雨谷の庵

[0060] あの学説は真実であった (2000/03/07)


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これも世代間格差とかいう奴か。

高等学校や中学校といったものに通っている女子学生の生態というものは、
とにかく謎の多い代物として社会的に認知されているのではないかと思う。
関西に住んでいた頃にも薄々感づいていたのではあるが、東京に引っ越してみて、
その思いは急激にその強さを増したように感じている次第である。

まずはガングロ。
何故黒いのだ。黒って何だ。黒信号でバックするのか。
大阪の繁華街といえば心斎橋商店街界隈、道頓堀であるとかが有名である。
食い倒れ人形がのほほんと立っていたりする、例のアレだ。
私は休日などにそういった場所をうろうろしていたりしたが、それでも
ガングロなどという妙な生き物に出くわすことは少なかったように思う。
それが東京ではどうだ。ガングロだらけではないか。
私が頻繁に利用する駅の中に渋谷と池袋とがあるが、そのどちらにおいても
件の生物は跳梁跋扈しておるようである。
何故黒いのだ。黒って何だ。バックで責めるのか。
ここまで数が多いと、彼らが人間ではない何か別の生態系であるように
思えてくるから不思議である。
そうなってくると、もしかしてガングロ畜産場とかが存在するのでは
ないかといったミョウチキリンな錯覚を覚えてみたりもする。
もちろんガングロ畜産場ではガングロを飼育しているのだ。
餌には抗生物質をガンガンに混ぜて発育を良くしたりするのだ。
そんでもって抗生物質の使いすぎで耐性菌が蔓延してしまっていて、
耐性黄色ブドウ球菌やVREでてんこもりだったりするのだ。
バンコマイシンもへっちゃらとかそういう奴だ。
日本は実はそこで収穫したガングロを海外へ輸出したりしているのだ。
日本の貿易黒字の結構な部分がガングロかもしれないではないか。
だからきっとアメリカとかが文句を言うのだ。
スーパー301条とか訳の分からん貿易規制を持ち出してきて、
アメリカ国内のガングロ業者を保護しようとしてみたりとか、
通商問題が大騒ぎのてんやわんやなのだ。恐るべしガングロ。

ガングロに比べて、ルーズソックスというのは最近聞かなくなった。
岡山に住んでいた頃からルーズソックスの流行現象なるものを認識していた
ように記憶しているので、流行始めたのは5年ほども前のことなのだろう。
5年前とかいうとアレだ。Windows95とかと同じ年齢だ。
大阪でも結構ルーズソックスを見かけたし、東京に来てからもだいたい同じような
比率で見かけるように思う。
まだまだ現役なのだなルーズソックス。
私は過去の流行というものに対して、そこはかとなく哀愁を感じてみたりする
人種なのであるが、ルーズソックスもそろそろそういった境地に達してきたと
いう感がある。
「足が太く見えるから不恰好ではないか」という御主張もあろうことかとは思うが、
太く見えたっていいではないか。だいたい足が細いのが良いなどと、
どこの誰が決めたのだ。細いって何だ。細いとバックが好きなのか。
ルーズソックスを履く女子が減少傾向にあると分かった以上、黙っていないのは
動物愛護の関係者なのではなかろうか。
絶滅の危機に瀕しているルーズソックスを、密猟者の魔の手から保護せねばならぬ。
そういった立派な主張でもって、市民に広く呼びかけたり、署名を募ったりせねば
ならぬのであろう。
日本人の一部がそうしているような、ルーズソックスを捕獲して食べてしまうような
行為はきつく禁止せねばなるまい。
ルーズソックスは牛や豚と違って賢く、超音波で会話できるのだから食べるのは
可哀想であるとか、そういう議論も巻き起こってしかるべきである。
WTOとかワシントン条約も利用すればもっと効果的だ。
特別天然記念物として保護するよう政府に要望書を出したりもすべきであろう。

ところで。
今絶滅の危機に瀕している件のルーズソックスについて、興味深い学説が
流布されていることをご存知であろうか。
「ルーズソックスは黒ハイソックスへの進化の過程である」
私はその学説を裏付ける有力な現象に遭遇した。
先週の土曜日のことである。
私は池袋のゲームセンターでいつも通りにうろうろしていたりしたのである。
そのゲームセンターの片隅で、女子学生と思しき風体の者々が数名、
プリクラなるマシンの周囲でたむろしている風景を目にした次第である。
私はオヤジの範疇に属するものとしての当然の行為として、その一群の
生態調査を行うべくつぶさに観察を行うこととした。
こらこら。誰ですか覗きだとか妙な言いがかりをつけているのは。
私は純粋に科学的な興味でもって学術データの収集に努めていただけである。
誤解なきようお願いしたい。
それはともかく。
件の女子学生は皆一様にルーズソックスを着用していたのであるが、どうも
何か様子がおかしいように思えた。科学者の勘という奴である。
と突然、彼らは何を考えたのか一斉にそのルーズソックスを脱ぎ始めたではないか。
「あ」
私は驚愕の声を抑える術を持たなかった。
何と、彼らが脱いだルーズソックスのその下には、黒々としたハイソックスが
着用されていたのである。
何という事だ。あの学説は真実であったのである。
ルーズソックスは黒のハイソックスの上に着用すべきものであったのだ。
黒のハイソックスはルーズソックスの下に着用すべきものであったのだ。
ルーズソックスはただ減少の憂き目に甘んじているわけではなく、
黒のハイソックスを保護育成するための母体となり、その一生を
黒のハイソックスに捧げ尽くしていたのである。
ルーズソックスの胎内で育まれた黒のハイソックスはやがて大きく成長し、
やがてはルーズソックスという外殻を破って巣立ちの時を迎えるのである。
今まさに私はその巣立ちの瞬間を目撃したのであると、強く主張したい。

この生命というものが描き出す美しい光景に対して、私が我を忘れて感動を
惜しまなかったことを誰が非難できるであろうか。
ふと気づくと、件の一団の何人かが私の方を不審な面持ちで睨んでいるではないか。
むむ。少々長居をし過ぎたか。
私は己の観察技術の未熟さを呪いつつ、その場をそそくさと立ち去った次第である。
まんま不審人物だし徳田。
しかしくじけてはいけない。科学の発展には犠牲がつきものなのだ。しくしく。

雨谷の庵は今日も雨。
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管理者:徳田雨窓