雨谷の庵

[0200] バシラスタイプ搭載型 (2001/10/23)


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あながち誇大妄想とも言い切れない。

イヤな時代になったものだ。
何がイヤかというと、エサをやらなければならないというのがイヤなんだ。
ああ、今も私の胸ポケットの中で連中が「エサをくれ」とねだっている。
今はまだ振動機能でぶるぶると震えているだけだからまだ周りの人々の迷惑に
なったりはしないが、そのうちいよいよとなると、あいつらはピロリロピロリロと
けたたましく、それはもう耳を覆いたくなるようなけたたましさで騒ぎ立て
始めるから始末が悪い。
昔はこんなことはなかった。
昔の奴は言ってみれば大和撫子みたいなもんだった。
だいたい、エサなんてものを毎日やる必要は無かった。
もちろん電池が切れそうに鳴れば赤いランプとかで控えめに自己主張をして
くれたりもしたが、それでも今のこの連中と比べればおとなしいものだ。
放っておけば動かなくなるのは一緒だが、昔の奴は自分一人で静かにその
活動を停止させるだけだった。
その時はそんな控えめさに腹を立てていたりもしたが、今思えばそれは素適な
自己犠牲の精神だった。
ご主人様の行動になるべく影響を与えないようにという細やかな配慮を、私は
その動作の機微の一つ一つに感じ取るべきだったんだ。
ああ、懐かしきは古き良き時代。
機械がまだ機械でしかなく、生き物とそれとの間にはれっきとした区別が
誰の目にも明らかだった頃のあの清々しさの、何と尊かったことだろうか。

何の話をしているのかって?
そりゃあもちろん、携帯電話の話をしているに決まっている。
昔は良かった。
君達若い人はもう忘れているかも知れないが、10年くらい前の携帯電話はまだ、
充電式の電池で動いていた。
充電するための装置とかがあって、家に帰るたびにそこに携帯電話を載せて
明日に備えたものだったよ。
昔はそういったちょっとした作業もいちいち面倒に感じていたりもしたが、
それは私の我侭だったんだろうな。若かったのかも知れない。
今のような電池が登場したのはだいたい15年前だっただろうか。
当時はエネルギー問題やら環境問題やらで色んな人があーでもないこーでもないと
愚にもつかない論議を馬鹿馬鹿しくなるような長い時間をかけてしてたものだ。
原油はまだ有限資源だと思われていたし、太陽発電も風力発電も今とは比べ物に
ならないくらい貧弱な時代だったからね。まあ、仕方がない。
そんな時に、このバシラスタイプが登場したって訳だ。
最初、みんなは気味悪がったものだよ。
何故って?
うんうん。今から思えば不思議なことかも知れないね。
最初に実用化されたのはバシラスタイプ-coliだったっていうのも、みんなが
気味悪がった一つの原因かも知れない。
coliっていうのは要するに大腸菌を意味する言葉だよ。
大腸菌というのはまあ、人間とかの腸に住みついている細菌で、大抵は無害
なんだけど時たま毒性をもったものもいたりとかして、まああんまりイメージの
イイものじゃなかったのは確かだ。
この大腸菌の遺伝子を組替えて水素をバンバン生成するように改造したのが、
バシラスタイプ電池実用化の発端だったとかまあ、そういうことらしい。
水素は酸素と反応してエネルギーを出すからね。
しかも、そのあとの廃棄物は水だけ。
クリーンでしかも結構効率のいいエネルギー源として、一部の研究者の間では
有力視されていたらしいね。

このバシラスタイプの一番大きな利点は他の発電手法に比べて小型化が
容易だったことだ。
例えば風力発電。
これは小型化すると、途端にエネルギー効率が落ちてしまう。
ついでに言うと、安定した風力を必要とするので携帯用途の電源としては
ちょっと不都合が多すぎた。
机に座ったりとかする人の携帯電話に、常に風を当てるなんて方法、有るわけないしね。
太陽発電は結構いいアイデアだったんだけど、夜使えないとか、屋内だと困るとか、
まあ色々と不便な点も多かった。
当時から日本とかでは携帯電話に色々な機能を詰め込む方向に技術開発が
進んでいたし、携帯電話っていうのは結構電気を食うものだってことになってた。
太陽電池は屋内だと野外に比べてどうしても発電量が減る。
色々便利な携帯電話が屋内で使えないなんていうことはちょっと許せないことだし、
太陽電池っていうのは結局携帯用途には向かないってことで決着したんだろう。

で、まあそんなこんなでバシラスタイプはどんどん研究が進んで、最初の
バシラスタイプ-coliの他にも色々と開発されたりした。
中にはコレラ菌を改造したバシラスタイプを開発したちょっと頭のおかしい研究者も
居たとかいないとか。
まあ、そんな噂が流れるくらい、バシラスタイプの研究は盛んだったんだ。
実際の話、バシラスタイプには当初思っていたよりも沢山の利点があった。
一番みんなが喜んだのは、エサさえやっていればほとんど無制限に使えたってことだ。
何しろ、バシラスタイプの中身は要するに細菌なわけだよ。
その細菌が死滅しない限り、発電も持続するって仕組みだし。
遺伝子が組換えられているといっても細菌は細菌なので、適度な栄養分さえあれば
繁殖し続ける。
つまり、バシラスタイプにはエサが必要だったし、エサさえあればあとは
何も要らなかったんだ。

これは意外なことに、女の子にウケた。
特に暇で暇で始終ろくでもないことばかりを企んでいる中学生とか高校生は、
このエサをやるっていうことがひどく気に入ったみたいだった。
そう言えば日本では、電子ペットとかいうかなりクダラナイ玩具が流行したりも
したことがあるので、実はこの携帯電話にエサをやるという行為には、
あまり違和感がなかったのかも知れない。
というか、むしろみんな喜んでこの新しい電池の世話をし始めた。
そうなるとメーカーとかは商売っけを出すんだろう。
電池の状態をモニタするための液晶画面上の表示が、カワイイキャラクターに
置換えられるのに、さしたる時間はかからなかった。
昔はそっけない単三電池の形のモノクロの表示が、申し訳程度に画面の片隅に
あったものだけど、そんなものはダサダサな旧世紀の遺物と見なされた。
もちろん、ゲームメーカーとか玩具メーカーとかもこの流れに乗じることになる。
連中は気づいたんだ。
「ゲームを動かすにも必要で、携帯電話にも必要で、しかも規格が
 しっかりしていて互換性抜群の部品というのはなんだろうか」
この問いの答えはつまり、「電池」だったわけだ。
電池にゲームのキャラクター情報がバンドルされるようになったら、そこからは
あっという間に横展開が始まった。
極めつけは電池をセットしておくと、電池の状態に合わせてエサを食べるという
ペットロボットだ。
エサを食べるというだけで、人間というのは親しみを覚えてしまうらしい。
このバシラスタイプ搭載型のペットロボットはあっという間に旧式のロボットを
駆逐してしまった。種の進化というのは劇的だ。
今ではそのエサの製造/販売も立派な商売として成り立っている。
トップブリーダーの推薦だかなんだか知らないが、ウチのロボットは私の
昼飯よりも豪勢なエサを毎日貪っている。どっちがご主人様だかわかりゃしない。

終いには何をトチ狂ったのか、動物愛護の団体だか何だかが、
「バシラスタイプは立派な動物です」とかなんとか言い初めて、
それを間に受けたボンクラが「バシラスタイプ虐待防止条例」なんてものを
制定してしまった。
何でも、バシラスタイプを飢えさせるのは動物虐待に相当するらしい。馬鹿か。
各メーカーはバシラスタイプが極力飢えないような機能を搭載することを
義務付けられ、結果としてこのバシラスタイプ搭載型家電は、電池切れ間際に
なるとけたたましくその「飼い主」にエサを要求し始める、とまあ
そういうことになってしまったわけだ。
おっと。長話をしている場合じゃなかった。
そろそろ、連中がわめき出す頃合だ。ちょっと失礼するよ。

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以上、今朝某国営放送で
「大腸菌に水素を発生させる技術を携帯電話の電池に応用」
といった特集をやっていたので、それを見て思ったことを物語にしてみた。
なんでも4年後を目処に実用化を目指しているとか。本気なのか。
家電とペットの区別がつかなくなる日は近い。のかも知れない。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓