雨谷の庵

[0070] 花見も馬鹿の一種 (2000/04/12)


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春ですよ春。うらら。

桜が満開である。
春風がぴゅうぴゅうと吹きすさんでいるため、散り行く桜もまた
ひぃらひらといった感じである。
日本を代表する春の風物詩であるところの桜がそのような状態であるのであるから、
まさに今こそが春に間違い無い。
世の中では、春は芽吹きの季節とか言うと小耳に挟んだことが有り、
まあそういうわけで春になると色々と出てきてしまうものなのである。
春になると出てきてしまうもの。
私はそれについて、いくつか思い当たる節があったりする。

まずは虫。
虫は寒くては生きていけない生き物なのであると聞いたことが有る。
つまりは、冬には居なかったりするのだ虫は。
虫が嫌いな人に聞けば、冬が好き虫居ないからなどと妙なことを
口走ったりするので、寒がり屋さんの私としてはとても正気の沙汰とやらが
気になってしまうが、まあそれはどうでも良いことなのであるこの際。
私、虫好きだし。蜘蛛なんかもう最高。それもどうでも良いだろこの際。
とにかく、この虫の野郎どもは春になるとぞろぞろと出てきて
しまったりするのである。
暖かいから動けるようになっただけという噂もありそうであるが、
そこはそれ虫がそのチンケな脳味噌でそんなことを気にしようはずもなく、
また呑気な私がそれを気にする訳もなく、だから気にしてはいけないので
あったりするとかそういう事だ。納得。
なんでやねん。
それはともかく春には出てきてしまうのだ。虫が。

そしては花粉。
何しろ春なのであるから花が咲いてしまったりするのである。
前述の虫どもが出てくることにも微妙に関連があったりもするのであるが、
花といえば何を隠そう、植物どもの生殖行動を担う重要な物体であるからして、
当然ながらそれは生殖行動を行っているわけである。しかもただヒタスラ。
花が行う生殖行為のその主な部分は花粉の頒布であると私は勝手に思い込んで
居たりするわけであるが、すなわちそれ故に、春には花粉が出てくると論じて
みていたりするわけである。
何しろ花粉だ。生殖器から噴出される、いわば精液だ。
傍迷惑なことには、植物の野郎の中には己のイチモツから噴出するそれを、
風まかせにばら撒く輩が存在したりする。
スギ、ヒノキ。お前等の事だこの露出狂め。
従って我々人類は、春が来るたびに連中の生殖行為の只中に
晒されてしまうわけであり、毎年毎年否応無しに全身精液まみれにされて
しまったりしてしまうのである。なんか嫌だなこの書きかた。
とにかく春には出てきてしまうのだ。花粉が。

さらには馬鹿。
馬鹿と書けば角が立ちそうな気もするが、間抜けと書けばいいかというと
そう言うわけではもちろんなく、でも基地外などと書いてしまっては
放送禁止の処分を受けてしまいかねないこの微妙な問題を私が
気にするはずは無いので、ここでは敢えて馬鹿と書く次第である。
気にしてるやんけ。
とにかく春だから馬鹿も出てきてしまうのである。
何しろ春だ。
厳しい寒さを耐え抜いた人間様の脳髄がこの非常識にのどかな雰囲気に
晒されて妙な感じにちょっとどうかなってしまったりしても別段不思議な
事でもなんでも無いと思ったりするわけである。
ちんちんホリ出して野外を徘徊したりとか、股間の貧相な竿を右手で
やる気満々の呈でしごきまくったり、あまつさえそこら中になにやら白っぽい
噴出物を散らして回ったりとかしたところで、何処の誰が彼を咎め立てすることができようか。
いや、できるだろ普通。警察呼べよ。
まあそれはおいといても春には出てきてしまうものだ。馬鹿が。

馬鹿といえば花見も馬鹿の一種には違いない。
前述の馬鹿もそうしたところで見かけたりするので注意が必要である。
気をつけたまへ。気をつけても無駄かも知れないが。
それにしてもアレである。
先ほどから気になっていたのであるが、この私の頭上からボトボトと
落ちてきている桜の花はどういう了見であろうか。
桜はひらひらと散るのではないのか。それが日本古来からの慣わしではなかったか。
花びらの「びら」だけで良いのだよびらだけで。
つまりはびらびらなんだよ重要なのは。そこのところは分かっているのかね諸君。
とにかく花ごとボトボトと落ちるなどとは風情が無い。言語道断である改めたまへ。
そのような妙な落ち方は、ツバキの奴にでも任せておけば良いのだ。

しかしながら私の厳重注意を知ってか知らずか、この不届きな桜の奴は
一向にその無粋な所業を中止するようにはない。
何故にそこまで頑なに日本の良き伝統に刃向っているのかを少々不審に思った私は、
己の頭上をしばしの間良く良く観察してみることにした。
ん〜〜〜。なんか桜の枝の合間をちゅんちゅんと飛び回っているモノが居まちゅね。
スズメの野郎どもである。
どうやら、この連中は何を考えているのかは知らないが桜の花をついばんでは
下に投げ落とすという行為を繰り返しておる様子である。
血迷ったかスズメ。
お前らがついばんでいるそれはあろう事か、桜のイチモツに他ならなかったりするのだぞ。
イチモツを摘み取られる桜の悲哀がお前らには分からぬのか。分かんねぇんだろうな当然。
それにしてもスズメにイチモツをついばまれるというのは、思い描くほどに
背筋に虫が走るの光景だ。哀れなり桜。合掌。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓