雨谷の庵

[0210] ぺたぺたぺた (2001/11/13)
※クリスマス雑文祭宣伝企画


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ぺたぺたぺた、という音がする。

地面に手の平をかざし、うずくまるようにして床を凝視している人が居た。
そんな風景に私が出くわしたのは、ある日の朝のことだった。
会社に向かう途中、地下鉄の駅の構内に彼等は居た。
そう。彼等なのだ。
一人だけそういうことをしているのであれば、私もついつい見逃して
しまっていたのかも知れない。
もしくは気づいたとしても、どこかのデンパデンパな人類の一種だろうと
タカをくくったことだろう。
目を合わすことを避けつつ、足早にその場を立ち去ることに全力を注いだに違い無い。
君子デンパに近寄らず。三十六計逃げるべし。昔の人は良いことを言うものだ。

ところが、彼等は複数人だった。
ざっと数えて5、6人は居たのではないだろうか。
彼等は皆、地面に手の平をかざし、うずくまるような姿勢で何事かを行なっていた。
彼等は狭い地下構内の一部分を、だいたい5m四方に渡って占拠し、その傍目には
少しばかり面妖にも見える行動に耽っているようだった。
眼差しは真剣そのもの。
時々祈りを捧げるかのようにぺたぺたと、軽く地面を叩いたりもしている。
一瞬、私がまず考えたのは集団デンパだろうかということだった。
この一帯に降り注ぐ様々な種類のデンパが彼等の行動原理を侵食し、このような一見
奇妙に見えなくも無い行動に駆り立てているのだろうかという考えが、頭の隅を過ぎったのだ。
しかしどうもそうではないらしい。
何気に観察してみると、そのぺたぺたの一団の周囲には、彼等を取り巻くようにして
人々が立っていたからだ。
普通、デンパな集団の周りに人が集まったりはしないだろう。
しかもそのぺたぺた団の行為を見守るその人垣達の眼差しは、奇異なものを
見つめるというよりは、どこかしら心配そうな風情で見守るといった感じだった。
何かしらの共感めいたものが、そのぺたぺた団と観衆の間に成立しているような、
そういう印象を私が持ったと思って頂ければ良い。

だとすれば一体彼等ぺたぺたの集団は何なのだろう。
私は彼等を横目にそこを通り過ぎながら普段は余り使いもしない脳味噌を使ってみた。
徳田の推察その1。
彼等は大地の龍脈の位置を確認しているのではないか。
恐らく、この地下鉄駅構内のこの付近には、東京屈指の龍脈が走っているのだろう。
つまり彼等は風水学を専門とする大学生か何かの集まりに違い無い。
言われてみれば、地面を丹念に調べている人はみな、二十歳前後の若い男女だ。
この説の信憑性はかなり高いと言わざるを得ない。
となると彼等を見守るこの人波は、その研究成果に期待を寄せている風水マニアと
いうことにでもなるのだろうか。
そう思って周囲の顔ぶれを確認してみたが、どうもそうではないらしい。
どう見ても通りすがりのサラリーマンや、登校途中の高校生などが人垣の中に
混じっていたからだ。
ということでこの説はとりあえずおいておこう。

徳田の推察その2。
ともかく、関係者の年齢層や職種が多様でばらばらだという点に
着目すべきだったのかも知れない。
となればまず思いつくのはイベント関係だろうか。
季節は冬も到来、11月。
あと半月もすればクリスマスシーズンに手の届く、そういう時期だ。
ならばこれはそのクリスマスに向けた何かしらのイベントと捉えるべきなのかも知れない。
考えてみれば、人はクリスマスに様々な思いを馳せるものだ。
例えば恋人たちはロマンチックな聖夜を過ごすために今から色々と思いを
巡らしているかも知れない。けっ。
寂しい独り者は、何とか楽しくクリスマスを迎えるべく、必死の形相で
駆け回っているのかも知れない。しくしく。
雑文書きたちは来るべきクリスマス雑文祭に向けて着々とその筆を進めていることだろう。
ちなみに私はまだ一文字も書いてませんが。>クリスマス雑文祭用雑文。
マスコットを描いてはみたものの、非公認だし。(※2002/03/31の移転で、画像は整理して消しました)
それはともかく。
要するに、この今私の目下で地面と対面している彼等は、そのクリスマスに向けての
何らかの行為を行なっているのかも知れない。
聖なる大地母神に、感謝の祈りを捧げているのだろうか。<それキリスト教じゃ無いし。
周囲に集まっている人々も、彼等の祈りを温かい目で見守っているに違い無い。

そうかそうか。私もそのうち彼等を見習ってお祈りすることにしよう。
何くれとなく自分の中で納得した私は、少しだけ満足げにその場を立ち去りかけた。
と、ちょうどその時だっただろうか。
「ありましたっ!」
そんな声が私の背後で響いたかと思うと、それまで無言だったあの集団が一斉に
拍手を始めたのだ。
ありがとうございますという若い女性の声が、その拍手の隙間から何度か聞こえてくる。
ここで、私はようやく事情を把握した。
あれは、コンタクトレンズを探していたのだということを。
恐らく、この周辺でコンタクトを落とした女性を手助けしようと、何人かの親切な
若者が手分けして床を調べたのだろうということを。
周りで見て居た人々はその事情を汲み取って、他の心無い人物が床を
踏み荒らさないように彼等を取り囲んでいたのだろうということも。
風水の研究をしていた訳でも、神に感謝の祈りを捧げていた訳でも無かったのだ。

どうやら、私にはちょっとした隣人愛が足りないらしい。
背中を丸めて、私はその場をとぼとぼと立ち去るのだった。

雨谷の庵は今日も雨音が、ぺたぺたぺた。
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管理者:徳田雨窓