雨谷の庵

[0098] 髪の毛を切ってみた (2000/07/24)


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少しは涼しくなったです。

突然であるが、髪の毛を切ってみた。
いわゆる世間とかで良く言われるところの散髪とかいう奴である。
髪の毛を散らしてしまうのである。
禿オヤジ連中にしてみればまさに狂気の沙汰とかいう奴であろう。
抜け始めて分かる、髪は長いお友達。
そんなことを恥ずかしげも無く言い切っていたコマーシャルも昔見たような気も
しないではないが、そんなことはとりあえずどうでもよかったりする。

ちなみに散髪屋で散髪したのである。
貧乏金無し暇も無しとかいう御仁の中には、自分で自分の調髪を断行せざるを
得ない状況を経験しておられる方もあろうかと思うが、残念ながら私はそこまで
お腹が空いている訳では無い。
そう言えば某お腹を空かせたヴォーカリストのサイトでアンケートに似た企画をやっていたが、
何故か70%という良く分からない結果になってしまったのは一体どういうことであろうか。
70%くらい貧乏だとか、70%くらいイケマセンな状態になっちゃったりして
いるんだぜぇとか、あと30%でお腹空きまくりっスいやんいやんとか、
そういうコトであろうか。
それにしても70%な破竹ァーに認定された以上は、今後精進を重ねて真の破竹ァーを
目指さねばなるまいと心に誓う今日この頃である。
いや、嘘です目指してません。スミマセン。

それはともかく、散髪屋で散髪したのである。
なにしろ半年振りの散髪である。
前回は、関西から関東に引っ越す直前に行なったのだ。
あれは寒風吹きすさぶ真冬のことだったと記憶している。
前髪は顎の先に到達し、襟足も肩口を覆うぐらいまで伸び放題な状況であった。
引越しの荷造りの際、その結構長く伸びてしまった前髪が、邪魔で鬱陶しくて仕方が
無かったために、しぶしぶ切ったのである。
このしぶしぶというところが味噌である。
ここまで読まれた方の中で賢明な読者かもしれない方々にはもうお分かりかもしれないが、
いやいやこんなお馬鹿なサイトを読んでるような人が賢明な訳ねぇだろとか
そういうコトはおいといて、私は散髪という奴が嫌いなのである。

まず、何をおいても髪の毛を切ってしまおうというその行為自体が気に食わない。
髪の毛は伸びるものではないか。
良く「髪の毛を伸ばす」という台詞を耳にすることがあるが、アレこそが認識を
誤らせる元凶だと思わずにはいられないとか、そう考える次第である。
だいたい己の意思で自発的に髪の毛を伸ばすことなど、人類ごときに出来るはずも無かろう。
そんなことが出来ようものなら、世の中に禿オヤジなど存在しないはずである。
髪の毛は勝手に伸びるものに他ならない。
そして、禿オヤジの髪の毛はもう伸びない。それだけのことである。
つまりである。
髪の毛が伸びた状態というのは自然現象によるごくごく普通の状態に他ならないのであり、
髪の毛を短く刈とった状態は極めて不自然かつ恣意的な状況と言わざるを得ないと
ここに主張する次第である。
ただし、禿オヤジは上記の論旨の対象外とする。
禿は禿こそが正しく、あるべき姿であるためである。

次に、髪の毛を切ったことによる周囲の人々の反応が気に食わない。
「あれぇ徳田君。髪の毛切ったんだね」
切ったんだよ。切ったのさ。切って悪いか。切ったからどうやっちゅうねんこら。
「徳田君。失恋でもしたのか」
なんでやねん。髪切った人間はみんな失恋者かい。恋愛失敗経験者なんかい。
「一瞬誰かと思ったよ。髪の毛切ると、人相変わるね徳田君」
お前は他人を髪の毛で判別しとるんか。髪形変わったら認識に失敗するんかいワレ。
とまあ、このような調子で一日中何かしら声を掛けられてしまうのが嫌でイヤで
しょうがないのである。
何しろ私は平凡人である。
人に注目されたりとか、そういうことは苦手なのである。
「もしかしてイメチェン?」
死語だろそれ。

しかし何と言っても散髪屋という存在自体が気に入らないことをここに記しておきたいと思う。
「お客さん、だいぶ伸びましたねぇ」
五月蝿いほっとけ。お前は黙って髪の毛切ってりゃ良いんだよ。
「で?どうします?」
横と後ろはバリカンで刈り上げて、前髪は3cmまで切っちゃってください。
「3cmですか?短すぎませんかね。髪の毛立っちゃいますよ」
良いんだよそれで。誰も気にしやしないんだからさ。
「じゃ、切りますね」
ジョ〜リ、ジョ〜リ。チョキチョキチョキ。
「それにしてもアレですね」
バリカンやハサミを操りながら、散髪屋は言うのである。
「お客さんて、長髪似合ってないですよね」

ほっとけや。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓