雨谷の庵

[0189] まず踏んでみましょう (2001/09/28)


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うどん教設立か。

ここのところ2週間、土日休日はうどん以外に何も口にしていない。
うどんと言えばアレだ。
小麦粉をこねて麺状に切ったものだ。
以前に自作を試みたことが1度あるのは記憶に新しい。
そのうどんばかりを食っているのである。
朝昼晩の3食はもちろんのこと、酒のつまみも3時のおやつも全てうどんである。
何故にこのような事態になってしまったのか。

事の起こりは私が同居人たちにうどんの自作について話したことであろうか。
今までの様々な経緯から同居人は二人、谷川某(仮名)と浜中某(仮名)の両名である。
実はこの二人、いずれも讃岐の出身だったりするのである。
讃岐だ。
うどんにこだわりがあることでは世界に例をみない、あの讃岐である。
彼等にうどんを語らせたら一晩中はおろか一日中でも語り尽くせないとかもっぱらの噂の、
あの讃岐の出身なのである。
考えてみれば、これは何気にうどんだけの現象のような気もしないではない。
例えばラーメンの盛んな土地というのは確かにあるが、讃岐の人々がうどんに見せる執着心と
同程度までこだわっている人々というのはラーメンには無いような気がする。
蕎麦にしても同じだ。
もちろん私が寡聞にして知らないだけなのかも知れないが。
それにしても讃岐では、年越し蕎麦ではなく年越しうどんを食べるらしいのであるから、
そのこだわり振りはちょっと異常ではないかと思う次第である。
実際、谷川某と浜中某は二十歳を過ぎて讃岐を離れるまで、年越し蕎麦という言葉すら
知らなかったというのであるから驚く他無い。
年越しラーメンというのを聞いたことはないから、ラーメンの盛んな土地の人々のラーメンへの
執着は、讃岐の人々のうどんへの執着よりも劣ると見て九分九厘問題ないのではないだろうか。

それはともかく。
そのうどんにこだわりのある二人が私のうどん自作の話を聞いたとき、彼らは激怒した。
曰く、それはうどんではない。
曰く、それはうどんに対する冒涜である。
曰く、うどんを馬鹿にするヤツは氏ね。
曰く、だからお前は駄目なのだ。
曰く、だからお前には恋人もできないのだ。
曰く、だからお前はオタクなのだ。
曰く、っていうか金返せ。
ううう・・・ごめんなさいもうしません。勘弁して下さい。
何気に理不尽な事を罵られている気もしないではないが、ともかく私の行為はうどんに
対する冒涜ということで二人からの糾弾を受けたのであった。

で。
話がそこで終わっていれば私の失敗談というだけなのであるが。
私は彼等讃岐の人々というものを甘く見ていたのかも知れない。
次の週のことだっただろうか。
ある日、ふと台所の隅を見ると、見慣れぬ鍋が置いてあった。
鍋である。
あの、水を張って料理に用いる鍋なのである。
ところがこれが尋常ではない。
何が尋常でないと言って、その大きさがとんでもないことになっていた。
鍋口の直径が20cmもあるのである。
しかも深さが24cmなのだ。
形は要するに円筒形。言ってみれば単なる筒だ。
よくよく見ると、鍋の壁面には内容量の表示があった。
「15リットル」
おいおい、何を考えているのか。
こんなデカい鍋、何に使うつもりだよ。
思わず私が鍋に向かってツッコミを入れた事は言うまでも無い。

しかし、恐ろしいのはここからなのである。
次の日、その鍋の横には棒が立て掛けられていた。
棒である。
直径は5cmほどだが、その長さが尋常ではない。
1mは超えているだろうか。
私は、これを見て少々不穏な予感を抱いてしまった。
そう、これは麺棒とかいう奴ではなかろうか。
あの、コックさんが食い逃げ野郎を追いかける時にぶんぶん振り回すとかいうあの麺棒である。
この麺棒というものの使い道というのは食い逃げ野郎をぶん殴る以外には、あと
一つくらいしか思いつかない。
しかしその時はまだ、私はその思いつきに確信が持てずに居たことをここに記しておこう。

次の日には、棒の後ろに板が立てかけられていた。
大きさは1m四方だろうか。
何気に、手前の棒と相性が良さそうに見えて仕方がない。
その次の日には、その板に奇妙な形をした包丁が出現し、さらにその翌日には小麦粉が
食器棚の一角を占拠していた。
誰だよこんなにたくさん小麦粉を買ってきた馬鹿は。
見ると、小麦粉ばかりが3kgも置いてある。
こんなにたくさんの小麦粉をいったいどうするつもりなのであろうかとその時は
首を傾げたが、その答えは次の日になってあっけなく解消するのであった。

「じゃあ、まず踏んでみましょうか」
金曜日の夜に彼等讃岐の人々が吐いた台詞である。
何を踏むのかと問うと、うどん生地を踏むのだという答えが返ってきた。
何のために踏むのかと問うと、うどんを作るためだという答えが返ってきた。
とか言っている間に、すでに彼等は小麦粉に水と塩をいい感じに混入し、掻き回している。
何気に夏と冬とでその割合が違うとかなんとか、ブツブツ呟いているところが怖い。
適当な大きさにまとまった小麦粉ダンゴのようなものを、彼等はゴミ袋に入れた。
どすどすどす。
そんな派手な音を立てながら、彼等は思いきり良くゴミ袋を踵で小突き回す。
こ、これがうどん生地を踏むということか。
踏み終わったうどん生地は一晩じっくり寝かせるとかで、その夜はそれで終わった。
翌日早朝、なにやらごそごそと騒がしいので起きてみると、讃岐の人々が例の板と
例の棒で、昨晩のうどん生地を延ばしていた。
その手際が尋常ではない。
寝ボケ眼の私の前で、艶やかなうどん生地が見る間に薄く延ばされていく。
「打ち粉を多くし過ぎると固くなって・・・」云々。
「厚さは均等に3mmから4mmに・・・」云々。
何気に秘伝のノウハウをブツブツと二人して呟いていたりするところは相変わらずである。
で。
延ばし終えたうどん生地を折り畳むと、今度は例のヘンテコな包丁でそれを切り始めた。
太さは均一に、3mmから4mmで揃えなければならないらしい。
引いたり押したりしないよう、真っ直ぐに包丁を切り降ろすのがコツだとか。
なるほど、先ほどまでは単なる布状だったものが、ものの10分で麺状の物体に変化して行く。
おお、なんだか物凄くうどんのような気がしてきたではないか。
すでに並々と熱湯を湛えた例の大きな鍋に、その切りたてのうどんが投入されて行く。
ここでもやはり「沸騰したお湯の対流に麺を泳がせるように・・・」だの
「10分経ったら一度麺の茹で具合を確認し・・・」だのブツブツとノウハウが語られている。
ある意味物凄く不気味な光景だが、讃岐の土地の人々は恐らく、幼少のみぎりよりこういった
行為に慣れ親しんでいるのであろうに違いない。
人々皆うどん職人状態か讃岐。
恐怖、うどん職人星人。いないって。

そして。
遂に、うどんが私の目の前に現れた。
讃岐の人々の秘伝を駆使して製作された、まごうこと無き讃岐のうどんである。
早速食べてみよう。

徳田「う、ウマー」

何ということだ。
物凄く美味しいではないか。
しこしことした歯触りを実現しながらも固過ぎることなく、むしろ表面はにゅるにゅると
独特の滑らかさで喉を潤し、幾ら食べても胃にもたれる事なく何気に自然な小麦粉の
風味を活かし切ったこのバランス感覚はまさに前人未踏のアルプス山脈の頂きに
降り立った天使の微笑みを思わせるべきものでありましょう。
思わず味王と古館が混じってしまったが、とにかくウマーであった。
しかしそんな私の横で、彼等讃岐の人々は更なる高みを目指して議論を
続けているのであった。

谷川「ちょっと、茹でが甘かったですかね」
浜中「いや踏みが足りなかったな」
谷川「もう少し寝かせるべきでしたね」
浜中「打ち粉はもう少し増やしても大丈夫かもな」

恐るべし讃岐の人々。
恐るべし讃岐うどん。
そして恐ろしい事に私のうどん人生がこの日から開幕してしまうのである。うひ〜。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓