雨谷の庵

[0071] 噴火でドドーンは火砕流 (2000/04/14)


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小渕某が倒れた一因かも。

有珠山が噴火しているのである。
4月の初頭に噴煙を上げて以来、既に半月程が経過してしまったが、
その勢いはいまだに沈静の様相には至っていないようである。
有珠山周辺に在住の方々には心底からお見舞いを申し上げる次第である。
お体にはくれぐれもお気をつけ下さい。

さて。
噴火というと思い出すのは雲仙普賢岳である。
例のあの火砕流で名を馳せまくった、火山のことである。
Webサイトで調べてみたりなどすると、件の噴火は1990年の末頃から始まり、
1995年のはじめ頃まで続いたとある。
死傷者を出したあの悪名高い火砕流は1991年の5月から6月にかけてのものらしく、
死者43名という恐ろしげな記述も目に止まる。
有珠山で今のところ死者が出ていないのは、僥倖である。
雲仙普賢岳での苦い経験が、今回の有珠山で活かされている結果であると論じる
向きも有るようであるが、実際はどうなのか私には良く分からない。

ところで。
私は1992年の8月頃に、件の雲仙に旅行に行っていたことをここで告白しよう。
1992年である。普賢岳は未だ渦中の人である。
何を考えていたのかは良く覚えていなかったりするのであるが、確か宿泊料が
安かったのであると虚ろ虚ろながらに記憶していたりする。
雲仙とは言っても普賢岳を旅行したわけではもちろんなく、火山活動の影響を
直接には受けていない普賢岳とは別の地域の温泉を訪ねたのである。
つまりである。
火山の噴火によって、当時どうやら雲仙全体が観光不況に陥ったらしいのである。
雲仙雲仙とはいっても、それはかなり結構大胆に広い地域のことを指しているわけであり、
普賢岳だけが雲仙だったりするわけではもちろん無いのである。
要するに普賢岳が噴火しているさなかでも、噴火の影響を直接には受けない
雲仙も当然ながら存在するわけである。
そして、そうした地域では噴火を横に眺めながら、観光業で口に糊する方々が
おられたわけである。ま、当然であるな。
しかしながら一般的にはどう思われていたか。
雲仙と言えば普賢岳、普賢岳と言えば噴火でドドーン、噴火でドドーンは火砕流、
火砕流なら死者43名、死者43名なら当然それは危険極まりない訳で、
この見事なる数段論法の帰結として「雲仙は危険極まりない」という認識を、
結構な数の方々が持っていたようである。
これでは観光に行こうという人々が減るわけである。
これが世に言う「平成普賢岳火砕流とばっちり迷惑雲仙観光不況」である。
いや、誰も言ってないけど。

ということで、安かったのである。雲仙の温泉旅行が。
当時、私はまだ学生をやっていたので、その安さにつられたと言っても過言ではない。
いや、つられたに決まっている。断言するにもやぶさかでない。
何しろ私はケチなのだ。3度の飯よりもケチが好きとかいう、アレである。
守銭奴とも言う。貧乏だけど。
そんな私のことであるから、普賢岳が噴火しようが、火砕流で死者が出ようが、
死者が化けて出てこようが、そんなことは知ったことでは無かったりしたのだ。
そう。噴火など気にしてはいけない。安ければそれは幸せに決まっている。
人はパンのみにて生くるにあらず、金もまた必要だおおジーザス。

今から考えると、結構不謹慎な旅行であったように思う。
まずは島原湾。
泳ぎましたとも。ええ、夏真っ盛りの時期でしたから。
普賢岳の鎮座する岸とは反対側の海岸で、馬鹿丸出しの呈で泳いだのである海を。
良く晴れた天気であったので、対岸の普賢岳の様子がはっきりと眺望できたのも
結構良く覚えている。
「この後、あそこに行くんだよな」
「そうだな。むむ、あのモクモクしたものは何だ。火砕流か」
「おお、あの有名な」
「そんなわけないだろ」
「そうだよな。はっはっは」
「はっはっは」
我々の清々しい笑い声が一時ばかり島原湾にこだましたかもしれない。
後で見たニュースだと、ちょうどその時結構大きな火砕流が発生していたとかで、
我々の不謹慎さの度が知れようというものであった。

お次は温泉である。
「ここのところお客さんがさっぱりでねぇ」
などと宿屋のご主人がこぼしていたかどうかは私の知るところではないが、
かなりガラガラの空き状態であったのは記憶している。
出てきた料理もかなり美味しかった。
また行きたいなぁと密かに懸想していたりもするが、どこの宿屋であったかは
綺麗さっぱりと忘れてしまっているので始末が悪い。
きっと高いんだろうな。今行くと。

最後は台風である。
雲仙の後は長崎の市街を観光したのであるが、その頃からかなり風雨の気配が
怪しかったのを覚えている。
なにしろ、台風が来ていたのだ。
台風である。
夏の風物詩などという可愛いものでは勿論ないが、夏に時々やってきては
災害中継でお茶の間を興奮の渦に巻き込む例のものである。
この時の台風は確か10号で、九州に直撃して大きな被害を出した奴である。
長崎から博多に移動した後、我々は新幹線で岡山に帰る予定だったのであるが、
なにしろ台風である。
新幹線の奴は生意気にも操業を停止していたりした。
ううむ役立たずめ新幹線。
仕方が無いので夜行バスで一晩かけて帰ることにした。
まあ、結局は無事に帰れたのであるから、我々は幸運だったのである。
そのあとのニュースなどを見ると、件の普賢岳では台風が原因で大規模な
土石流が発生して国道が流されてしまったとか言っていたりした。
うむう。その国道は我々の帰り道に使用した奴ではないか。
つまり、旅行の日程があと1日後ろにずれるか、台風の馬鹿があと1日早く
到来するかしていれば、我々は雲仙で足止めを食らっていた計算になるのである。
私たちは幸運ですあなたに幸あれおおジーザス。

あの時の旅行のことは仲間内で「雲仙台風10号災害ツアー」などと称して
今でも語り草であったりする。
不謹慎極まりないとはこのことであるが、気にしてはいけない。
それはともかく。
私は件の経験から、皆様に次のように進言する次第である。
「有珠山いま安いっすよ」
こらこら不謹慎なのはお前だ徳田。
でも北海道は台風って滅多に来ないんだよな。つまらん。
だからヤメロって。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓