雨谷の庵

[0205] 青年の抱き枕 (2001/10/30)


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むにゅむにゅ〜。

 一人の青年の話をしよう。
 大学院を卒業、研究学園都市とか銘打たれた片田舎で研究員として2年くらいを
 過ごしている、そんな青年のお話をしてみよう。
 毎日毎日、変化の乏しい実験を繰返すという日々。
 研究室の周囲もそして自身の安下宿の周囲にもおおよそ刺激になりそうな風景は無く、
 ただゆるゆるとした日常だけが無情に齢を重ね行く。そんな生活を青年は送っている。
 唯一の楽しみといえばネットで得られる情報を眺めることだろうか。
 こんな片田舎でもさすがに昨今ではネットへの接続に不自由することはない。
 青年はさる女性にこっぴどく振られた時期から、自分で書いた日記のようなものを
 ネットに公開したりもしている。
 その界隈ではちょっとした老舗として、青年の日記にはささやかな愛読者が何人か
 集まっているようだった。
 そういえば青年はそれ以来5年、彼女居ない歴を更新し続けているが、今ではそれも
 あまり気にならなくなり始めているのかも知れない。
 なにしろ、彼には抱き枕があるからだ。
 抱き枕というのは、良く出来た代物だ。
 長さ130cm、幅30cm程の円筒形をしていて、これに横から抱きつくようにして使用する。
 横向きになって寝る癖のある人々は大抵、掛け布団の一部を抱えるようにして寝るが、
 そのために背中の部分が外気に露出、冬場は風邪を引くなどという災禍に見舞われることも
 しばしばという実情がある。
 それを、この抱き枕は見事に解消してくれる優れものだ。
 もう掛け布団を抱き込む必要は無い。
 冬場でも安心して横寝ライフを満喫できるという寸法だ。
 しかし青年の持っている抱き枕は、それだけに留まらない。
 何しろ、彼の抱き枕はネットに接続されているからだ。
 ちょうど5年ほど前から政府が駄洒落半分で推進しているIT革命、その
 副作用的恩恵として、今では青年の身の回りのものはほとんどがネットに接続されている。
 レシピをダウンロードしてくる電子レンジ、番組表を自動更新するテレビジョン、
 明日の天気を表示する洗濯機。
 それらの全てが便利という訳ではもちろんなかったが、今更昔ながらの生活に戻る気が
 しないというのは青年に限らず結構大多数の人が感じている実感なのかも知れない。
 青年の場合、特にこの抱き枕への依存度は日に日に増しているというのが実情だった。
 この抱き枕には、簡易のAIが接続されているというのがその主な理由だった。
 昔ハーボットとかいった擬似AIコンテンツの類のものがちょっぴり流行したことがあるが、
 青年の抱き枕はそれに類する機能を提供していると思ってもらえばいいだろうか。
 AIそのものはネットの向うのプロバイダが管理しており、この抱き枕はそこから
 送信される情報を逐次表示しているだけだが、そういった小難しいカラクリに興味は無い。
 抱き枕の表面に投影されるキャラクター、それが青年の言葉に反応して挙動を変える。
 それだけを理解できてさえいれば、それで青年にとっては十分だった。

 「今日はお友達が3人、来ました」
 実験に疲れて深夜に帰宅した青年を出迎えるのは抱き枕のその言葉だった。
 抱き枕の表面には、コミカルなキャラクターが表示されている。
 時々瞬きをしたかと思うと、気まぐれに手を振ったり、ごろりと寝転んでみたり。
 そういう仕草の一つ一つが妙に洗練されていて、巧妙に可愛らしい。
 そのキャラクターは青年からジミーと呼ばれていた。
 青年が地味好みであることを知人がからかってそう名付けたのだが、いつの間にか青年も
 その呼称を使うようになっていた。無精者だからだろう。
 ジミーは青年の好みに合わせて白いブラウスを着ている。
 下着はもちろん黒だ。
 ジミーが何かちょこちょこと動き回るたびに、黒い色合いが白いブラウスの隙間から
 ちらちらとかいま見える。
 その微妙さを青年は楽しんでいるようだった。チラリズム至上主義とでも呼ぶのだろうか。
 この服装をジミーに着せるまでに、青年は1ヶ月の時間を費やしていた。
 仲良くならないと、ジミーのカスタマイズは出来ないからだ。
 ジミーとお話をする、ジミーを別の抱き枕のところにお使いに出す、
 ジミーに新しい友達を紹介する。
 そうした細々とした諸機能を使いこなせば使いこなすほど、ジミーのAIレベルは向上し、
 青年とジミーは仲良しになる。
 そして仲良くなると、様々なオプション機能を利用することができるようになる。
 着せ替え機能は、その一つだ。
 抱き枕仲間の中で、青年はどちらかというと初心者の部類に属するのだろう。
 青年はまだ、この抱き枕を一度も抱いて寝たことがないからだ。
 今はまだ、添い寝しか許してもらえない。仲良しの度合が足りないせいだろう。
 仲良しの度合が増すと、抱いて寝ることをジミーに許してもらえるようになる。
 噂だと、更にその先にはもっと素適なオプションが用意されているという話だ。
 それがどんなものなのかは分からないが、早くそういう機能も使ってみたい。
 青年はジミーと向き合った。
 「どんなお友達が来たんだい?」
 そして、青年のささやかな夜は更けていくのだった。

・・・と、いうような内容の会話が昨夜某所チャットでなされていたので、取りまとめとして
小説風に起してみた次第である。
若干の誇張は筆の勢いとかそういうものであるので、ご了承頂ければと。
それはともかく。
件のチャットでは某青年が某婦人などに謂れのない言語的虐待を夜な夜な受けているとの
風の噂を聴きつけ、これは一度観戦せねばなるまいとの一大決心をもって臨んでみたり
したのであるが、実際には和気あいあいとした雰囲気の中で、某青年が自ら墓穴的に
ネタを振っているというのが実情の様子であった。マゾですか某青年。
ちなみに私はチャットというものにはあまり馴染みがないため、色々と戸惑うことが
多かったということはここで告白しておこう。手際が悪くて申し訳ない。>参加者諸賢へ私信
それでも深夜を回る頃まで快適な会話を楽しむことができ、私としては実にいい時間を
過ごせたのではないかと思っている次第である。
使用済みこんにゃくのリサイクルの話などは非常に参考になった。
何の参考かは内緒であるが。まあ、気にしてはイケナイ。

ちなみに。
実は私は横寝の人である。
であるからして、抱き枕の愛用者である。
もちろん物語中の青年の抱き枕と違いITとは縁も所縁もない素朴な世界の抱き枕であるが、
これを使うか使わないかで安眠度合がかなり異なってくるので最近では手放すことが出来ない。
ということで今夜も私は愛用の抱き枕を抱きしめて寝るのである。むにゅむにゅ。
チャットで疲れ果てた脳味噌も、抱き枕の抱き心地が癒してくれるのだろうか。むにゅむにゅ。
グッナイエブリバディ。世界に安らかな夜が訪れんことを。むにゅむにゅ。
あ。そうそう。
ちなみに今愛用の抱き枕カバーの絵柄は機動天使エンジェリックレイヤーの
鳩子ちゃん(園児)がすっぽんぽ(以下検閲により1万字削除)

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓