雨谷の庵

[0103] 乳にあって乳でなし (2000/08/29)


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虚ろなのです。

某あたい的な雑文書きのサイトの掲示板では一時期、美乳だの巨乳だの普乳だのといった、
白昼堂々と何をトチ狂っているのか分かったものでは無いような内容の論議が
されていたりもした。
ちなみに美乳は美しい乳、すなわち見目麗しき形良き乳のことであり、巨乳はとにもかくにも
でかでかとした乳、すなわち重量感とそのサイズにおいて人目を圧倒しまくる乳のことであり、
さらに普乳に至ってはただただに普通平凡並々の乳、つまり特に何の変哲もなさげに見えて
しかしれっきとして乳であることに疑いの余地は無いという乳のことである。

さて。
件のトチ狂った掲示板で、私の目を引いたひとつの言葉がある。
虚乳。
これは乳は乳でも全然乳らしく無いというか、乳でありながらにして乳たる素質を全く
有していないであるとか、そういう類のいわゆる乳を表現するのではないかとの
議論が巻き起こって然るべきに違いありません隊長殿とかまあそんな感じの乳のことである。
乳にあって乳にあらず。
美乳を乳の中の乳、巨乳を乳の父、普乳をただの乳とでも例えるならば、まさに虚乳こそ
乳にあって乳でなしという地位を誇って然るべき、そういう存在であると私は思う訳である。
実のところこの虚乳、「ぺたぺた」を言い表すに相応しい言葉では無いかとの指摘もある。
幼き人々の見目形をもって至上の幸福として崇拝しているようなある業界、すなわち
世間ではロリロリ野郎どもなどとちょっとばかり差別的な扱いを受けているかもしれない
そういう人々の間では、幼体における3種の神器なるものが存在したりする。
上から順番に並べると、「ぷにぷに」「ぺたぺた」「つるつる」がその神器の名称で
あるのであるが、その意味するところには深遠なる哲学にも似た一種の悟りの境地が
開けているとのもっぱらの噂である。
いやいや、それは悟りでも何でも無くて、つまるところ要するに開き直りとか言う奴なのでは
ないかというツッコミもかなりの方から頂いてしまいそうな雰囲気であるが、そこは
この際気にしないでおくことにしてしまうのである。
ちなみに「ぷにぷに」は頭部、「ぺたぺた」は胸部、「つるつる」は下腹部を象徴する
神器であるので、覚えておくと公務員試験とかで役に立つかもしれない。嘘です。
他にも脚部に「ぽよぽよ」なる第4の神器を見出してしまい、更なる高みへと
大悟してしまった人々もいるとの情報もちらほらと耳にすることがあるが、
真相については定かでは無い。

話を戻そう。
この件の虚乳、巨乳の対位に位置付けられるものとしてかの掲示板で提案された
名称なのであるが、これは実に有益な提案であったのでは無いかと私は思う訳である。
つまりこの「虚」という文字と「巨」という文字、虚乳/巨乳の例を詳細に
考察するまでもなく、意味的にはほぼ真反対の状態を表すことが多い。
しかも、読みは「きょ」で同じである。
これを利用しないでどうしろというのであろうか。
いや、利用しなければならない人として。
ということで、この虚/巨関係を利用して、虚乳のような新しい造語を作ってみることにした。

○巨人 --> 虚人

巨人といえば勿論あの金満体質のプロ野球チームのことであるが、これに虚/巨変換を
掛けてみると、たちまちのうちになんだかとても弱くて貧乏そうな球団に早変わりである。
弱くて貧乏といえば某関西の人気古参チームの事ではないかという指摘もあるかとは
思うが、そんなことを口にするととても怖いお兄さん達がしばきたおしに来てしまうので、
それはこの際無視である。
それはともかく、どうだろう。
日頃巨人に煮え湯を飲まされている人々に虚人の使用を勧めてみるというのも
一興かもしれない。

○巨視的 --> 虚視的

巨視的といえば、大きな視点から物事を把握するといったような意味合いがある。
それがどうであろうか。
虚/巨変換をかましたとたん、何故か視点は虚ろになってしまうではないか。
もはや何も見ていないような気がしないでもないである。虚視的。

○巨根 --> 虚根

巨根といえばアレである。
大根の大きな奴のことである。
大根も知らない人にはこれ以上説明することは何も無いので、お引き取り頂きたい。
それがどうだ。
虚/巨変換を行ってみたとたん、立派で惚れ惚れするような男ぶりが、たちまちのうちに
貧弱なチキン野郎に早変わりである。
このフニャちん野郎との誹りを受けても仕方の無いところであろう。

○虚無 --> 巨無

今度は逆変換を試してみた。
虚無というと、あの有名なネバーエンディングストーリーとかいう映画で言うところの
Nichtsとかいう悪い奴のことである。
魔王の一種のようなものであろうか。
ところが変換をかけてみるとどうだ。
とにかく大きなトテツモナイ無になってしまうではないか。
これはもしかするとアレか。
仏教思想で云うところの無の境地の大きい版とかいう奴である。
悟って悟って悟りまくった挙句に、とにかくでかでかと無なのである。

もしかすると、ロリロリ愛好の人々のことかもしれない。
恐るべしロリロリ。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓