雨谷の庵

[0157] ご神体がうどんをこねる (2001/05/29)


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そういえばくびれが無い。

うどんの話をしよう。
うどんはかなり美味しいと、私はここで断ずる者である。
単に私がうどん好きなだけなのでは無いかという疑義はこの際、即却下である。
そもそも私がこのような主張を声高に押し通そうとしているのには
理由とかいうものがあるのである。
まず君等に訊いておきたいのは、君等はうどんを食った事があるのかいという
素朴な疑問である。
どうだ。食った事があるか。
大抵の人はここで「食った事がある」と応えてしまうところであるが、
君等はきっと違うだろう。
そうである。君等は「食った事が無い」とここで応えるべきなのだ。
それが賢明なる読者としての正しい態度であるとかそういうコトなのだ。
間違っても「私はうどんを食った事がある」などと主張してはいけない。
それは物凄く恥ずかしい勘違いとかそういうコトである。
まずはその誤りまくった認識をどうにかしなければいけない。
そうでなければ人生の歯車は狂いっぱなしでダメなことになる。
人として、かなりいけない。
人類というちょっと斜に構えた視点で論じてみても、うどんを食った事があるという
主張はやはり不遜に過ぎるとかそういうものだ。
例えるならば、宇宙人のことをグレイだと思いこんでいるくらいに恥ずかしいと
言い換えても良い。
なんだかよく分からない例えになっているような気もしないではないが、
そういう細かい事も恐らく気にしない方が良いに違いない。

ところで、ここで上記の主張の例外を定義しておこう。
その際に君等がその例外の範疇にあるかなしかを判別するための問いかけは
次のようなものになっていたりする。
「君等は香川でうどんを食ったことがあるか」
これである。
こうでなければダメだ。
東京とかいう片田舎で食ったとかいう主張はこの際、全く眼中にすら入れてはいけない。
そもそも食の街大阪でさえも、うどんだけは扱っていない事になっているのだ。
東京で出て来るうどんはうどんに姿形だけは似ているかも知れないが、
それは擬態を駆使した結果とかそういうことなのである。
では何が擬態を駆使してうどんに化けているのかと言えば、それはよく分からないので
あるが、多分グレイかなにかだと私の電波は囁いているようだ。
大変に怖い。
なにしろ東京で食えるうどんは等しくグレイなのである。
宇宙電磁波の神々しい波動が、うどんを食った者々に直結されてしまっているのかも
しれないという一見怪しげな主張も、これでは全く正論と化さざるを得ない。
そんなことになっては大変なので、やはりここは東京のうどんはうどんではないという
結論で落ちつくことにしよう。
それはとてもとても気持ちのイイ終結ではないか。

それはともかく。
以上説明したように、うどんと呼ぶに足る物質は香川にしか存在しないのである。
何時何処で私がそういった説明をしたのか、大変な疑問に思っている読者諸氏も
居られることかと思うが、ここはやはり賢明なる読者としての振る舞いを忘れては
いけないと思う次第である。
納得して頂いているようで、私としても一安心とかそういうことである。
さて、私が主張するところのうどんを食える場所は、香川の中でもまた限られてくる。
そこで今日は親愛なる読者諸氏にそのうちのいくつかをご紹介しよう。

まずは中村。
私が初めてうどんを食ったのはこの中村においてである。
一口、口にした瞬間に、私はすべてを悟ってしまったと言っても過言ではない。
そう、やはり東京のうどんはグレイだったのだ。食べてはいけない。
もちもちとした食感とぬめやかな光沢が特長とされる中村のうどん。
これは是非皆様に一度試して頂きたい物質である。
ただし、中村は民家の合間に隠れた掘建て小屋であるので、見つけ出すにはかなりの
熟練を要する。
そこは根性でナントカして頂きたい。

次に海岸寺の駅前のうどん屋。
ちなみに私はこのうどん屋の名前を知らない。
海岸寺というのは御寺の名前で、その近くにあるJRの駅もまた海岸寺という名を
与えられているとかそういうコトである。
ここのうどんは何気に美味い。
取り立てた特長があるわけではないが、しっかりとした基本を感じさせる造りである。
場所も駅前で分かり易いので、初心者はまずここを目指すべきかも知れない。

最後に山越。
ちなみに私はこの山越という二文字をなんと読めばいいのかを知らない。
私的には、ここのうどんが世界一である。
まさにうどんの中のうどん、キングオブうどん、世界の王様、宇宙の覇者である。
この物質を食べたことのない人類がもし存在するのであれば、世界はやはり
不幸に満ち満ちていると言わざるを得ない。
とにかく何も言わずに山越を目指して頂きたい。
君等はエベレストの山頂を征服した気分を味わうだろう。

ところで。
何気にうどん講釈をはじめてしまったが、これには少し訳がある。
前述の山越、このうどん屋の亭主が最近上京してきたという噂を耳にした
からである。
山越、ついに東京上陸か。
ようやくその真の力を以って、日本を制圧する決意を固めたのか。
これで東京のグレイは一掃され、アンドロメダの彼方に葬り去る事ができるのか。
興味の尽きないところであったが、どうもそういう話では無いらしい。
聞けば、どうも山越の亭主はあるCMの技術指導のために招聘されたとの
ことであった。
CM。
そのCMでは、かの有名なずんどう教のご神体がうどんをこねるシーンが
あるからという理由であるらしい。
おお、ご神体が山越の神技をもってうどんをこねるとかそういうことか。
ってゆ〜か、そのCMってもしかしてあのCMか。それなら見たぞ。
つまりはあれがグレイ殲滅の切り札だったのか。

人類のグレイに対する宣戦布告の日は近い。
そして世界はずんどう教を称えるであろう。
...何か違う。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓