雨谷の庵

[0131] 財なきものは真心を (2000/12/31)


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それではよいお年を。

昔々あるところに、玉という名の仙人がいた。
玉仙人は年に一度だけ里に降りて来て、一番最初に出会った者の願いを
一つだけ叶えることで知られていた。
昨年玉仙人に出会った老人は若返り、一昨年玉仙人を見つけた男は今、
この国の主になっていた。
何故玉仙人が人々の願いを叶えてくれるのかを知る者はいなかったが、
誰もそのことを気にはしなかった。
何時から玉仙人が人々の願いを叶えてくれているのかを知る者は
いなかったが、誰もそのことを気にはしなかった。
ただ玉仙人は一年に一度冬至の過ぎた頃に現れ、出会った最初の者の
願いを叶え続けているのだった。

その年の冬も、玉仙人は里に降りてきた。
玉仙人が里の入り口に足を踏み入れかけたとき、道脇の栗の木の下に、
小さな女の子が立っていることに気がついた。
年の頃は5つくらいだろうか、その女の子は玉仙人の方を不思議そうな
眼差しで見上げていた。

玉仙人は溜息をついた。
「やれやれ。もう見つかってしまったわい」
玉仙人は女の子の方に向き直ると、ゆっくりと腰をかがめた。
「こんにちは。お嬢さん」
「こんにちは」
女の子は玉仙人の顔をまじまじと見ると、挨拶を返した。
「仙人さまのおヒゲは長いのね」
「もうずいぶん長いこと仙人をやっておるからのう」
女の子は玉仙人のその言葉に安心したように微笑んだ。
「仙人さまは今日、何処に行くの?」
女の子のその問いに、玉仙人は自分の髭をしごきながら答えた。
「母の墓参りに行くつもりじゃったのじゃがのう」
「おかあさんのお墓参り?」
「実はわしはこの里の生まれでのう。餓鬼の頃から大人になるまでここで
 育ったのじゃ。訳あってこの里を飛び出した後は一度も戻って来なかった
 罰当たり者じゃがな」
玉仙人は遠くを見るような眼差しで続けた。
「そのせいで母の死に目にも会えんかった。仙人になった今でもそれだけが
 心残りでのう。毎年、母の命日には里に降りてきて墓に参ろうとするんじゃが、
 なかなかうまくいかんものじゃな」
女の子は不思議そうに首を傾げた。
「お墓参り、したことないの?」
玉仙人は寂しそうに微笑んでいた。
「見ての通り、わしは仙人じゃ。仙人は滅多に人里に降りてきたりはせぬものじゃ。
 だからじゃろうな、里の者はわしを見るとすぐに願いを叶えてくださいだの
 病を治して欲しいだのとすがって来るのじゃな」
玉仙人は二たび、溜息をついた。
「人の願いを叶えるというのは結構疲れるものでのう。わしは願いを叶えた後は
 もう歩く気力も無くなってしまうのじゃ。仕方なしにわしは墓参りを諦める、
 そういうことなのじゃ」
玉仙人は話し終えると、背を伸ばして女の子を見下ろした。
「どうじゃなお嬢ちゃん。何か願い事はないのかの」
女の子はにっこりと笑うと、その願いを口にした。

昔々あるところに、玉という名の仙人がいた。
玉仙人は年に一度だけ里に降りて来て、母親の墓参りをすることで知られていた。
昨年玉仙人に出会った老人は餅を、一昨年玉仙人を見つけた男は金一封を里の
人々に配って回った。
何故玉仙人が母親の墓参りをするのかについては里の者の皆が知っており、
そして皆がそのことを気にかけていた。
何時から玉仙人が母親の墓参りをしているのかについては里の者の皆が知っており、
そして皆がそのことを気にかけていた。
そう。
玉仙人は一年に一度冬至の過ぎた頃に現れ、出会った最初の者はこの親孝行な仙人に
最初に出会えた幸運を里の皆と分かち合うために、何かを里じゅうに配って回る
ようになったのだった。
財あるものは財を、財なきものは真心を。

いつしかその配り物は、玉仙人とその小さな女の子の名前をとって、
「お年玉」と呼ばれるようになったという。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓