではオカマになったつもりは無く、単に男物の服と女物の服を使い分けるのが
面倒になったという理由からだった。
大学の友人も最初は驚いたが、そのうち慣れてしまい、しまいには僕のことを美人の
友達として他人に自慢するようになっていた。
僕の方は僕の方で、女の子からの恋愛の対象と目されなくなることに少しホッと
していたのかも知れない。

だから、僕は今とても後悔している。
自分自身から逃げていたのだと、彼女から教えられるその日からずっと。

彼女と始めて出会ったのは、僕がたまに顔を出していたテニスサークルでの
新入生歓迎会の時のことだった。
彼女はとても目立たない、そしてとても控えめな女の子だった。
新入生のその子は歓迎会でも隅っこの方で、ぼんやりと居酒屋の黄色い灯りを
眺めているようだった。
僕は、そのときももちろん女性の服装を着ていた。
僕もそうだったが、サークルの上級生たちはまだ僕の素性を知らない新入生達に
僕のことを女性として紹介していた。
新入生の男の子たちが僕に魅了されるその様を、僕たちは傍目からくすくすと笑い、
からかい続けることを楽しんでいた。
だから、彼女もまた僕のことを女性と思い込んでいた。
彼女は覚えていないのかも知れないが、その歓迎会で彼女が言った言葉を、
僕は今でもはっきりと覚えている。
「先輩はどうしていつも寂しそうなのですか?」
そう。
そのときの僕に、彼女のその言葉の意味が分かるはずも無かった。

それから、僕は何度も彼女を連れてあちこちに遊びに行った。
晴れれば車持ちの友人と誘ってドライブに行き、雨なら街へショッピングに行った。
話してみると、彼女はとても知性的で洞察力の優れた女性だった。
彼女が目立たないのは、彼女が他の人の魅力を引き出すよう、無意識に
行動しているからだった。
彼女が控えめに見えるのは、相手に対する彼女の配慮がとても適切だからだった。
しかしそんな彼女も、僕のことは最後まで女性と勘違いしたままだった。
鋭い感性の持ち主でありながらどこか間の抜けたところのある、彼女はそんな
不思議な魅力の持ち主だった。
彼女と過ごした時間は、僕にとっての大切な宝物だった。

別れは突然訪れる。
そう言ったのはゲーテだっただろうか。

ディズニーランドに彼女を誘ったのは、いつもと同じような晴れた日だった。
お昼ご飯の時にたまたま知り合った二人組みの学生の男の人と、僕たちは午後を
一緒に過ごしていた。
男の子たちは僕が目当てらしくしきりに僕のご機嫌をとろうとしていた。
僕は心の中で悪戯っぽく笑って彼らをからかうことを楽しんでいたが、そのうち彼等は
私の隣にどちらが座るかというみっともないことを理由に喧嘩を始めてしまった。
彼らの剣幕が激しかったからだろうか、彼女は僕にしがみついて震えていた。
そんなときに、その男の子が現れた。
何のことは無い、ごく普通の冴えない学生だったと思う。
彼はあっという間に喧嘩している男の子たちを追い払うと、私たちに心配そうな
声で言葉をかけてきた。
少なくとも、良心的な人だということは私にも分かった。
その後私たちは、その彼と彼の連れの男の子と一緒に夕暮れまで遊んだ。
彼の連れは先ほどの男の子たちと同じように私にばかり話し掛けていたが、
彼は何故か彼女の横を歩いていた。
ぽつりぽつりと口下手に言葉を並べる彼に、彼女はいつもの控えめな眼差しで
時々うなずいていた。
ただ、彼女の口元に珍しく浮かんでいる微笑だけが、僕の心の中で不安を
呼び起こしていた。
彼女がそんな微笑を浮かべたことを、僕は今まで見たことが無かった。

そのとき、彼女と彼との間に何があったのかは知らない。
でも、そのあと彼女は大学から姿を消してしまった。
サークルの後輩たちに聞いても、彼女がいなくなった理由は分からなかった。
大学の職員の人に聞いてみようかとも思ったが、窓口の人の無愛想な眼鏡を
見ると僕のそんなちゃちな決意はどこかに消えていた。
僕はまた以前と同じような独りきりの生活に戻っていた。
ただ頭の片隅にある、なにかとてもやるせない空洞だけが、以前とは
違ってしまっていた。

彼女が遠いアジアのどこかで井戸を掘っていると聞かされたのは、それから
しばらく経ってからのことだった。

雨谷の庵は今日も雨。
< Back |List| Next >
管理者:徳田雨窓