雨谷の庵

[0134] 神様がゆるさねぇ (2001/01/21)


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さてここでクイズです。

多分何度か書いたことがあるのだが、私は岡山県とかいう片田舎の出身である。
岡山県はだいたい3つの地方に分けて考えると分かりやすく、それは
備前と備中、そして美作である。
備前と備中があるのなら、3つめは備後ではないのかとかいう素朴な疑問を
抱く方もおられるかもしれないが、備後は広島県東部を指すので、岡山県の
区分けには無いのである。
まず岡山県を南北に2分すると、その北半分が美作ということになる。
一方、南半分は更に東西に2分する。
その東部が備前で、西部が備中ということになる。
ところで、ここまで話したところで私は次のような質問を受けることが多い。
「で、徳田さんは備前と備中と美作の、どこに住んでいたのですか?」
で、私はいつも首を傾げてうなるのである。「う〜む」と。

私は岡山県の出身で、更に言えば岡山市の出身である。
実は小さな頃には新見市というところに住んで居たこともあると
親から聞かされているのだが、あいにく小さい頃の記憶など持っていない。
で、問題となるのはその岡山市なのである。
岡山市はちょうど大体岡山県南部の真ん中へんに位置している。
そのせいもあって、私は岡山市が備前なのか備中なのかが未だに分からないで
いるとか、そういうことなのである。
もしかすると、岡山市の中で備前と備中の境目があるとかそういうことなのかもしれない。
ともかく、私にとって備前か備中か美作かという質問は鬼門の一つであり、
これを聞かれた場合にはただただ唸るしかないのである。

ところで。
岡山県出身者と言うと思い出すのは某トラキチの雑文書きの方であろうか。
件のトラキチ雑文家もまた何度かその雑文中で自身が岡山県の出であることを書いている。
そのトラキチ雑文家は私と違い、前述した区分で迷ったことなどないらしいのである。
羨ましいことである。
氏の代表作と言えば勿論トラに関する事々を書き記した雑文の数々であるが、
一時期氏が雑文日記を書き記していたということもまた記憶に新しい。
今はもうその日記は更新停止となっているが、今度は日記読み日記という
新しい試みを打ち出している様子である。氏の精力的な精進ぶりにはただただ脱帽
するほか無い。

ところで。
前述した今は亡き雑文日記に代わって、新しく新・雑文日記なるものが始動していることを、
最近になって知った次第である。
有り難いことにそこでも当雨谷の庵は紹介されており、大変恐縮している次第である。
毎日雑文を読みつつ、それらについて面白おかしくコメントし、
それとなく日記として成り立たせるというのは、不精者の私などからすると非常に
面倒なことであるなぁと思うのであるが、是非とも頑張って頂きたいものである。

ところで。
その新・雑文日記で話題として取り上げて頂いているのであるが、当雨谷の庵の
各雑文のそれぞれの題名についてこの際なので書いておこうと思う。
もうお気づきの方もきっとおられるに違いないのであるが、私は雑文の題名は、
文中に書き記した文言の中から適当に選んだものをそのまま貼り付けただけのものである。
勿論例外もあって、それは各種雑文祭で題名縛りが提示されているときである。
「秋の夜長に」「マーマレードの空」などはそういう類のものである。
あとは、第一回目の雑文も、題名は文中にまったく出てこない。
これはまだそういった方針を考えていなかったためで、というよりもむしろHTMLの
更新のためのテストとして書いたような文章だったために、そうなっているのである。

ところで。
前回の雑文も実は、題名が文中に出てきていない例の一つである。
これは実は私の操作ミスが原因となっている。
いつものように文中の文言を拾ってきたまでは良かったのであるが、どうやらそこで
間違えて「切り取る」を選んでしまったらしいのだ。
いつもならばここは「コピー」で無ければならないところである。
そのため、本来その題名となる単語が有るべきところにその単語が抜けてしまっているとか
そういうちょっと情けないことになっているのである。
しかもその箇所で、私はその単語そのものについての冗談めいた記述をしているのであるから
更に傷は深い。
ちょっと読んだだけでは意味が取れないばかりでなく、何やら私一人でおどけているという
ように見えてしまうのであるから恐ろしいことである。

と、ここまで読んで頂いた賢明なる読者諸氏としては当然思うだろうことは恐らく、
「そんなのさっさと直せば良いじゃねぇか」というものであるのだと考えるのである。
しかしよくよく深読みして欲しいのである。
言ってみればこれはネタである。
ネタが有った場合、卑しくも雑文を書く者として己を自認しているのであれば、それを
書かねばならないとかそういうことである。
みすみす降って沸いてきたネタを書き漏らすなどということは、私が許しても雑文の
神様がゆるさねぇとかそういうことに違いないのである。
お米の一粒一粒にお百姓様の真心が宿っているように、ネタの一つ一つには雑文書きたちの
怨念が積もり積もっているに違いないのである。
これを粗末にすると、孫の代まで祟られかねないのである。
恐ろしいことである。

ということで、前回の雑文の件の抜け落ちた箇所は今回ネタとして使ってしまったので
そのままにしておくとかそういうことにしておくのである。
もちろん、修正するのが面倒くさいとかそういう俗物的な理由でないことは、ここまで
お読み頂いた読者諸氏であるならば当然お分かりのことであると思う次第である。
...OK?

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓